二百四十二話 クイズのご褒美と無段階進化様
「うぇぇ~い……飲みすぎた~……」
アプティを連れ港から宿ジゼリィ=アゼリィに帰ると、ラビコが食堂のテーブルに突っ伏していた。相変わらずの水着にロングコートを羽織るスタイル。
時間は朝六時過ぎ。もうすぐモーニングセットが楽しめる時間なので、そこそこお客さんが入っている。本当にこの宿、お客さん増えたなぁ。こんな朝早くから食堂の席は半分近く埋まっている。
ランチやディナータイムになると、ちょっと並ばないと座れない混雑になるので、それを避けるために朝早くに来ているお客さんもいるようだ。
「ったく、いつまで飲んでたんだよ」
厨房内の、同じく飲み過ぎで具合悪そうなシュレドに紅茶を頼みラビコの隣に座る。
「うぅぅ~ん、さて何時かな~。社長ってば途中で部屋帰っちゃうし~ラビコさん傷心のやけ酒さ~」
悪いがまだお酒には興味なくてな。未成年だし。
「んん~社長ってばアプティとどこに行っていたんだい~? こんな朝早くからデートとか妬けちゃうな~」
ラビコが俺とアプティが宿の外から歩いてきたことに気付いたようだ。
デートっていうのか? アプティにお姫様抱っこされながら港の見える公園に行っていた、は。
「たんに港に日の出を見に行っただけだよ。ソルートンに帰ってきたことを満喫してきたってやつだ」
「ふぅ~ん、港ね~」
俺の答えを聞き、ラビコがチラとアプティ睨む。
「ま、今のところ大丈夫そうか~……」
きつめにアプティを睨んでいたラビコがふっと表情を緩め、俺に擦り寄ってきた。
「ねぇ~社長~ラビコさんすっごい眠いんだ~でも~部屋で一人で寝るのが怖くって~出来たら添い寝を~──」
「はい、お待たせしました! エロキャベツは春まで寝ていればいいんです」
ガチャンと勢い良くテーブルに紅茶セットが置かれ、この宿の一人娘ロゼリィが俺とラビコの間に無理矢理体を入れてきた。うう、ちょっと腕に柔いものが当たった……今日はついてるぞ。
そういや王都にあるラビコの研究所の温泉でロゼリィの裸を見てしまったなぁ。俺の脳内永久保存メモリーに大事に入っている。
「っちぃ~朝から社長の周りには邪魔者がいっぱいだな~。ね~社長~今度私とも二人っきりでデートしようよ~」
ラビコの私とも、というセリフにロゼリィ(SR鬼)が敏感に反応した。さて、俺は日課のランニングに……。
「お待ち下さい。そういえばアプティと外から来ましたね。……説明をお願い出来ますか?」
ロゼリィ(UR鬼)が大抵の男なら落とせる笑顔でニッコリとし、ランニングに行こうとした俺の首根っこを掴んできた。ぬぅぅ、ロゼリィ……握力増してねーか?
「ひどい目に遭った……」
なんとかロゼリィの怒りを静め部屋に戻り、寝ていた愛犬ベスを抱きしめる。パチっと目を開けたベスがペロペロと俺の顔をなめてきた。うう、やはり俺の身内はお前だけだベス。
「……マスターはその犬の言葉が分かるのですか?」
赤ちゃん言葉でベスに語りかける寸前に背後から声がした。あっぶね、アプティか。鍵はかけたが……いつもどうやって開けてるんだ。
「い、いや。さすがに言葉は分からないよ。でもまぁ、長年の付き合いでなんとなく意思疎通は出来ていると思うけど」
ベスの言葉が分かったら面白いなぁ。どんな話が出来るのかな、ちょっとワクワクするぞ。なんとなく子供を叱る母のように、ベスから説教を受けるビジョンが浮かんだが……。
「……では私のことはどうでしょう……」
そう言ってアプティが無表情に俺をじーっと見つめてきた。え、何クイズ? えらいヒントの少ないクイズだぞ、これ。
シンキングタイムはどれだけあるのか。ぼーっとアプティを眺めるが、超能力も使えない街の人の俺が心を読めるわけがない。俺の視線はだんだん下へ行き、アプティのその豊かな胸へと向く。
うーん、そうだな……異世界に来た奇跡の人である俺の能力で分かることは、あれは柔らかそうだ……ぐらいか。ああ、これアプティの心じゃねーわ。俺の欲の声だわ。
「こ、紅茶……おいしい紅茶が飲みたい、かな……はは、なんつって」
持ち前のユーモアで適当に誤魔化してしまおう。
「……さすがですマスター。正解です」
当たったのかよ。
そういやペルセフォスの王都で出すカフェのメニューにもおいしい紅茶が欲しいなぁ。俺も紅茶好きだし、ラインナップにちょっと高級なやつ加えてみるか。
となると茶葉の厳選が必要か。こういうことは……アンリーナだな。彼女は世界を股にかける商売人、王都からソルートンに戻ってきたら相談してみるか。
「……正解のご褒美に胸を触りますか?」
マジで? うん、そうだ、そうだよ。これはクイズに正解したご褒美。俺には何のやましい気持ちはない。むしろ触らないとアプティに失礼になる、うん。
「そうだな。では十回ほどさわ……」
俺が紳士で真面目な顔を保ちつつ、前かがみになりながらアプティに近づこうとすると、何か部屋の入口から地鳴りが聞こえ、天井まで黒いオーラが吹き上がる。
「ふふ、だめですよ? ふふふふふ」
そこには危険なオーラを放つロゼリィが輪郭をブラしながら立っていた。
こ、これは……ヤバイ。まさか三段階目の進化を残していたとは。クソっ、初期キャラってインフレに巻き込まれて埋もれていくもんじゃねーのか。あと何回進化を残しているんだ……それでURの上ってランクは何になるのかね。
教えて欲しいけど、その時まで俺の身が保たなそう。グッバイ、マイブラザー。




