二百三十九話 我が家ジゼリィ=アゼリィ様
お昼はいつもの宿場で豆の浮いたスープをいただき、無言で馬車に乗り込む。
お店の店員さんに最近あんたらよく来るね、そんなにこのスープが好きなのかい? と聞かれたが、味ではなく生きる為に食べているだけです、とは言えなかった。
馬車は順調に進み、日も暮れ始めた十七時過ぎ、ついに我が街ソルートンが見えてきた。
ああ、これこれ、この風と海の感じ。帰って来たって実感するぜ。
「帰って来ましたー! 早くお風呂に入りたいです!」
ロゼリィが馬車を降りると俺の手を引っ張り走ろうとする。落ち着け、荷物があるから走るのは無理だっての。
御者のおじさんに挨拶をし、荷物を持ち宿へ向けて歩く。ベスはリードで歩かせているが、こちらも早く帰ろうとフンフン俺を引っ張っていく。
「ただいま帰りました。お土産も買ってきました……」
「おお、旦那! 待ってたぜ! ボー兄さんにディナーも作っていい許可が出たんすよ! 今日は俺が帰還祝いの豪勢なの行きますぜ!」
宿、ジゼリィ=アゼリィに入ると混雑する食堂の厨房からシュレドが飛んできた。おお、着々と腕を上げているようだな。これは豪華な夕食が期待出来そうだ。
「帰ったのかい。うん、みんな元気そうだね。おかえりロゼリィ」
奥からロゼリィのお母さんジゼリィさんが出てきて、我が娘を抱きしめる。なんというか、いい光景。
「ホラ、あんた等もおいで」
ジゼリィさんが俺達のほうを見て手招きをする。意味が分からず口を開けていたら、ジゼリィさんがロゼリィを抱いたまま近づいてきて、俺、ラビコ、アプティをまとめて抱擁した。うわっ、いろんなものがいろんなところに当たるぅ。
アプティは何が起きたのか理解出来ないようで、無表情ながらも不思議な目でジゼリィさんを見ている。
「なんだよジゼリィ~子供扱いすんなっての~」
ラビコが抱かれつつ抗議をするが、ジゼリィさんが構わず抱擁を続ける。
「いいんだよ、あんた等はもううちの子供みたいなもんさ。おかえり、無事帰って来てくれて嬉しいよ」
「……ふん。私がいて無事じゃないわけないだろ~私を誰だと思って……」
俺は抗議しつつも抵抗はしないラビコの頭を優しく撫で、ジゼリィさんの抱擁を受け入れさせる。たまにはいいだろ、ラビコ。
「ちぇ~社長が言うからだかんな。……ふん」
ラビコがジゼリィさんの抱擁を受け入れ、身体を預ける。ラビコの生い立ちを考えると、こういうのは必要なんだと思う。押し付けだけど今は受け入れとけ、ラビコ。
「おお!? ということはあれかい……僕も大っぴらに若い女性を抱いてもいいと……!」
後ろから現れたロゼリィのお父さん、ローエンさんが手をワキワキさせながら近づいてくるが、怒りのマスクに变化したジゼリィさんがその顔面をつかむ。
「痛いっ、痛いよジゼリィ! じ、冗談だよ! 場の空気を和ませようと……」
「目の前で浮気宣言とか度胸あるじゃないかローエン。おいで、二人だけで楽しいパーティーといこうじゃないか」
そう言うとジゼリィさんは涙目のローエンさんの首根っこをつかみ、引きずっていく。俺達は暗がりに連れ込まれていく彼の今後の無事を祈る。
常連客である世紀末覇者軍団も神妙な顔で勇者ローエンさんを見送っている。
「と、とりあえずお疲れ様。シュレドが頑張ってごちそうを作っているから、お風呂なりで一休みしておいでよ」
厨房から出てきたイケメンボイス兄さんが、ローエンさんをチラ見しながら俺達に言う。
俺は簡単にではあるがカフェの進展具合を話し、シュレドの様子を聞く。
「おお、なんかすごいことになっているなぁ。シュレドは順調だよ、まだ時間はかかるけど問題はなさそうだね。しかし……ペルセフォスのお姫様まで話に出てくるとか、君はすごいな。さすが未来の若旦那だ、今後もよろしくお願いするよ。あはは」
イケメンボイス兄さんが楽しそうに笑うが、もう俺は未来の若旦那が確定なのか。
久しぶりにジゼリィ=アゼリィのお風呂に入り、旅の疲れを癒やす。お風呂にいた常連の筋肉の塊みたいな世紀末覇者軍団に近況を聞くが、普通に平和だったそうだ。
「がはは、お前さんがいないほうがトラブルは起きないぞ。逆に言うとお前さんがいないと俺達はなんか物足りない感じだな、がはは!」
……俺がいないほうが平和なのかよ、ソルートンは。くそぅ。
風呂上がり、食堂までの通路を歩いているとバイト五人娘のオリーブが私服で壁に寄りかかっていた。
「よう、オリーブ。さっき帰ったぜ」
「おかえりなのです隊長。さっきセレサがうちまで来て隊長が帰ってきたと教えてくれたのです」
セレサが? ああ、そうか。今日はオリーブは休みだったのか。すまんな、休みなのにわざわざ来てくれたのか。
「お土産ありがとうなのです。かわいいお財布でした。今日からこれ使わせてもらうのです」
オリーブがすでに中に物が入っている、俺がお土産で買ってきた財布をカバンから出して見せてくれた。風呂に入る前に宿の人のお土産を従業員休憩所に置いてきたが、もう皆に行き渡ったのか。よかった。
「んふふ、少しづつ隊長からもらった物が増えてきたのです。いつか隊長と二人だけの思い出が出来たらいいな、と高望みを言ってみるのです」
何かを企むような含んだ笑顔でオリーブが俺の手を握ると、そのまま真っ赤な顔で食堂へ走って行く。
さて、どうしたものか。そういやジゼリィ=アゼリィのみんなと出かけたことは無かったな。今度一日ぐらい宿を休んで、従業員のみんなの英気を養うイベントでもやってみたいなぁ。
さすがにオリーブと二人だと鬼とか魔女とかの怒りが怖いので、ジゼリィ=アゼリィの従業員という単位なら大丈夫なんじゃないかと。
そんなことを考えつつ、俺は準備が整いつつある食堂へ向かう。




