二百二十六話 雪の夜空に咲くマリアテアトロ 2 マリアテアトロの由来と上空を飛び回る光る物体(鬼)様
お昼を食べ終えお城に戻ると吹雪もおさまってきた。そのタイミングの悪さに窓から天を睨むも、眼下に広がる街の美しさに見惚れ、全てを許した。
夕食はサンディールン様主催の歓迎パーティーに参加し、そこそこ美味しいご飯にありつけたぞ。
半日一緒にいれなかったと、ハイラがいつも以上にくっついてきてその美味しいご飯が食べにくかったが。
「……おはようございます、マスター」
次の日の朝、用意してもらった三人部屋のベッドで目を覚ますと甘い香り。ああ、これはアプティか。
予想通りアプティは普通に部屋に入ってきて、俺の横に無表情で横たわっていた。
「ふあ~……おっはよ~……」
「おはようございます……朝は冷えますねー」
左右のベッドのラビコ、ロゼリィも目を覚まし、普通に起き上がる。チラとこちらを見るが、そのまま化粧室へ向かう。もはや朝、俺の横にアプティがいるのは騒ぐことも無しに普通、と認識されているようだ。
「おはようございます! 先生……は起きてましたか、残念ですぅ……目覚めのアレをやってみたかったのにー」
ベッドにあぐらをかき、ぼーっとしていたら部屋のドアが勢い良く開き、ハイラが飛び込んできた。残念だったな、俺って早起き君なんだよ。アプティが起きる時間の管理を強制的にしっかりやってくれるからな。
「今日は自由なお時間をいただきました! 昨日はソルートンの皆さんと一緒だったので、今日は私と一緒にいて下さい先生!」
「やぁ、おはよう諸君。今日は自由に動ける日でな、やっと君と行動が出来るよ。いいだろう? ラビィコール」
後ろからサーズ姫様も現れ、化粧室にいたラビコが嫌な顔をしながらサーズ姫様を睨み、舌打ちをする。
「ちっ、旅費出して貰ってるしな~……昼までだからな~うちの社長のレンタル代はお高いんだぞ~」
「はは、心しておこう。この国の警備も遠慮してもらったから、存分にデートを楽しませてもらうよ。なぁ、ハイライン」
俺の意見はないのか。許可が降りたとハイラが笑顔で抱きついてくる。
「はいっ! 先生とデート……ああ、セレスティアに来てよかった!」
まぁ、いいか。サーズ姫様に色々聞いてみたいし、ハイラにこの笑顔されたら断れん。
ロゼリィにベスを預け、セレスティア城の入り口に行くと、サーズ姫様が持ち込んできていた飛車輪をどこからか呼び出した。
「あれ、これで行くんですか?」
俺が聞くと、サーズ姫様が軽くウインクする。うっは、それ大抵の男を落とせる火力ありますよ。
「ああ、ちゃんと許可もサンディールンに取ってある。昨日と違い良く晴れたし、これなら君を乗せて飛べる。ラビィコールとの差を見せつけてやろうかと思ってな、ふふ」
「よろしくお願いしますサーズ様。ほら先生、ほけーっとしてないでサーズ様のご厚意に甘えましょう」
ハイラに腕を捕まれ、サーズ姫様の飛車輪に乗る。三人を乗せた飛車輪は、キンと冷えたセレスティア王都の上空へと舞い上がる。
「うっは、さすがに地上より上空は寒いなぁ……」
「軽く魔法防壁は張っているが、ちょっと寒いほうが自然と君に寄り添えるからな」
そう言うとサーズ姫様が俺に肩を寄せてくる。左からはハイラがギュッと抱きついているので、確かに人肌で暖かい。とは言え、冷え切った風が刺すように顔に当たり寒いものは寒い。
「で、出来ましたらガッツリ防壁を張って下さい……」
お城を囲うように流れる川を超え、街の方へ向かう。うはー、やっぱこの乗り物楽だわ。車輪の隙間から下が見えて怖いは怖いけど。
「明日のイベントはこのお城の側を流れる川で開かれる。内容は聞いたかい?」
サーズ姫様が下の巨大な川を指して言う。まぁ花火大会は基本的に川だよな。俺が知っている火薬を使った花火では無いようだが、安全を考えるとやはり川になるんだろう。
「はい、アンリーナからなんとなく聞きました。魔法を打ち上げ、その美しさを競うとか。ペルセフォスでいう、ハイラが優勝したウェントスリッターを決めるレースのセレスティア版ってことでしょうか」
「そうだ。それはそれは美しい光景が広がるイベントでな、世界的に人気があるんだ。観光客も多く訪れるようだぞ」
今回は関わっていないから分からないが、ペルセフォスでハイラが優勝したようなドラマは起きるんだろうか。
「マリアテアトロと言うもので歴史は古く、数百年前から行われているそうだ。過去に蒸気モンスターに襲われ、セレスティア王国は壊滅的被害を受けたそうだ。その時の若き国王であったマリア=セレスティア様が、その持てる全ての魔力を上空に打ち上げ、蒸気モンスターを追い払ったという伝説があるんだ」
蒸気モンスター……そんな昔からこの世界は被害を受けているのか。
「その奇跡に習い、毎年行われるようになったのがマリアテアトロというわけだ。マリア様が見せた奇跡の劇場ということだな」
「なるほど、そういう由来があったんですか。アンリーナからはとてもロマンティックで、一緒に見たカップルのその後の既婚率の高さとか、すぐに子供がとか変な情報しか聞けなかったので、とても為になりました」
さすがにサーズ姫様は違うなぁ。美人だし格好いいし性格もいい、無敵じゃないか。これこそ王族だよなぁ、とても尊敬できる人だ。
「はは、アンリーナ=ハイドランジェ殿はとても自分に素直なようだからな。私はああいう女性にとても憧れるよ。私にはどうしても王族という立場があるし、国の代表として見られてしまうからな。普段の一つ一つの行動が全て国の評価に直結してしまうんだ。なかなかにハードな日常だよ、はは」
……そうか、簡単に王族と言うが、本人は大変なんだよな。常に周りから色メガネで見られ、プライベートなんて無いも同然なんだろうか……それはストレスがすごそうだぞ。
どうやってそのストレスを発散させているのだろうか。普段お世話になっているし、俺に協力出来ることはないのだろうか。
「でも最近はとても楽しい毎日を送っていてな。運命的な出会いが私を変えてくれたんだ。今までの私の考えや常識を覆すような発想や行動力を持つ面白い奴でな、そいつを見ているだけで子供のように心がワクワクしてくるんだ」
おっと、サーズ姫様は想い人ありか。残念というか、俺がどうにか出来るランクの人ではないから諦めるしか無いが。まぁこんだけ美人で有能な人だしな、男がいないほうがおかしいよな。
サーズ姫様の話を聞いたハイラが、困った顔で強く俺に抱きついてくる。なんだ?
「俺に出来ることがありましたら協力しますよ。サーズ姫様にはお世話になっているし、人として尊敬もしていますし」
ラビコも尊敬しているが、サーズ姫様もとても尊敬の出来る人だ。こうして心から尊敬出来る人が側にいるってとてもありがたいことだよな。
「ほぅ、それは嬉しいな。君の協力を得れれば、例え万の兵を相手にしようとも一人で突破出来そうだ、はは。では早速だが、君はクマには興味はない……」
「だ、だめです! いくらサーズ様といえどこれだけは譲れません! 先生は私の先生なんです!」
サーズ姫様のセリフの途中でハイラが慌てて叫ぶ。俺の左腕に強く抱きつき、サーズ姫様に強い視線を送る。
おお、ハイラも成長したなぁ。サーズ姫様に普通に自分の意見を言えるようになったのか。まるで親のような気分だ。
ところでクマってなんだ?
「ハイライン、君は私の部下だ。ここは私に協力すべきかと思うぞ? あの性悪魔女がいない今がチャンスなんだ……そして飛車輪の上という状況、いわば密室だ。逃げられないし、逃がさない。分かるな?」
いや、密室ではないぞ……下から丸見えだし。それにセレスティアではこの飛車輪は珍しいらしく、下にいる街の住民が空に浮いている俺達を指しているし。
「うう……中間管理職さんの痛みが……! 今後の生活……先生……今後の生活……先生……うううう、でも私は迷わず先生を選びます! クビになっても構いません! 先生、私と一緒にどこまでも逃げましょう! おいで、シューティングスター!」
ハイラが右手を空にかざし、愛用の飛車輪の名を呼んだ。え、逃げる? 何が起きてるんだよ。
セレスティアのお城の方から、光を纏った飛車輪が空気を切り裂き飛んでくる。ハイラに腕を引っ張れれ、俺は無理矢理そちらに乗り移された。
「行きます先生! 教え子の覚悟を今お見せします!」
え? 何その格好いいセリフ。なんか緊迫した空気出ているけどどうしたの、二人共。
「ごっは……あああああああああああ…………」
いきなり飛車輪が発進。俺は慌ててハイラの細い腰にしがみつく。相変わらず直線加速はすごいな、ハイラは……。
「ふふ、この私から逃げられるとでも思っているのか? テクニック、体力、セレスティアの地理、どれも私のほうが上回っていると思うが。はははははは!」
後ろからサーズ姫様が飛車輪を光らせ、かなり本気モードで追ってくる。
「うううう……! 先生と夢の新婚生活……新婚生活……! 子供は二人で田舎の小さなお家で幸せに……!」
なんかハイラが混乱し始めたぞ……。つーか何が起きているんだよ。
「ははははははは! 命が尽きる前に言い残すことはないか? 部下のよしみだ、聞くだけ聞いてやろう」
おい、後ろから鬼が迫ってきてるぞ。サーズ姫様マジモードじゃねーか……。
「くそ……よく分からんが逃げるぞハイラ! 街は人に見られて色々悪い事態になりそうだから山に向かえ!」
「はいっ先生!」
ハイラに指示を出し、普通に魔法を放ってくるサーズ姫様になんとか抵抗するも、力の差は明らかだった。
空気の塊をぶつけられた俺達はそのまま山に墜落。雪に足を取られ動けずにいると、目の前に光を纏った鬼が上空からゆっくりと降りてきた。ロゼリィのとは全く方向性の違う、凶暴性の高そうな鬼……。
「はははははははは! ぬるい、ぬるいぞハイライン! 全然なっとらん!」
「ううぅぅ……無念、無念……! 私の夢の新婚生活が……ぅぅ……」
ハイラが気を失った。おい、やべーぞこれ。どうやって俺一人で光の鬼を成敗しろっていうんだ。起きろハイラ!
光の鬼が俺の肩に手を置き、興奮した吐息を漏らす。
「さあ、邪魔者は消えた。今回は緊急ということで残念ながらクマさんは無いが、もう直接生身でこの火照った身体を……!」
鬼にズボンをガツンとつかまれる。俺は必死に抵抗するが耳に甘い吐息をかけられ、油断した所を突かれ一気にズボンを下ろされた。だ、誰か助けて……。
「ははははは! ほうほう、やはりなかなかに可愛いじゃないか、君のは! どれ、近くで……ぅんぐ……」
サーズ姫様が力なく俺に寄りかかってくる。な、なんだ?
「このクソ変態女が。騒ぎ起こすなってうちの社長に言われたばっかだろが。お城にまで通報が来てたぞ、光る物体が上空を飛び回っているって」
紫の光を纏い、俺達の真上に浮かんでいるのはキャベツを杖に突き刺したラビコ。おお……助かった……やっぱ頼りになるぜ、ラビコは。
「ラビコ! 助かった……助かった……鬼が……光る鬼が……!」
俺は涙を流し、降りてきたラビコに抱きついた。
「んっ……こら、下半身丸出しで変なとこ触るなら夜にしろ。朝まで存分に楽しませてやる。全く、うちの大事な社長をここまで怖がらせやがって。許しがたいな、この変態が」
その後、目を覚ましたサーズ姫様とハイラにラビコが説教をし、二人が俺に謝ってくれた。いや、俺には何が起きたか分からないから、謝られてもな……。
お城に戻り、サンディールン様には明日のイベントでペルセフォス王国代表として披露する、飛車輪による飛行演舞の練習をしていたと釈明。一応納得してもらった。
聞くと、本当に飛車輪での飛行演舞をするらしい。よかった……なんとか言い訳付いたのか。
なんかもう帰りたいぐらい疲れた……。やっぱソルートンにいるのが一番平和な気がする、と思ったイベント前日、雪の舞うセレスティアにて。




