十六話 服が欲しい男と薔薇のキス様
「服を買おうと思う」
俺は宿屋のお姉さん、ロゼリィにそう言い放った。
「別にその服かわいいと思いますけど……」
気付いたら俺はこの世界のソルートンという街の橋に立っていた状況なので、気の身着のままで来てしまった。
……つうか万全の準備で異世界に来た人はいるんだろうか。
俺が洗濯しながら毎日着ているのは、高校の学校指定ジャージ。しかも真オレンジという目立ちっぷり。
港で海賊おっさんに呼び止められたのや、キャベツさん……ことラビコに見つかったのも、この目立つ服のせいだと断定。唯一の日本からの持ち込み品で思い入れはあるが、どう贔屓目に見てもダサイし。
「いや、俺は服を買う」
断固たる決意だ。俺は目立たず平和に暮らしたいんだ。
「じゃあ、午後からなら私も行けますので一緒に行きましょうか。ふふ」
昼食後、宿屋の前でロゼリィの準備を待つ。ラビコはまだ寝ている。
「ベスはお留守番な」
「ベスッ」
軽くベスの頭を撫でる。
「お待たせしました! ちょっと攻めの姿勢を出してみました!」
「おおお……」
ロゼリィがミニスカートとな……! いつもの長めの服ではなく、肌の露出が多めの服。髪もいつもの下ろしているだけではなく、ポニーテール。うーん、かわいいぞ。
「あれ、口紅ですか?」
ロゼリィの唇がほんのり紅い。
「ふふふ……見てください! この薔薇のマークの口紅を!」
そう言ってロゼリィはカバンから小さい筒をだした。紅くきれいに塗装され、薔薇の模様がロゴマークのように入っている。メーカー品ってことか。
「八十Gもしたんです! もうドキドキしながらお金を支払いました! これとても人気のメーカー品でして、私の憧れだったんですが……思い切って買っちゃいました」
は、八十G……ってことは八千円ぐらいか。結構お高い物だ……。
「あれ、薔薇の香りがするんですね。これは上品な口紅ですね」
俺はロゼリィの唇に顔を近づけた。色もどぎつい赤ではなく、薄く紅色。
「ふひっ…………! あああああ、あ、あ……」
あれ、ロゼリィ……唇だけじゃなくて、顔まで真っ赤になってきたぞ。
「あれぇ~? これちょっと押したらマウストゥマウスになるんじゃ~……えいっっと」
俺は背後にキャベツの気配を感じ、右に避けた。
「あ……ああ……あああぁ……はぁぁ……」
ラビコが頭を押そうとした手を、俺は見事に華麗にかわした。
ロゼリィはなぜか悲しそうな顔をした。
「ラビコ、いたずらは感心せんな」
「ええぇ~お昼で賑わう宿屋の前の往来でキスしようとしてたのでぇ~イラ☆ッときちゃって~」
キ……は!? そんなことはしていないぞ。
「や、やや、や、や、やっぱりキス……なんですか!? 今のそういうことしようと……!」
「ち、違……ロゼリィ、俺は口紅を間近で見ようとしただけで……!」
やばい、気付いたら周囲にかなり人が集まって野次を飛ばされている。
「うぅぅう……ってことはラビコさえ来なければキスして貰えた……ぐうぅ」
ロゼリィさんが震えながら涙を流している。いや、そんな大胆なことしねーって。
とりあえず宿屋から移動しよう。俺はロゼリィの手を掴んで商店街を目指した。
「あれれ~社長って結構大胆。なんか楽しい人たちと知り合えたかも~」




