第一次天使と悪魔の引き抜き戦争 その1
「えー、ここからはボク。中立な審判として選出されたガブリエルが進行させてもらいます。何でボクが……」
「ふむ。それはそちらさんの女神とこちらのルシルシのせいじゃろ。ってことでワシ、七大罪が一つ。司るのは憤怒のサタンが解説、実況を務めさせてもらうのじゃ」
模擬戦用体育館全体を貸切状態にして作られた特設スペースに放送席にガブリエルとサタンが座っている。
そこで丁寧な言葉遣いをしているガブリエルが辟易としながらマイクに向かって声を出すと、その声はマイクと一緒に隣にいるサタンが拾って返した。
サタンは少し古めかしい口調とは裏腹に幼い子供のような姿をしていて、ベルフェゴールと並ぶと小学生だと思われるような容姿だ。
なおそれを本人に伝えると外見通りの癇癪ではなく、能力をフル活用したまさに憤怒の大罪を持つ者の怒り方だが。
「じゃあボクは適当に進行してますんでクオリティとかはアレな部分がありますけど、やることはやるつもりなので。ああ、そうだ。勝っても負けてもケルヴィエルはボクのところに来てね? しっかりと折檻するから」
その言葉を聞いたケルヴィエルはビクッと体を震わせていた。そしてそれをすぐ近くで見ていた詩はフラグだなぁと思いつつも気にしないでいた。
「ところでルールはどうなっておるのじゃ? それがなければ先祖達がやったみたいな単なる暴力による押し合いじゃが」
「そうですね。ではここでルール説明としましょう」
ガサガサと紙を広げる音がマイクに拾われるが、ガブリエルはそれを気にせずに進める。
「えー、簡単に説明すると制限時間は一時間。この間に今から渡される特性バッジのダメージ許容限界を超えると死亡扱いとなり途中退場。明日の仕事から相手側の会社に勤めることになります……これ許されるんですかね?」
「まあお互いのトップがゴーサインを出したんじゃ。仕方あるまいて。ほれ、次にいくのじゃ」
引き抜き戦争の参加者に特性バッジが配られているのを確認しながら次のルール説明に目をやる。
「この中で重役と呼ばれる人を一人設定する事が出来ます。重役はダメージ許容限界が他の人達と違って多く設定されており、その分やられた時は更に一人相手側に異動する事になります。多くって言っても資料で見る限り二倍あるかないかぐらいだから考えられてはいるんですね」
へぇーと感心するガブリエル。その実五倍とかあの二人ならやらかすのではないかと考えていたのだ。だがその予想を越えてキチンとしていたルールにその考えは悔い改めようと決意した。
「これ以外で特に大きなルールは無さそうですね。一時間以内でいかに効率よく社員を引き抜けるか。それが大きな見所でしょう。ボクとしてはそんなやたらめったら異動されたら目もあてられないので数人程度でいいですけどね」
「まあ確かに新人教育は大変じゃからな。まあ学生時代にあったクラス替えを思い出さんでもないが交友関係を広げるチャンスにもなるじゃろう。くれぐれも楽しんで戦うのじゃ!」
「それではグダグダするのもアレですし、第一次天使と悪魔の引き抜き戦争、開始!」
ガブリエルの言葉によって第一次天使と悪魔引き抜き戦争は火蓋を切って落とされた。
「先手必勝!」
詩が誰よりも早く上空にジャンプすると、創造能力を使い悪魔社の悪魔に向けて矢を放つ。
百人以上がひしめく体育館は安易に逃げ回る事が出来ずに蹂躙されていく。そのはずだった。
「私のだらだらをあたたかく見守ってくれるみんなを、私は傷つけない……!」
おそらく詩が始めに動くことを予測していたのだろう。ベルフェゴールの叫びと共に、降り注ぐ矢は炎によって灰と化した。
「ベルさん……!」「凄い。こんな力を持ってたなんて」「きゃー。ベルちゃん結婚してー!」
悪魔社の悪魔らは詩から救ってくれたベルフェゴールに黄色い声を飛ばすと、ベルフェゴールはどうだと言わんばかりに薄い胸を反らす。幼女体型のために胸の薄さは気にならないが。
「あの幼女……やれる」「だが俺たちにはまだケルヴィエルさんが居る……!」「出番です。ケルヴィエルさん、やっちゃってください!」
「いいよ。智天使なアタシの力を見せたげる」
元から天使なら誰でも使える翼を具現化させて宙を舞う。左手に巨大な弓を構えると、右手に光の粒子で片手では到底支えきれないだろうという大きさの矢をつがえる。
「<光速の矢>!」
技名を叫ぶと同時に光の矢はその輝きを更に増しながら悪魔社の悪魔に迫る。どう考えても天使社側の方が悪魔のごとき所業だが女神がリリシィなので仕方ない。
むしろこういう機会に発散させておかないとストライキを起こされたら困るというのがリリシィの本音の一つでもある。
「まだ、まだぁ!」
ベルフェゴールが魔力を更に練り、魔法の威力を上昇させる。その炎の熱気によって両者が悲鳴をあげ始める。が、それよりもケルヴィエルの<光速の矢>と同様の威力で相殺する事によって歓声をあげる声の方が大きい程だ。
やがて単発であるケルヴィエルの<光速の矢>は、ベルフェゴールの魔法陣から止めどなく放たれる炎によって完全に飲み込まれた。
「えっ、うそ」
ケルヴィエルが呆気にとられた様子で呟く。
<光速の矢>を飲み込んだベルフェゴールの炎は、ポカンとしたまま動かないケルヴィエルすらも飲み込み、パリンと言うバッジが割れる音と共に鎮火した。
「いやーフラグ回収されてしまいましたか。ケルヴィエル退場です。ちょっとボク、ケルヴィエルをシメてくるのでサタンさん。お願いします」
余談ではあるが、それより数分の間ケルヴィエルの悲鳴が途切れ途切れで聞こえてきてサタン曰く「私よりガブリエルの方が憤怒の大罪にふさわしいのじゃ」と語っていたのはこの戦争の名言となった。