転生斡旋所の日常
今回は少し長めです
「それでは良い人生を」
詩がそう言うと魂は天に向かって行く。
ふう、と一息入れてから次の魂を待っていると、不意に後ろから薄い胸を揉みしだかれる。
揉まれると言う衝撃と、後ろからなので顔が見れない恐怖が詩を襲う……はずだった。
そう、今までなら。
「何するんですか、こんの駄目神がぁぁっ!」
振り向き様に大鉈を造り出し、遠心力を最大限に乗せた一撃を駄目神。またの名をリリシィに叩きつける。
だがそれが分かってやったのであろうリリシィは待ってましたと言わんばかりの笑みを浮かべてその一撃を受ける。
とは言え相変わらずの加護のお陰で衝撃のみを受けるだけだが。
やられて恍惚の笑みを浮かべるリリシィに詩は失敗したと後悔しながらも槍を造り出して刃先でツンツンする。あくまで生きているのかの確認である。
「……ふぅ。今日もいい一撃だった。やっぱりこれが無いとねー」
「私の怒りをこめた一撃をそんな風呂上がりの一杯みたく言わないでください」
「いやいや。これでも結構効くのよ? お陰で肩こりが良くなるの」
わざとらしく胸を強調しながらリリシィは肩を回す。詩は詩で恨みをこめた目でリリシィの胸を睨み付ける。
その視線を誇らしげに受けるリリシィだが詩の事を嫌ってこんな事をしているわけではない。むしろお気に入りで女神の加護を与えている程だ。
女神の加護とは女神が持っている能力の一つを特別に付与する事が出来るものであり、詩の場合は創造能力がそれにあたる。
その創造能力を使い釘バットを作り出すと、それをリリシィに向けて突き付ける。
「今すぐその醜いものをしまってください。さもなくば抉ります」
「待って。さすがにそれは無理よ!?」
女神と言えども元を正せば魂の一つだ。その魂の霊力が他の魂と桁外れに多いだけで。
そしてこのラストピアでは魂自身が体を形作っているので胸を小さくする等と言う芸当は流石の女神でも無理なものがある。
「そうですか……では、早速」
釘バットを両手で持ち打つ体制を構える。
リリシィは詩のその本気で抉ろうとする目を見て、これは避けなきゃシャレにならないと認識するとすぐさま後ろにジャンプしてかわす。
「ちっ……外しましたか。なら次はこれです」
続いて作り出したのは小型の弓矢だ。弓を構えて矢を引き絞りリリシィに狙いを定めると、何のためらいもせずにその矢を放った。
その矢は吸い込まれるようにリリシィの胸に引き寄せられると、リリシィはそれを予知していたかのように矢を掴む。いや、胸に対してここまでの執着を見せている詩の行動を読むのは容易いか。
追撃をかわされた詩は舌打ちしつつ第二射、第三射と矢を放つ。放つのだが矢はそこから動くことはない。創造能力の応用として矢を一時停止しているのである。
矢を五本放ったところで一時停止から再生すると、宙で止まっていた矢は五本全てリリシィに向かって放たれた。
一時停止で前に進む力を止めていたそれを再生させる事により、それは矢とは思えない程のスピードで轟音を轟かせながら前へ前へと進む。
リリシィが苦手な応用の一部をいとも容易くやってのける詩に一種の嫉妬を覚えつつ、だが冷静に対処する。
――こんなの避けたら、避けた先を貫通してしまうからね。
鏃の後ろの木の部分を同じく創造能力で剣を造り出して切り伏せる。それでも止まらな二本の矢の先が止まるように地中から鎖を生み出してようやく止める事が出来た。
「全く、こんな危ない能力の応用までしちゃダメじゃない。今のは加護があったって衝撃が大きすぎて本当に私の胸が抉れるところだったわよ」
「望むとこらです!」
「私は望まないからね!?」
フフフと暗い笑みをこぼす詩に念のため鎖で両腕を縛って矢を射てないようにしておくと、やがて詩は正気を取り戻した。
「私は……一体……?」
「私がからかったらぶちギレたから縛っておいた」
端的すぎるリリシィの言い方だが詩はそうだったのかと受け流す。
縛られた鎖をほどいてもらって軽いストレッチをし、それから呼吸を整える。
「それで、なんかあったんですか? わざわざ仕事中にここに来て。無いならもう後数分で次の魂が来るので準備しないとなんですけど」
宙に手をかざすと半透明の画面が現れる。ゲーム等で言うシステムウィンドウと言うやつだ。
それを見ながらリリシィに尋ねた。
「詩は私を女神と思ってないフシがあるよね。まあ私はそれでもいいけど頭のカッタイ天使とか居るし気を付けた方がいいよ?」
「まあ……そうですね。頭の片隅に入れときます」
反省した様子だが、あまり反省してないだろうと言われるようなセリフで返す。リリシィは苦笑しながらも本題に入る。
「今日ここに来た理由はズバリ!」
左手を腰に当て右手を握り人差し指を詩の顔に突きつけて声を大にして言う。
「社内監査よ!」
「いつも暇な時に来てるじゃないですか。邪魔なんでどっか行っててください」
「いやいや。そんなことないよー? 今日は監査だよ監査。さっきの出来事は大目に見てあげるから。ね? ね?」
うざったそうにあしらう詩に、それでもリリシィは食いついていく。
その時に詩の頭のなかに妙案が浮かんだ。
「大目に見ないでいいのでクビにしてください」
「却下!」
妙案は即答にて一蹴された。まあダメ元だし、それでやめれたら苦労はしないからなと詩はため息を吐く。
地球なら明らかにクビになるような事案も、リリシィの前には問答無用で帳消しとなるのである。もっともリストラされて天を仰ぐ人にはオススメ出来ない仕事ではあるが。
「って事で社長が来たんだからゴマ擦るのが得策だよ? もしかしたら気をよくして願い事を一つだけ叶えちゃうかもしれない」
「しゃちょーはきょうもきれいですね」
「気持ちが全くこもってない!?」
詩の棒読みに愕然とするリリシィだが、仮に本気で言われても微妙な気持ちになるだけだろうと自己完結させて納得する。
天使も天使なら女神も女神である。
「それで、用件は他にないですか? もうゴマも擦ったのでいいですよね? ちなみに私。サラダにはシーザー派なのでゴマドレッシングは使わないですから」
「あるよ。あるけどドレッシングとゴマを擦ると言う比喩表現はわざわざ関係性持たせなくてもいいよね!?」
「あるならさっさと言ってください。私このあと異世界希望の魂を相手しなきゃなんで」
「分かったよ。そこまで言うなら言うわよ。明日の十時から悪魔社との打ち合わせだから同席よろしく。じゃあね!」
バタン。と音をたててリリシィは転生部屋を出た。
詩は魂が昇る天を見上げて呟く。
「それを先に言えよ、もう」
詩は明日の打ち合わせでは恐らく居るであろう知人の事を考え、胃がキリキリ痛むのを実感しながらその日の仕事を終えた。