転生斡旋所の朝は早く夜は遅い
この転生斡旋所。特にこれと言った活動時間が今までは決まっていなかった。異世界の時間で合わせてある時計はあるが天界での時計が無かったのだ。
だがリリシィが社長になり「これだと魂の選別が滞っちゃう」との理由から時を司る神にお願いをし、天界に正確な時間を示す時計が作られた。
これにより社員達は、朝八時から夜の五時と言う九時間の間に仕事をさっさと行い、仕事が終わったら帰ってゆっくり休もうと言う気概でいた。
勿論その時はわざわざ転生しに人が現れるなんてことはなかったので、時々残業になることもあってもそれ以外は至って平和な労働環境だった。
事実このお陰でリリシィの案は転生斡旋所と言う企業界隈において大きく広がった。だからこそ年商何億と言う大企業に発展したのだ。
だが今は。
「社長……もう、無理です」
「ほらほら、何言ってるの? 私達の役目は来た魂の選別と、転生先を斡旋することでしょう?」
「だからって今何時だと思ってるんですか!」
「今は八時だね。夜の」
詩がリリシィに怒鳴る。怒鳴られたリリシィは壁に掛かってる時計を見ながら涼しい顔してさらっと言う。定時から三時間も過ぎている詩にそれは、火に油を注ぐ行為だった。
とうとう我慢の限界に達した詩はリリシィに中華鍋を片手に迫り寄る。リリシィはその中華鍋を見て少しニコッと笑うと、直後フルスイングの中華鍋が鈍い音をたてながらリリシィの頭にクリーンヒットする。
――ふう。またつまらぬ物を殴ってしまった。後悔はない。
だが殴られた本人はと言うと若干恍惚の表情を浮かべており、その事実を目の当たりにした詩はリリシィに、女神もうダメだとため息を吐く。
仕方ない、と中華鍋を消してリリシィに近づくと詩の足をガシッと掴み下から見上げるように顔を覗く。その様相は女神と言う可憐で神秘的なイメージとは程遠く、まるで憤怒の表情をした悪鬼のようだった。
「なんですか。なんなんですか!」
手を振りほどこうと足をバタつかせるもののリリシィはその手を一向に離さない。
ジリジリと這い寄るリリシィに詩は、こんなところでまた死んでたまるか! と強い思いで睨み返すとクスッと笑う。
やがてその笑いは高笑いとなり最終的には笑いすぎて酸欠状態に陥る。呼吸器が案外脆弱な女神である。
「ねえ、なんでわざわざ詩を残してると思う?」
「……誰かさんのせいで残業してるからですよ」
「うん。そうだね」
もう一発殴ってやろうかと思う詩だが、時間のムダと言う事に気付き続きの言葉を待つ。
だが放たれた言葉は詩の正気度が削られる一言だった。
「まあぶっちゃけ、私が暇だったから残ってもらっただけなんだけどね」
その言葉を聞いた詩は加護によって例の創造能力をフル活用する。
ナイフや包丁、刀や巨剣と言った刃物にハンマーやバールと言う鈍器。マシンガンにライフル。果てには大砲などの重火器を造り出しそれらをリリシィに向ける。
「私の怒り……痛みをもって償いなさい……!」
直後。夜の八時と言う営業時間をゆうに三時間も越えた二人以外誰もいない転生斡旋所にはリリシィの悲鳴が響き渡ったのだった。
次の日の朝。
結局あの後に一つの魂がやって来てそれをお役所仕事のように斡旋した詩は、帰るときにリリシィに明日から三十分早めに来るように言われて七時半からの出勤に間に合うように家を出た。
もっと痛め付けておけばよかったかと思う詩だが何もそう言う趣味はない。その反対もだ。
前世ではダラダラのんびりと生きていたからこそ、ここでも前世みたいに生活出来るように気力を振り絞っているのである。なんとも矛盾した感じではあるが、それが詩の思考回路なのである。なお、その事に詩は気づいていない。
「おはようございまーす……ふあぁぁ……」
寝ぼけ眼にあくびと明らかに眠そうな詩だが理由は明白。飲み過ぎたからである。
地球では天国や天界と呼ばれるこの世界。名を最後の楽園と言う。ラストピアでは飲酒が十五歳を過ぎてからなら良しと言う事になっている。
異世界の多くが十五歳から飲酒可能になっているため、ラストピアでもそうしても大丈夫だろうと言う最高神からのお触れによりそうなったのだ。
当然詩は十五を過ぎているので飲める。ただ飲み過ぎなのである。百人の中に酒豪が混ざっていなければ一晩に缶ビール十本は飲み過ぎだと言うだろう。
ただそれでも二日酔いにならない詩は流石天使の体だと言える。
軽く隈が出来ている顔を化粧でカバーしつつ、でもだからと言って厚塗りにならないように細心の注意をはらったメイクは詩を年相応の少女から大人の女性にしていた。体格を除いては。
今日の魂の受け入れ先と斡旋する魂数を確認してから持ち場へ移る。
「また一日、頑張るとしましょうか」
今日も詩の転生斡旋所で働く一日が始まる。