詩の相談
「最近ベルがストーカーしてきてヤバいんです」
週に一度の休日。ついこないだ同期になったばかりの詩からファミレスに呼び出され、ケルヴィエル注文をしてから聞いた言葉がそれだった。
「そ、そうなの」
呼び方を愛称に変えたんだなぁと思いつつ、反応に困ったケルヴィエルは何とか相づちを打つ。
しかし何だって言うのだ。こちとらガブリエルが相手してくれなくてさびしいんだぞ、なんて言うわけにもいかないケルヴィエルは適当に相づち打って話を聞き流そうと心に決める。この間、わずか五秒程度の出来事である。
ドリンクバーで持ってきたまだ湯気のたつコーヒーをすすって詩は話を進める。
「ケルヴィエルさん、何かいい方法はありませんかね?」
「そうは言われてもなぁ」
ケルヴィエルはどうにか案がないかと捻りだそうとする。そうして捻り出した末に出てきたものは、普段ケルヴィエルがガブリエルにされている対応だった。
ダン! と頭をテーブルに叩き付ける。同時に詩の前に置かれているレアチーズケーキがパタリと横に倒れた。
「ケルヴィエルさん!? 大丈夫ですか」
「あー。うん、大丈夫大丈夫。ちょっと頭がオーバーヒート起こしただけ」
心配する詩をよそに適当に誤魔化すケルヴィエルは、自分がガブリエルのストーカー……とまではいかなくとも付きまとっていたのかと現実をつき向けられてショックを受けた。
「そうですか。大丈夫ならいいですけど」
詩はいぶかしんだ様子でケルヴィエルを見るも、当の本人は少し顔を赤くした状態であははと手を振って苦笑いを浮かべる。
因みに顔を赤くした理由はガブリエルの事を思い浮かべたからなのであるがそれは本人すらも気付いていない。
詩は赤くした理由を、頭をテーブルに叩き付けたが故に周りからの奇異な視線にさらされ恥ずかしかったからだろうと仮定し、そこに触れないようにする。
「それで何か案とか出ました? 些細な案でもいいのですが」
「あ、案ね。そうね。うーん……気にしないのが一番じゃないかな?」
ケルヴィエルは恐らくこれが一番無難な答えだろうと思いそれを伝える。
「やっぱりそうですよね……ガブリエルさんに聞いても同じ答えが帰ってきましたしそうするのが一番ですかね」
どこか納得いかない様子ではあるものの言葉を反芻して飲み込む。
「うん。私は詩の嫁として常に見守ってるだけ。気にしなくていい」
「はい。ではベルのストーカーは気にしな……え?」
詩の隣にはゴスロリ服を着こなしたベルフェゴールが座っていた。固まる二人にも気にせず店員を呼ぶとチョコレートパフェとドリンクバーを頼む。
呆気にとられている中悠々自適にドリンクバーに行くとブラックコーヒーを持って帰ってきた。
詩の顔を見上げて照れくさそうに微笑む。
「お揃い、だよ?」
この子可愛いな。ストーカーさえしなければ。二人の意識が一致した時だった。
「そうですね。でもブラックはベルには苦いと思いますよ?」
「問題ない。前世ではコーヒーを一日に二杯以上飲んでた。つまるところ私はカフェイン中毒。問題ない」
フッと笑ってブイサインを詩に見せるとコーヒーカップを持ち上げた。二人はそれを固唾を飲んで見守る。
そしてベルフェゴールはコーヒを口にする。
「……うっ、にがぁい……なんでぇ」
吐き出す事はなかったものの涙目となるベルフェゴール。幼い見た目も相まって一種の背徳的な艶かしさがそこにあった。
「ああ、もう、苦いと思うって言ったじゃないですか。私のチーズケーキどうぞ。はい」
「ん、あーん」
フォークでベルフェゴールの一口サイズに切り、それを恋人よろしくあーんで食べさせる。
――この二人もう付き合っちゃえよ。女神のマリア様はどうだか知らないけど天使社のリリシィは見てないから。
ケルヴィエルは心の中で毒づく。そんな事は露知らずベルフェゴールの口元についたケーキを紙ナプキンで拭き取り甲斐甲斐しく世話をする詩。
ベルフェゴールは本来あーんを狙っていただけだったのだが、予想外の事例に顔を真っ赤にして動かないでいる。
「ああ、そうだ。これだ」
その様子を見ていたケルヴィエルは無意識に呟いた。
「これだって、何がです?」
「ふあっ!?」
詩はケルヴィエルの呟きを聞き返すも、完全に二人の世界に入っていたベルフェゴールは不意打ちに目を白黒させる。
ケルヴィエルはそれに気を配る事なく聞かれた事を答える。
「ストーカーの対策。ベルフェゴールに予想以上の事をしてあげればいいんじゃないかな?」
「予想以上の事を……」
詩は聞いた言葉にいまいち実感を持てず、おうむ返しする。
「ぶっちゃけるとデートね。ええ、デートして来なさいな」
「デート……と言えば普通男女でするものですよね? 私もベルも、前世と今世どちらも女ですけど」
むしろ詩が困ってる原因はそこなのだ。一方が男でもう一方が女であるならば一目惚れであったりと理由が分かるのだが、詩もベルフェゴールも女である。そういったものを詳しく知る前に死んだ詩はその手の知識がないのだ。
「まあほら、一緒に出かけるだけでもいいからさ。例えば映画館だとかショッピングだとか。そう言えばついこないだ遊園地が出来たわね。そう言うところに行くの。詩のストレス解消にもなるかもしれない」
言われて詩は考える。考えている。考えた。そうして出た答えは。
「そうですね。なら遊園地とかいいかもですね」
生前家族旅行にめったに行けなかった詩は遊園地に憧れがあった。だが一人で行くのは心細いし、かといって誰かに頼んでついてきてもらうのもどうかと思っていた。
だからこそこの機会に行くのはいいかもしれない、詩はそう思ったのだ。
「いつ行くの?」
むくりとベルフェゴールが起き上がり詩に尋ねる。
「それならちょうどいいものがあるわよ」
ケルヴィエルがカバンかは紙を二枚出すとそれを二人に手渡す。それは遊園地のチケットだった。
「これは?」
「それ? 遊園地のチケットよ」
「見れば分かります。いやそうじゃなくって、なんでこれをケルヴィエルさんが……」
「フッ、聞かないで……本当に」
ケルヴィエルの目が虚ろになるのを目撃して詩は口をつぐんだ。
「でも本当にいいんですか?」
詩は改めてケルヴィエルに確認をとると、首を縦に振る。
「来週、行く」
ベルフェゴールが詩の顔を覗きこんではにぱっと笑い、八重歯を見せて言う。
こうして来週の日曜日にベルフェゴールと二人で遊園地に行くことになった。
☆☆☆
とある場所。とある会話。
「――それで、あの子の様子はどうなの?」
『来週の日曜日に新しく作られた遊園地に行くそうです。それでなんでこんな役割を』
「おっと、それ以上は言わないお約束。ふふ、来週が楽しみね」
声の主は眼鏡をクイッとあげてニヤリと笑った。
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