引き抜き戦争のその後
「それで、えーと、この状況。どうします?」
詩がベルフェゴールをお姫様抱っこした状態で逃げ出した後のこの場を整理するために、サタンに提案がないかを持ちかける。
「そうじゃな。まだ制限時間はたんまりと残っておるがこの様子じゃとな」
サタンも腕組みしてうーんと唸りながら会場を見る。
会場の上には戦争相手と言うことを忘れ、二人が走っていった先を見続けている天使と悪魔達。少なくともこのまま引き抜き戦争を続けられそうな雰囲気ではなかった。
サタンが続ける。
「まあなんじゃ。さっきのあの勝負と言う極上のメインを食べた後にチマチマとしたデザートを食べるのは惜しいし、今日はこれで終わりとしようかの」
その言葉に反対するものはなくガブリエルが結果発表する。
「では引き抜き戦争はこれまで! 結果は天使社ケルヴィエル、天海 詩さん。悪魔社ベルフェゴールさんが倒されたと言う比較的コンパクトに纏まりました。特にケルヴィエルは大した見せ場がなくやられていったので異動記念にかませ犬の称号を与えたいと思います」
その言葉を聞いて智天使の長。涙目である。
サタンもまだ追い打ちをかけるんじゃな、と若干引いており同性ながら女は恐ろしいものじゃとガブリエルのすぐ横で震えていた。
憤怒の大罪を司るものが横で震えている事に気付かずにガブリエルは続ける。
「なお、天海 詩さんとベルフェゴールさんが重役だったので後から一緒に異動する人を一人ずつ選んでもらいます。ただボク天海さんが社長以外と居るところそんなに見たことないので誰を選ぶのか気になるところです」
「お主……中々に毒を撒き散らしておるの」
「週に一度しかない休みを社長の迷惑のせいで潰され、更に誘ってきたケルヴィエルが簡単に負ける。ストレス解消するにはこれがボク的に一番平和な解決法なんです」
その事を聞いてサタンはポンと手を打つ。
「なるほど。お主ツンデレじゃったのか」
「……はい?」
「いや、なんでもないのじゃ」
ガブリエルのドスの利いた声に、サタンはひきつった笑みを浮かべながら何事もなかったかのようにする。
ガブリエルは首をかしげながらも締めの言葉を口にする。
「では第一次天使と悪魔引き抜き戦争は閉幕! 天使社のみなさん明日からまた六日間仕事ですけど頑張ってくださいね」
「うむ。悪魔社のみなも大変じゃと思うが金曜日まで頑張るのじゃ。さすれば二日の休みが待っておるぞ!」
ガブリエルの言った六日間仕事と言う言葉に対して、後に続くサタンの言い放った金曜日まで。つまるところ五日間の仕事に悪魔社の悪魔達は今日一番の歓声をあげる。
対して天使社の天使達はこの世の終わりだとでも言うような形相をしている。
何はともあれ天使も悪魔も人間も、仕事はほどほどが良いのであった。
☆☆☆
次の日の朝。詩は心地よい微睡みの中、ふと目が覚めた。
朝食を作っている最中、先週の打ち合わせを思い出しながら今日から悪魔社で働く事になった詩は、ようやくブラック企業からおさらばだと鼻唄を口ずさみ、フライパンを火にかけて卵を溶いて流しこむ。
このフライパンは創造能力で創ったものではなく、転生した際に天使社で働いていた頃のリリシィに買ってもらったものである。
その気になればフライパンを創ることも出来るのだが、詩がそれをしてしまうとわずかでも経済が滞る原因となってしまう。なのでそう言った物は創らないようにしている。リリシィにお仕置きをすると言う例外を除いて。
ある程度のフワフワさを残しトースターに入れた食パンが焼け、同時進行で焼いたベーコンやアスパラを食器に移し、詩にしてはわりかし豪華な朝食だ。
「いただきます」
両手を揃えて言う。と同時に携帯の着信音がする。
なにかなと思い携帯を手に取るとリリシィと出ている。今日からは特に関係ないので気楽に出る。
「もしもし、詩?」
「はい、なんですか?」
「昨日引き抜き戦争やったじゃん?」
「はい。ベルフェゴールさんにやられたので今日から悪魔社勤務ですね」
携帯越しで表情を見られないためニコニコとしながらリリシィと会話する。
それが久しぶりの事で詩は胸が弾む。あくまでこれは比喩表現であるが。
そんな詩は電話越しのリリシィの言葉の続きを待つ。
「重役だったベルフェゴールさんが詩を選んだの。今日からも天使社にお願いね……あれ? 詩?」
そこには魂の脱け殻のような詩の姿がそこにあった。
第一次天使と悪魔引き抜き戦争編は今話で終了です
また次話からちょっと天使社の日常を書く予定です((