第一次天使と悪魔の引き抜き戦争 その3
本日2話目
詩の思考回路がベルフェゴールを天使社に引き入れようと決めた時に、詩を中心に魔力の渦が発生する。
「……!? なんじゃ。今の魔力は」
サタンはその魔力を敏感に感じとり全身に肌があわだつ。ガブリエルも詩の様子の変化に目を見張っている。
「まだ奥の手があったの? それでも私は負けられない」
フッと短く息を吐くと、今度はベルフェゴールから詩に攻撃を仕掛けた。
魔法陣からはおびただしい数の炎の球がベルフェゴールの周囲を旋回し出す。
「<灼熱の弾幕>」
そう言葉にすると炎の球は自分の意思を持つかのように詩に迫る。
誰もが息を飲むその光景に、詩はチラッと炎の球を視認する。
「それならこれでどうだ」
両手に持った短剣と同じ短剣を宙に作り出すと、詩が得意とする創造能力の応用で一斉射出する。
魔法とは魔力の核を中心に任意の現象を起こすものだ。それはどの魔法でも通じる事である。
魔法が容器で魔力がその中に注ぐ液体と考えると分かりやすいだろう。
「一体何を……まさか」
「そうだよ。ベルフェゴールさん。あなたに護りたいものがあるように、私だって護りたいものがある。私はそのためなら限界だって越えてみせる」
射出された短剣は、炎の球に当たり熔けて潰える。だがそれと同時に短剣の先端が魔力核に突き刺さると炎の球も形をなくしていった。
だが詩の反撃はそれでけでは終わらなかった。
背中の翼を大きく広げるとその翼の羽根一枚一枚がまるで詩を守るかのように漂いはじめる。
そしてそのまま短剣でベルフェゴールに当たりに行くと、羽根も追従するかのようにベルフェゴールに当たりに行く。
それに合わせて避けようとしたのだが、ベルフェゴールはある事に気付いた。
「これじゃっ……」
ベルフェゴールが宙に浮けているのは、あくまでも魔法による恩恵である。なので反撃するならまだしも、とっさに避けようとすると魔法はバランスを失って崩れる。
「あっ……」
突き落とされたように落ちていくベルフェゴールは、時間の流れが遅く感じられる中で再び死ぬのかと考える。
前世での地球に今世でのラストピア。どちらも良い人間関係を築けたもののまたそれを手離してしまう。これを手離すのがベルフェゴールとしての怠惰なのだろう。
もう地面に近いの位置。目に入るのはベルフェゴールに仲良くしてくれた悪魔社の悪魔達。魂を取り扱っているのに目を背けようとしたり手で顔を隠したりしているのは死ぬ間際を見たくないだけなのか、それとも別の理由なのか。
視界を反らすとルシファーとリリシィが何かを叫んでいるのがベルフェゴールの視界に映る。
「みんな……ごめんなさい」
ベルフェゴールの口からこぼれた言葉は懺悔の言葉だった。
これでラストピアの人生は幕を閉じる。ベルフェゴールはそう思った。
悪魔社の悪魔達も天使社の天使達もベルフェゴールは助からない。誰しもがそう思った。
出来る事なら誰か助けてくれ。誰しもがそう願った。
「まあさせないですけどね」
ベルフェゴールの体は地面と衝突する事はなかった。
何が起きたのかと薄目を開ける。そこにはついさっきまで本気で拳や刃、魔法を交えた相手。お姫様抱っこのせいか詩の顔が間近に見える。
「なんで」
死ぬと覚悟したのに生きていた事について衝撃を受けたベルフェゴールは、何についてなんでと言ったのだろうか。詩はそう逡巡するも分からず、当てずっぽうだから間違っててもいいやと口に出す。
「ベルフェゴールさんに死なれたら天使社に引き込めないじゃないですか。私が護りたいもののために死なれたら困るんです。ほら、この引き抜き戦争のルールとして相手がバッジを破壊しないといけないんですから私がやらないと」
そう言って創造能力でベルフェゴールの左手にナイフを貫きたてるとバッジのパリンとした音が響く。
「し、勝負アリ! さっきのケルヴィエルとの戦いが遊びだったんじゃないかと思われるほどの戦いの結果。天海 詩さんの勝利! ベルフェゴールさんお疲れ様でした」
ケルヴィエルの悪口ちょくちょく入れるガブリエルの放送とともに、ようやく目の前で起きた事について思考が追い付いた天使と悪魔達は、二人に向けて歓喜の声を浴びせる。
「負けちゃった」
詩の腕の中で清々しい表情のベルフェゴールは詩の顔を見上げる。そしてそのまま言葉を続けてる。
「詩の護りたいものって、何?」
ベルフェゴールの純粋に流石に自分の無気力ライフのためとは言えずどうしたものかと悩む。
ウーンと唸っている間にもベルフェゴールの純粋な眼差しが詩を突き刺す。
パリン!
「へ?」
詩の驚いた声は見ていた天使と悪魔達にも波紋のように広がっていく。
「おっとぉ!? ここでまさかのベルフェゴールさんの反撃……え、どういう事? スタッフー?」
ガブリエルが混乱を収めようとして自分も混乱している中、サタンはなるほどのぅとニヤニヤしながら見ていた。
ガブリエルの呼び掛けに開発スタッフが慌てて事情を説明すると、ガブリエルは得心が行く。
「えーと。どうやら天海 詩さんの少ない良心がベルフェゴールさんの純粋な視線に耐えきれずに潰れるところを、その代わりにバッジが身代わりになったようです。ってことで試合に勝って勝負に負けたって事のようですね」
ガブリエルがマイクで声を響かせ、その言葉を聞き逃すまいとした天使と悪魔達は、ジーっと詩とベルフェゴールを見る。
「うっ、その……見ないでください!」
詩はスイッチが入るとバーサーカーだが、入ってない状態では年相応のうら若き十代後半の少女なのであった。
ジャンルをコメディに戻したのにやってることはアクション……
いや、変えないですから安心してくださいね?←