表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

帰れない記号

 後部車両の扉を開くと、景色が流れていった。


 列車の最後尾、こういうのは何と言うのだろう観覧列車とでも言うのか。足元からは線路が音を立てて流れていく。さほど広くも無いスペースに屋根と手すり。椅子などは置き場も無い。


 時折、手すりが木の葉を引っかいていく。

 先ほど渡った眼鏡橋がカーブへと消えていった。


『安全性に問題があるな』

 思ったのはこんな事だけで、私は足元に吐き出される線路を見つめる。


 こんな事しか思えないからこんな結果になったのだろう。


「こんなところにいたんですね」

 枯れた戸の音が彼女を連れてきた。


 彼女は風に舞う長い髪をしきりに気にした仕草で欄干に立つ。

「こうでもしないと退屈でね」

「でしょうね」

 少しさびしそうに聞こえたのは気のせいだろう。別れを切り出したのは彼女だ。そして、この小旅行も彼女が希望した。俺は付き合っているだけ。景色に何の感慨も受けない。こんな物がなぜ・・・と思うばかりだ。


 解っている。今の自分に余裕が無い。景色も何もかもが記号に見える。そんな自分に愛想を尽かした。そんな事だ。当たり前だ。


「見て」と彼女が言う。私はそれを目で追わない。そこにあるのは記号だ。

「鳥か何かか?」とぶっきらぼうに言葉を投げる。

「帽子」と一言が転がった。


 目で追うが今更で、新緑と渓谷の風情。イメージで言えば緑だ。

 そんな事は伝える必要が無い。見れば解る。私はそれを見逃した。その事実だけがぽつんと残っている。彼女がそれを求めているのも解るが、私の頭は強く不要な情報だと訴える。


 世間は冷酷だ。数字と記号のやり取りで全て済む。そうでなければならない。

 右から左に記号を流し、それが何を意味するかを考えてはいけない。そうすれば、給料と言う記号を貰う。その記号を増やさなければならない強迫観念。そう、強迫観念だ。そこから逃げられない。

「彼女を幸せに――――」

 そんな言葉に踊らされ、踊らされているのは解っている。当の本人から破局を言い渡されたのだから。それでも帰れない。


 そうだ。『彼女を幸せにしたい』と言う気持ちは幾らなんだろう?

 ビタ一文払う気持ちはないがなぜか気になった。


 そして、私は一人で駅を後にした。

 綺麗さっぱりなくしたのに何も変わらない。

 変わらないから――――捨てたんだ。


 え?と驚いた彼女の変な顔が瞼に残る。変ではあったが綺麗だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ