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捨てた物と失くした物

何かをかかなければいけない。そんな思いで筆を取りました。


 恋人が死にました。

 ―――唯それだけです。



 私は何時まで泣けば許されるのですか――――





 昨今ではセキュリティの意識も上がりオートロックが当たり前になりつつある。

 セキュリティ意識が上がるといえば聞こえはいいが、不特定多数を『泥棒だ』と決め付けている事の言い訳に過ぎない。


 では、そうでないアパートに住む自分は不特定多数を信じる「意識高い系」か?といえばそうでもない。

 単純に収入の問題だ。


 実際に自意識過剰なのだろう。アパートですれ違う暇を持て余した人々の何かを隠すような仕草が―――


 ―――それだけで十分だ。


 以前はどうだったっけ?


 思い出せない。


 以前はそうでなかったような気もするが、気にも留めなかったのが現実だ。

 彼女も普通に挨拶していたし―――


 ―――知らないとは言わせない。


 彼女が死んだのはこのアパートの玄関。

 気の利いた言葉で言えばエントランスだ。


 そこで車に轢かれた。


 アパート前で轢かれたわけではない。集合ポスト前に車が突っ込んだのだ。


「一般に車両事故はジュウゼロという事は無いんです」

 警察の言葉だ。

 だからなんだ?


 若い警官は、『良かった』探しをするように私に告げた。


 エントランスは半壊。住民はその不具合と責任の所在を求めるように話す。


 ―――では、どう気をつければこの事故は防げたのですか?


 ―――どうしようもない。


 ありえない災害は彼女が呼び込んだものではないし、何かを気を付ければ回避できるような物ではない。

 原因はドライバーの居眠りによる、ハンドルの急操作。つまり、アパートに突っ込んだのはあくまで低い確率・・・運が悪かったとしか言いようが無い。


 ちなみのドライバーは生きている。過剰なエアバックに守られ、所在無げな顔をしていた。現実が飲み込めないのだろう。

 法は生きている人間を守る。

 これで、彼女に非があるとなれば全力で戦う所存だが、あっさりと非を認めた。非を認め、会社の上司を含めた人海戦術には私は無力だった。


 頭を下げた人間を責めるのは人道に悖る。それは理解できる。権利がある筈の私は言葉が見つからなかった。

 何を言う。何を言えばいい?

 現にこのばか者が惨たらしく死んでも、会社が崩壊しても、私はちっとも嬉しくない。

 ―――気さえも晴れない。


 大声で泣き崩れるほうが百倍マシだ。だからそうした。

 自分は考えうる最良の決断をしたと思う。


 だから、憂さ晴らしの矛先をこっちに向けるのはやめてくれ。


 住人はエントランスの使い勝手が悪くなったし、私は恋人を失った。

 10年来の付き合いで、『結婚を考えていた』と言うのは言いすぎだが、漠然と確信はあった。


 大体10年物の恋人をなくし、替えをどうやって探せばいいのか、すら私は知らない。





 どうにか私は復活した。


 死んだ彼女は埋葬され、生きてる自分が復活というのもおかしな話で―――


 自分でもびっくりするほど泣いた。腹が減って、眠くなり眠った。それだって、驚くほどだ。

 だが、驚くほどの行為には許容量がある。

 ―――社会のじゃなくて肉体的にだ。


 そして、許容量に達すると酷く惨めな気分になる。

 説明させるな。想像してみてくれ。


 ―――君の頭は飾りではないのだろう?


 それがイヤで復活を定義し、それを演じ始めた。

 そんな私を引き戻すかのようにヒソヒソ話が、後ろ髪を引く。


 もう、どうにも出来ない。

 彼女は死んだし、自分は復活を擬態する。そんな事すら彼らの自由は許さない。そしてそれが許容出来ない。


 ―――引っ越すか?

 それは貯金通帳が許さない。


 死者の復活と井戸端会議の廃止が、同レベルで現実不可能と言う事に腹が立つ。


 切り替え切り替え。


 私は、引っ掛けられた新品の集合ポストを覗き、ピザ屋とカレー屋チラシを備え付けのごみ箱に放り込む。

 放っておくと溢れる。


 はっきり言って迷惑だが、このポスティングのおかげで、毎日覗き込む習慣が出来てしまった。

 その出来た習慣も、一時中断し私の評判は下落の谷のそこ。一向に構わないと思いながらも、現実生活の放棄は違う。


 しゃくぜんとしない苛立ちを抱え、チラシ廃棄用の青いポリバケツの蓋を開けた。

 これは、美観を大きく損なうがありがたい。要らないチラシはここに捨てる。新聞をとらない私にはありがたい。

 嵩張るんだ。


「ふぎゃッ!」


 ごみ箱が泣き出した。


 いいや、そんな事が有る訳無い。原因はその中の何かが泣き出した。慌ててごみ箱の盾の様な蓋をとり中身を確認する。


「―――有り得ないだろ?」


 人間を要らないからといってごみ箱に捨てるのはいけない事だと痛感した。

 ごみ箱の盾は安物と用途が違うせいか、赤ん坊の泣き声には全くの無力だ。

 改善を要請したいが、多分通らないだろう。


 こんな物でも堪忍袋と言うのだろうか?ともかく私の許容量は既に越え―――


 ―――バイバイ、リアル。





「それが私―――?」

「ああ、そうだ。大変だったぞ。ごみ箱の蓋は盾の様に見えて赤ん坊の泣き声には全く無力なんだ。実に使えない」

「でも、おばぁちゃんだって・・・」


「全方向に口裏合わせに走った結果だよ。かぁさん・・・俺の恋人も一人娘だったんで、最初はね。戸惑ったけど、絶対に手に入らない孫って言うのは―――最終兵器だね」


「―――何でそんなことしたのよ」

「むしゃくしゃしてやった。反省している。次はしない」

 実際、隠蔽工作は殆どしていない。最初の設定作り程度で、真実を知られたとしても、現実は変えられない。

 負い目も全く無い。それでも誰もが演じきったのは単純にメリットがあったからだ。


 私自身信じられない。屋上近くの階段吹き抜けで落とした何かが、何にも引っかからず綺麗に一階に落下したような感動さえ覚えた。

「やられちゃ困るわよ。でも、それで恋もしないで―――」


「恋ならしたよ。10年も―――」


 感動的な話は要らない。20年も親子をやってきた付き合いだ。性格は俺に似ている。擬態する癖もそっくりだ。


「大変だったでしょ?」

「どうだかね?ただ、世界中の殆どの人間が嵌る子育てってのは何となくわかった。面白かったよ」

「―――お父さん!」


 娘は激昂する。そりゃね。子育てが大変だとは誰もが言っている。でもそれは逃げ出せない人間だからの言葉だ。

 私はいつでも放り出せた。やめなかったのは楽しかったからだ。


「―――楽しいことを、ブチブチ文句言うのは嫌いだ」

 楽しいけど、しんどい事は山ほどある。

 むしろ、楽しいだけの事。酒を飲んだり、遊んだり、それは一生を賭けるに値するものがあるだろうか?


 リスクヘッジに負けなかったからこそ―――の充実感だ。単純な作業の繰り返しは、既にさよならを済ませた自分には全く苦にならなかった。

 会社に行ってタイムカードを切るように。家事をこなす。

 出来ない時は当然あったが、それには然るべき行為が決まっている。それを淡々とこなした。


 歩けば疲れる。疲れれば眠れる。眠れば、歩き出せる。


 その繰り返しだ。むしろ『大変でしょう?』と言う人間の対処に苦労した。

 私には理解出来ないからだ。


 だってそうだろう?歩きながらブチブチ文句を垂れるのは疲労を増すだけで百害あって一理も無い。

 そんなに文句があるならやめればいい。


 これが極論だということは私にもわかる。

 それでも、歩いた責任を誰かに問うのは間違いだ。


 娘は呆れながらも、理解を示した。二十年変人と呼ばれながらも淡々と生きてきた成果だ。娘は諦めている。

 と言うより、血筋?この場合は違うな。血は全く繋がってない。


『この親にしてこの子あり』

 これがしっくり来るな。


 問題は隣の男だ。


『お父さんと呼ばせてください』

『君はこの期に及んで呼ばない気だったのか?』

 そういう物なのだろうか?

 男は慌てて訂正する。コイツはお子様二号だ。娘は法的に私の娘だ。義理の娘と言う制度がある。その娘の婿も不本意ながら私の子供と言う事になる。


 今、子供が増殖したと実感した。本当に遅ればせながらだ。

 しかし、この二号、涙を流しながら、うんうん頷き、こんな話に感動している。

 ―――この二号の将来が心配だ。


 全部一号に任せればいい。そういうものだ。

 そんな事より私は二号に聴きたい事がある。

 優先させるはそっちだ。


「君はナンパの仕方を知っているかね?」

「へっ?」

「いや、何ね。私は十年来の恋人の後二十年幼女の育成に努めた。つまり、私のナンパの作法は三十年もの骨董品で、すでに思い出せない。そこでご教授願いたいのだが・・・」


 二号の頬を汗が伝う。状況が理解できないようだ。

「―――興味あるの?」

 一号が冷ややかな声で聴いた。

「そりゃ、あって当然だろう。子育ては大体判った。今度はナンパだ。やってみたい」

「順序がオカシイ」

「そんな作法があるのか?」

「いや、ないけどッ!」


 ―――難しい。

「お父さん。まさかとは思うけど・・・寂しいの?」

「いや全く」

 一号は深い溜息をついてこう言った。

「ナンパはね。寂しくない人はやっちゃいけないの。失礼な行為なの―――」

「そうなのかッ!」

 衝撃の事実に二号に問う。

 二号はしどろもどろになりながらも辛うじて肯定する。酷く残念だ。若者二人の合意の下、私はナンパの作法を学んだ。


「判った。寂しくなった時のお楽しみにとっておこう」

「そうして」

 一号は疲れたような溜息の元告げる。

「―――しかしだ。私はそちらは無学だ。そのときは君に付き合ってもらおう」

 一号は激しく咽た。二号の口は綺麗に楕円を作って止まっている。

 何かおかしな事を言っただろうか?

「初心者には熟練者の手解きが必要だろう?あいにく頼める知人がいなくてね」

 私は当然のことをいい理解を求めた。


 二号は理解を示す物の、一号と火花を散らしている。

 フム―――話題にはそぐわないか。何しろ二号とは正式には初対面だ。


 話題を変えよう。


「ピンサロとランパブとソープの違いを知っていたら詳しくg―――」


 ―――あ、死ぬかもしれない。

 それでもね。重要な事なんだ。それっぽいお店に入ってベルトに手を伸ばしたら『そういう店じゃないんですよ』と怒られた。お店の人がそう言うのであればそれに従おう。

 最低限の知識は必要だ。


「あの・・・お父さん」

 一号の執拗な攻撃をかわしながら二号が話しかける。

「―――なんだね?」


「ご案内してもいいですけど。大抵無駄に終りますよ」

「何故?」

「こんな美人にお酌してもらえるのに、お金はらって劣化品に会いに行くのは馬鹿らしいでしょ」


 ――――そうきたか・・・


 私はあの日、何かを捨てた筈。それは思い出せる。


 それがなんだったかは判らない。

 しかし、私が失くした物は何だったのか?

 見当たらないんだ。


 畳の目を数えながら考えた。


「二人とも良いと言うまでそうしてなさい」


 エーソンナー×2

こんばんはそとまぎすけです。

何を考えてもいまいちで、執筆を繰り返してもあげるに至らず、非常に焦れています。

やはり、推敲してよい物を上げようとすると、筆が止まります。

恥の書き捨ても必要な事だと思うに至ります。

絵にしても思うのですが、欠点を直していると美点も直してしまい。鮮度の落ちた劣化品になるような気がします。

難しい物です。

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