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迷子の喫茶店

 駅のそば・・・オフィス街と駅前商店街と住宅街それらが混ざり合った感じにうらぶれた高架下。変則十字路と駐輪場が入り混じった交差点のはす向かいにある喫茶店。


 喫茶店と言えばビルの一階と相場は決まってそうなものだが平屋だった。周辺の建物も4階前後でエレベーターがあるのはオフィスビルぐらいだ。


 空の無い都会というにはどこか暢気な空気が漂う地方都市の駅のはずれ。

 一等地とは言えないが、一等地?程度のくらいには金額がつきそうな土地に何を思ったのか?


 ―――金持ちの道楽。

 そんな想像しかできないが、有る意味ではありふれた光景で、どの街にもある違和感を感じる店。

 よほど冒険好きでもなければ覗き込まない。地元に愛された店。つまり異邦人はお客ですらない。そんな事は決してないが、そう思わずにはいられない空気が有る。

 

 そんなお店に一人の女性が入っていった。


 ―――カラン・・・


 ドアに付けられたベルが鳴る。ドアは深い色の木製の格子にガラスが嵌っていたが、その一枚一枚に色違いのセロファンが張ってあり、中は見えるが素通しとは言いがたい。


 ―――うっわ・・・昭和。

 入る前の感想だ。ここは以前から知っていた。風景に溶け込んでいる感はあるものの、よくよく考えれば違和感を感じる喫茶店だった。

 場末の喫茶店風スナック・・・では無さそうだし、個人経営にしては大き過ぎる感が有る。アットホームな感じはないが、チェーン展開とは無縁に見える。

 中が覗ければ疑問は氷解するのだが、絶妙な目隠しの生垣に阻まれ中はうかがえない。かと言って全く見えないかと言えばそうでもない。

 天井が高い。多分二階家の天井くらいある吹き抜けの造りだ。

 つまり外からは天井からぶら下ったシェードランプだけが見える。そして、看板はライトアップされていない。店の規模から考えればチョコンと裸電球に照らし出されている。

 あれをライトアップというには申し訳無い程度だ。


『喫茶おれんじ』


 見た目からスタンダードになれなかった昔のデザイナーズ物件と言った風である。そう思ったのは無理からぬことだろう。

 そんな店に女は迷い込んだ。

 雨上がりのロングスカートの裾を気にしながら・・・


「 いらっしゃい・・・」

 マスターだろうか?男の声がした。

「 お好きな席にどうぞ」

 声は機械的な言葉が出迎える。またしても違和感である。

 男の言葉はワンテンポ送れて酷くゆっくり話しかける。


 ―――明るい・・・

 天井が高く、外光がふんだんに降り注ぐ店内は予想を裏切って酷く明るい空間だった。


 女は仕事を辞めたばかりだった。連日連夜、それこそバリバリ働いて疲れてやめた。やめて判った事が自分が仕事をしない生活を何も知らないと言う事だった。

 先を考えなければ二三年はゆうに暮らせる蓄えは有る。

 働かないにしても一週間で根を上げた。根を上げなくては際限なく自堕落な生活に落ちそうで、逃げ出してきたと言うところだ。

 

 喫茶店なんていうものは、仕事の書類整理にテーブルとコーヒーを借りる場所だった。ファミレスでもいい。つまり、喫茶店のある人生を女は全く知らないに等しいと自覚していたし、ドラマのような憧れもあった。


「 あの・・・ どうかしましたか?」

「い、いえ・・・カウンターは?」

 心配そうな店主に焦って女はカウンターを捜す。

「 申し訳ありません。 カウンターは当店ではないんですよ」

「え?」

 ―――喫茶店でカウンターが無い?


「 こちらの席で如何でしょうか?」

 店主が案内する。店内は明るく広いが各席が低いパーテーションで区切られており、お客は各自思い思いの作業に没頭している。

 昔の自分のように書類を整理してる物。受験勉強に没頭する学生。タブレットで何かしら娯楽に興じる物。それぞれだ。


「漫画喫茶・・・?」

「 どちらかと言えばそちらに近いですね。 ただ、当店ではPCやマンガの貸し出しは行っていません」

 ―――それでもよろしいですか?と店主はゆっくり訊いた。


 ずいぶんとおかしな店に来てしまったようだ。

 流石にここで帰るのも悪いので、店主の進めに従い席に着く。

「 メニューはそちらになっております。 追加注文はお呼びいただければ承りますが、 アプリを使ってスマホでも注文ができるようになっています」


 想像とだいぶ違う。酷く残念な事だが、求めている物とは全くと言っていいほど違った。

 更に異質な物が目に入る。


「ドッ、ドリンクバー・・・?コーヒーの?」

 コーヒーのメニューはどれも一般の倍以上の高額で更にドリンクバーはそれ以上だった。

「おかしいでしょ?」


「 初めての方でしたら、 こちらの店長のお勧めは如何でしょうか?  今日はまだ決めてませんので、お好みの銘柄で提供いたします」

 まだ決めてない?お好みの銘柄で?理解できないが、店長のお勧めは確かに他の店よりリーズナブルな値段になっていた。

「それでお願い」

「 銘柄は何にしますか」

「コレ」

 そう言って一番値段の高いコーヒーを指差す。

「 酸味の強い豆ですので、 浅めの焙煎がよろしいですか?」

「あ、ああそうなの?酸味が弱い豆は?」

「 こちらになります。 焙煎はお任せしていただいても、 よろしいですか?」

 言葉を一つ一つ確認するように店主は言う。その一言一言に頭が動く。


「え、ええ。それでお願い。・・・値段は」

「 『店長のお勧め』の、 お値段ですよ。 では、 失礼致します」



 ―――やっちゃったかな?

 この店は外れだ。店長の態度は馬鹿丁寧というもので時々苛立ちすら覚える。

 もちろん、中年男性で、休日にそういった対応をされれば、むしろ好感を覚えるのだが・・・彼は例外だった。


「完全にテキ屋のおじさんだもんね」

 服装や身だしなみはしっかりしている。ただ、顔立ちがともすればヤクザに見える。更に浮いて見える明るい金髪が悪印象に輪をかける。むしろ矢継ぎ早に注文をとられたほうが安心できるような人柄で、とってつけたような馬鹿丁寧な応対だ。なれないとストレスが溜まる。


 それに不安だった会話の話題だが、まさか訊きたい事は山ほどあるのにカウンターが無いと言う事態は想定していなかった。


「ボッタクリって事はないわよね・・・」

 値段設定は完全にボッタクリとしか思えない。この値段群の中店長のお勧めは100均のインスタントコーヒーが出てくるんじゃないかと警戒心すら抱かせる。


 あらためて店内を見回す。高い天井に明るい店内。従業員の姿は見えない。パーテーションは視線を妨げないが、視線がぶつからない程度のもので、お客は皆リラックスした姿勢で時間を過ごしているが、会話は聞こえてこない。

 漫画喫茶に近いが、寝そべるような姿勢のものは居なく、コーヒーを楽しんでいるようにも見える。

 外を見れば生垣の内側に低い塀が敷かれており、その随所にドワーフの置物や華が飾ってあって、ビル街の谷間だということを忘れさせる。置物や華はそれほど強い光ではないもののライトアップされており、全体的にセンスがいい。


 この店の特徴として、『会話が聞こえてこない』と感じる。多分そういうお店で、自分の求めていたお店とは違うのだろう。


 ブースにはよく見ればUSB端子が常備されており、イヤホンも置いてある。キチンと革財布のようなケースに入れてあり紙テープで未開封だという事が一目でわかる。隙間から物を見てみたが使っている物はいい物だろう。電気屋で一万円以上で売ってる商品のように見える。当然使い捨てというわけではないだろうが、イヤホンだちゃんと使用後は消毒しているのだろう。


 メニュー脇のQRコードでアプリがダウンロードできるようだ。コレで軽食やお代わりが注文できる仕組みになっている。

 ―――お代わり?


「 お待たせしました」

 そう言って件の店長が手押し車で現れた。

 それには驚いたが、手押し車にはディッシュウォーマーを積んでいるようで、その中からカップを取り出し、コーヒーを注ぐと、一礼して去っていった。


「 コーヒーは如何ですか?」

 店長が別のブースでお客に話しかけた。

「ん?今日の『お勧め』決まったの?」

「 ハイ」

「じゃあそれを・・・」

 店長は新しいカップを出し、コーヒーを注ぐ。お客は遠慮なく口をつける。店長はその様子を見守る。

「いいね」

「 有難うございます」

 お客の満足そうな反応に納得すると、他のブースからも声がかかり、忙しそうには見えないが絶え間なく店長が給仕に回る。

 お客の反応は様々で、その度に「 有難うございます」「 さようでございますか」と丁寧に受け答えする。

 ただ、受けた注文をメモしているようには見えない。

 サービスの一環だろうか?


「・・・おいし!?」

 コーヒーの酸味が一般に出回っているものより一回りおさえてあり、その分若干苦味が強くなっている。結果味は濃くなっているが、それでもこのコーヒーにミルクや砂糖を入れたいとは思わない。

 普段は入れているのにだ。そこで気付く。他のお客も一口目はブラックで飲んでいる。この店にとってミルクと砂糖は胃腸保護材なのだろう。

 店長がなにやら他のお客と話しこんでいる。ここからではBGMに遮られ会話の内容は聞き取れない。だが、コーヒーを小さなポットに移し替え提供すると、そのまま店長は立ち去った。

 どうやら、この店ではポットごとの提供もあるらしい。


「うっそ・・・」

 このコーヒーだって酷く安い。というよりもそこまでコーヒーに一家言は無い。美味しいか否かでしか判らない。それでも、このコーヒーは自分にぴったりな按配で、他の店のコーヒーは良い物のお仕着せに感じるほどだ。

 これで、お代わり自由で、ポット提供アリなんて・・・採算が合わない。


「もしかして・・・」

 この高額な値段設定とドリンクバー。よく見ればメニューの上のほうに小さく800ccと書いてある。

 つまりこの店では800cc単位で買うのだ。普通のコーヒーが150ccくらいだから・・・

「コーヒー4,5杯分?」


 コーヒーとは別の香ばしい香りが漂ってくる。流石に胃腸に優しいとは言えコーヒーだ。食欲がそそられる。

「 お待たせしました。 ホットサンドになります」

 相変わらず、テンポが狂う受け答えだ。

 しかし、非常に食欲をそそる。ここからは見えないがソーセージの油がこげる匂いに少量のハーブが混じっている。


 私は手を上げ店主を呼んだ。

「 少々お待ちください」

 そう言って店長はポケットの中のスマホを取り出し、確認する。     

 ビクッっと、少し青くなって見える。


「 た、大変込み合っておりますので、 ご注文でしたらアプリのほうでよろしいですか?」

「あ、はい・・・」

 その為のアプリサービスなのでだろう。急ぐ事ではないが・・・

 ごめんなさい。火のついた食欲は我慢してくれないの。

 ダウンロードし、注文を確認する。


 注文がずらり。食欲に火がついたのは自分だけではないらしい。

 むしろ、火がついていないものが居ないのではないかという勢いだ。


 このアプリは他のお客の注文状況もわかる仕組みになっているようで、多分自作だ。その代わり、提供時間が自動計算され、店長らしきキャラクターが頭を下げ――分お待ちくださいと表示される。

 注文状況は目まぐるしく変わる。お客によっては取り敢えずのツナギに変更する者もいるようで、中には店頭販売のスナックに変更し、自分で取って、それをアピールするものもいる。

 多分あの人は常連だ。さっきポット提供に切り替えたお客さん。これで、あのお客さんはコーヒーと軽食を確保できた。

 ―――実に頭がいい。

 それを見てか、注文を変更するもの、追加するもの様々で、じきに、注文の一部が暗い色に変わる。

 後でわかったことだが、調理を始めてしまって変更が利かなくなりましたという意味らしい。


 多分、厨房では店長が孤軍奮闘しているのだろう。提供もあくまで静かだが、チョコチョコと競歩気味に歩く。

 その為の手押し車なのだろう。

 ―――店長には悪いが何か可愛い。


 待ちに待った軽食がやって来た。

 頼んだホットサンドは驚く事にバラバラで来た。

 だから、それほど時間は掛かっていない。

「 マスタードは如何致しますか?」

「お願い」

 店長は頷くとホットプレートからパンを取り出しバターとマスタードを手早く塗る。あらかじめ切り分けておいたサラダを乗せ、更に保温機から出した厚切りソーセージを熱した鉄板で焦げ目を付ける。ジュッと音がしソーセージからハーブと脂の焼けるにおいがする。それで完成かと思ったら出来上がった筈のそれをもう一度ホットプレートではさみ、指折りで5秒数える。

 普段の言動からは想像付かないほどの早業で、暖めたお皿にサニーレタスを数枚敷きホットサンドを乗せナイフでカット。ドレッシングソースをサニーをメインにサラリとかけ・・・

「 お待たせしました」

 言葉はいつものテンポでゆっくりと・・・


 ・・・軽食じゃない―――

「コーヒーお代わりいいかしら?」

「 別料金になりますが?」

 ―――想像通り。

「じゃあ、コーヒーはさっきのでいいからドリンクバー追加で・・・」

「 承りました。 ドリンクバーに切り替えさせて頂きますね」

 そう言って、この事態を予想していたのだろう。ポットからお代わりを注ぐ。

「 ドリンクバーは、 ポット提供と、 テイクアウトできませんがよろしいですね」

「よろしいです」

 よく考えてある。というより、テイクアウトも可なのか・・・。


「 お皿 熱くなっておりますので、 気をつけてください」

 出来立て焼き立てのホットサンドに熱々のコーヒー。この時点で美味しい。頬張ると、どれも熱々で困るくらいだ。

 はふはふいいながらホットサンドを食べたのは初めての体験だった。満足しない訳が無い。


 店長は若干汗をかきながらも、身だしなみを整えると、次の提供先に向かった。


 備え付けのイヤホンをスマホにつなぎ、お気に入りの音楽を流す。やはり、イヤホンもいいものだった。ここまで高音質のものは使った事が無い。

 噂には聞いていたがハイレゾ音源は未体験だった。電気屋では良いとよく言われるが、聴き慣れた音楽を聴くと違いがよく判る。

 良いというよりも邪魔なものが無い。音の波をしっかり耳で受け止める。音圧と言う物だろう。そんな感じだ。

 曲の合間でストリングスを奏者が擦る、『キュッ』という音まではっきり聞こえる。


 お気に入りの上質な音楽と、自分のために焙煎されたコーヒー。軽食というにはあんまりなパフォーマンス付きの食事。もちろんいい意味でだ。

 窓の外には夕暮れが迫っているのだろう。

 置物のライトアップが際立つ。

 あたりが暗くなって暖色の光に包まれる。

 私は、意味もなく窓辺の小人達の表情を見つめていた。



 ここ、ビル街・・・徒歩二十分。

 食事としてちょっと豪華な食事程度の出費で、たっぷり堪能してしまった。




 喫茶店の有る生活に憧れて、予想外に真髄を感じてしまった。

 コーヒーのCMのキャッチコピーの意味がホントに判った。

 上質な時間と上質なコーヒー。

 ―――退屈なだけだと思ってました。


 店長は波を乗り切ったのか、最初の調子でトコトコと手押し車を転がし給仕に勤しむ。若干お疲れのご様子。

 ―――このタイミングならいいのかな?


「マスター。アルバイトは募集してないの?」

「 ええ。趣味をこじらせてやっているお店ですから、 今は、 まだ―――」

「いずれは、 って事かしら?」

 ―――少し、うつった。

「そうですねぇ」

 そう言ってマスターは窓の外を見る。


「私はね。喫茶店で時間に対してお金がかかるのがイヤだったんですよ」

「商売だものしょうがないでしょ?」

「喫茶店にコーヒーを飲みに来る人は実はいません。私はそう思っています。コーヒーを飲む時間を求めてご来店されるのだと思ってます」

「判る気がします。いえ、この店を見て判ります」

「でしょう?コーヒーの杯数を気にして数えてっていうのは納得できなかったんです!」

 意外なことに店長は熱く語る。


「 失礼。 しました」

 口元を押さえて今までのテンポで話す。

「普段どおりでいいと思うわ」

 どう考えても熱く語る店長のほうが素だろう。その方が自然だし、外見にも合っている。あの職人のような手際も納得できる。


「 いえ、 この性格で何度も 痛い目にあっていますので・・・」

 やっと判った。この店長は物静かなマスターが理想なんだ。

 そして、その理想に酷く遠い事もよく判っている。だから、不自然なぐらいにブレーキをかけているのだ。

 それは巧く行っている様にも見えるが、その狭間で悩む姿が可愛くも感じる。


「・・・で物静かなマスターさんは、何時ごろ バイトを雇う気なんですか?」

「 からかわないで、 下さい。」

 そう前置きをして、窓の外を見つめてマスターは言った。

「 庭先に猫がね」

「猫?」

「 そう野良猫。 飲食店ではつきもので、 普通だったら残飯目当てで 来るんですがね」

「 どうにもきてくれない。昔から動物には怖がられる性質でして・・・」

「でも、来たら困るんじゃないですか?飲食店としては」

「・・・そうなんですがね。庭はそれを意識してるんですよ」

 言われて見れば、この小さな庭に猫が迷い込んできたら実に絵になる。実際に目に嬉しい。マスターが夢見た店はそういったものだろう。

 背の低い塀はその為の物。猫除けではなく、逃げ込んだ猫を隠すための・・・逃げ出さないでと言っているようでいじらしい。


「・・・それでも怒られるんじゃないの?」

「でしょうね。ただ、一回限りの手が無い訳じゃないんです」

「どんな?」

「『うちの子です。』って言い切れる甲斐性が付いたら人を雇おうと思ってます」




 ―――ああ、この人なんだな。

「なら、もう雇っていいと思いますよ。ホラいるじゃないですか」

「何処に?」

 健気な店長は目を輝かせて窓を覗く。

「―――ここに」


 ぶふぉッ!


 店内で噴出した音が響く。念の為に言って置くが噴出したのは店長ではない。それ以外の客全員がだ。

 店の常連は二人の会話に耳をそばだてていた。この店の客は会話に飢えているのだ。あまりの突飛な発言に耐え切れず、コーヒーを噴出すはめになったのである。


「マスターあんたの負けだ」

「いや以前からロマンチストだとは思ってたが真性だな」

「おめでと。ここで断ったら甲斐性なんて一生無いよ」

「いや、この店、静か過ぎだから・・・それが気に入ってるけど」

「素敵だと思います」


 店内はこの店には珍しく祝福ムードだ。困惑する店長。

 私はダメ押しに聞いてみる。


「実際、手が足りないんじゃないですか?」

「―――そうなんだけど、儲ける気がないんだよ?」

「構いません」

 それこそ願ったり叶ったりだ。


「まだどうなるか判らない。ピーク時の二三時間手伝ってもらおうか・・・それで様子見て」

「有難うございます!」

「おめでとー!」

 店内が沸き立つ。


「で、店員からの早速の要望なんですが」

「・・・早いね。何?」

「この店にカウンターが足りません!」

『あ、それは俺も思った!』と店内が口々に答える。この特殊な商売を展開するマスターに話がしたいお客は想像以上に居たらしい。それでも、今までの方法では言葉を交わしても二三言で話にならない。


「私は接客が苦手で・・・」

『知ってる』『そうだと思った』『あの接客でばれないと思ったか?』とお客は何時になく手厳しい。


 店長は観念したように項垂れて、

「・・・正式な店員になったら考えますよ」

『じゃあ、もう作り始めないとな』

 驚く事に、既に秒読みの段階らしい。


 喧騒に包まれた店内。『そういう店にしたくなかったのに・・・』

と、諦めの悪い言葉をつむぐ店長。流石に今は地だ。穏やかさはないが流暢だ。

 そんな店内を見て窓の外の子猫が笑った。

「 飯テロは、 如何でしたか?」

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