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ぽーんと勢いよく蹴られたボールは、何度も跳ねながら校舎の方へ飛んでいってしまった。
二人一組のペアで基礎練中。相手役をしてくれていた先輩が、呆れながら「取りに行け」と言った。わたしのミスなので文句も言えず、はいと返事をして駆け出した。遠くへいくボールを追いかけるのはもう慣れたもんだ。
サッカーは小さい頃から続けている。今まで何回も力加減がうまく行かず、転がり続けるボールを追いかけてきた。
今日も同じだと思っていたのに、心地いい低音が聞こえた。ボールから目を外して音の位置を探す。そして声。
きょろきょろしていたらやっと見つけた開いてる三階の窓。あそこは。
「萩原!」
意識の途中で顧問からの怒号。巻き舌混じりで怒鳴られてしまっては、ボールを慌てて拾って戻るしかない。帰り際に再びふりかえったときも窓は開いていたが、もう音は聞こえてこなかった。
雨の日のサッカー部は体力作りという理由で校舎内を走り回される。自分のペースで走ると最初はとなりにいた部員たちは少しずつ減っていった。
そうしていたら、聞こえたことのある音に、つい足を止めてしまった。決められたコースとは離れて、以前気になっていた教室へ走る。
歌。
びっくりした。辿り着いた先には放課後は軽音部の部室として使われる奥の教室。声の先にいたのは、スポーツ馬鹿の俺でも知ってる有名な女性アーティストのラブソングを歌っている見知らぬ一年生だった。骨ばった指で弦を弾いて、大きな口で歌を歌う。染めていない髪の毛を揺らしながらリズムを取って、大きな身体で音楽を楽しんでいた。
気持ち良い音につい、教室の前に座り込んで耳を傾けていたら上から声が降ってきた。
「あの」
「え」
「良ちゃんになにか用ですか?」
ギターケースを担いだピンクのセーターの女の子が俺をまっすぐ見つめ、口を開いた。可愛い顔をした彼女は一年生なのか、上履きは新品でびかぴかしている。
「……良ちゃん?」
「だから、良ちゃんに用があるからそこで待ってるんじゃないんですか?」
そこで良ちゃんというのが、教室内でギターを弾き歌っている一年生のことだと理解する。
用。待っていた。違う。とにかく、あいつの音が聞きたくなって。
悩んでいたら教室のドアが開く。ピンクがギターを呼ぶ。
待てってば。まだ心の準備が。
「あれ、サッカー部の」
歌っているときじゃない普通の声に、どきんと胸が高鳴る。
「す、好きだっ!」
自分でも思うくらい言葉が足らなかった。ピンクが可愛らしい顔を歪めて「はあ?」と言った。しかしギターは一切顔色を変えずに、俺の顔をじっと見つめ。
「……入部希望ですか?」
と言った。楽器が好きという意味に取られたっぽかった。
「じゃ、じゃなくて! お前が好きなんだ! お前のギターと歌が!」
そこでやっと彼は目を少しだけ開いて、ありがとうございますと一言。ピンクはいまだに眉間にしわを寄せている。わたしは今、どんな顔をしてるか全く分からない。
「……とりあえず、サッカー部の活動を終えてから来たらどうですか?」
彼のセリフにはっと思い出して、走りだす。けれど、すぐさま振り向き「名前!」と叫んだ。するとあっちは控えめな声で名前を言った。
永井良太郎です。永井。
部活が終わったあと、何を話そうか考えて、つい笑ってしまった。
帰り道。ピンク、槙ちゃんが邪魔をしてきてあまり話せなかったけど。