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肩にかけていたベースを下ろして専用のバッグにしまう。
今日はドラムとキーボードもいないので、バンドの練習を早めに切り上げて、三階の防音加工された視聴覚室の窓からグラウンドを見下ろす。
広いグラウンドの中、いろんな運動部が活発に動き回るのを見ながら、いつものように俺は一人を探す。
窓を開ければゆっくり冷たい風とともに外の音がこの教室へ侵入してきた。
そうして聞き慣れた声が鼓膜を震わせ、校庭を駆けるあの人の姿を視線で捉えることが成功すると、びっくりするくらい心臓がどくりと脈打つ。
ボールを追ってる彼女は毛玉にじゃれる子猫みたいだと至極真面目な顔で友人に言ったことがあったけれど、病人を見るかのように可哀想な目をされてしまった。
ひゅうひゅう吹く北風が熱くなった頬を落ち着かせてくれる。彼女の一挙一動に心音がばくばく鳴り響く。
好きです。
これまで何回心の中でつぶやいたんだろうか。
きらきら輝いた笑顔が好きで好きでたまらないんです。
「永井せんぱーい、本当にあの人紹介してくださいよー」
後ろでギターをしまった永井先輩が立ち上がるのに気付いて振り向く。永井先輩はゆっくりこちらに近付き、さっきの俺みたいに窓の外をみつめた。
「あの人? あー、萩原さん?」
「そうですー、もうずっと言ってんのにさー」
俺が膨れると永井先輩は困ったように笑った。
二年の永井先輩は三年サッカー部のハギワラサンと何故かお知り合いらしい。
詳しいことは教えてもらってないけれど、俺が初めて視聴覚室からサッカー部を見たとき「あ、萩原さんじゃん」と小さく言ったのに引っ掛かり、問い詰めるとその関係を教えてくれた。
それを聞いた俺の第一声はずるい。第一印象は羨ましい。
溜息をいっしょに再びハギワラサンを見つめると、ちらりとこちらを見た。そしてにこりと笑う。
目が合った。心臓がばくんと高鳴ったが。
「なーがーいー!」
こちらへ手をぶんぶんふりながら名前を呼ばれたのは隣の先輩で、がくりと落ちかけた肩に気合いを込めて、呆れた顔でハギワラサンへ小さく手をふる永井先輩の肩に小さくパンチをした。