82『やっぱり元が良いと化粧が映えるなぁ』
ノアさんと女装継続中のゾロさんを引き連れて、出来上がった料理を手に静々と陣の中心へ進んでいく。
皆程よくアルコールが回っているのか、こちらに見向きもしない。
それもその筈、イーサン殿下の命令で彼の愛妾達がアバヤを纏わずに大きな胸をブラジャーのような胸当で隠し、その場で回る度に美しく広がる足首まである長いスカートからは太股まで深く入ったスリットの隙間から時折チラリと美脚が覗く。
さらけ出された腹部は細く美しい括れが艶かしく揺れる度に、腰に巻き付けられた硬貨を連ねたような宝飾品が篝火を反射して煌めき、シャラシャラと男達の耳を楽しませている。
イーサン殿下の副官達が同じような薄布を纏った美女に酌をさせており、良く見れば見知った女性達だった。
今は亡き第三皇子の愛妾達は、寵を争っていた時の美しさが鳴りを潜め、時勢に着いていけずに呆然と乞われるまま男達の盃に酒を注ぎ足している。
敗者は強者に従うよりないと見せ付けられた気がした。
きっとアバヤのしたの素顔は鼻の下がみっともないほどのびていることだろう。
女性達に惚けたように立ち止まりかけたゾロさんに容赦なく蹴りを入れて正気に戻しす。
アラン殿下の監禁されている天幕には見張りの兵士が二人、どちらもイーサン殿下の私兵だった。
この陣の下級兵士は他の皇子達よりも気安い性格のアラン様を好いている者が多いため、イーサン殿下の戴冠計画の生け贄とも言えるアラン様の監視は任せられなかったのだろう。
ゆっくりと私兵に近付くと、私兵は持っていた短槍を私達に向けた。
「とまれぃ! 何者だ!」
男の一人が誰何した声に正体が露見したのではと警戒したが、すぃっと前に出たノアさんが名乗り出た。
「賄いのノアでございます。 イーサン殿下のご命令で、宴に参加できない皆様にお食事をお持ちいたしました」
そう言って私達が持つ籠を示した。
ゾロさんの籠にはノアさんが言うとおり葡萄酒と軽食が詰まっている。
「そうか。 御苦労だったな、どれ?」
「ところで罪人である第四皇子にも死なないように食事を運ぶよう指示を頂いたのですが、こちらで間違いはありませんか?」
「あぁ、間違いない」
「そうですか、ありがとうございます」
中身を見聞するために近付いてきた男の様子にノアさんが目配せすると、ゾロさんが籠をその場に落としてもう一人のもとへ距離を詰めた。
「なっ、何!?」
男がそれ以上声を発する前に右手で口を塞ぐとそのまま男の首に腕を巻き付け、頭を左手で掴む。
ゴキッ! と鈍い音を立てて男はノアさんの腕から崩れ落ちた。
良く見ればゾロさんも既に一人仕留め終わったらしい。
御免なさい! 成仏してください。
二人はそれぞれ男達を天幕の中へ引きずり込んだ。
明かりのない天幕には血の匂いが漂う。
地面に倒れるアラン様を見つけた時には、全身から血の気が引いた。
「あっ、アラン様!」
ぐったりと動かないアラン様に駆け寄り状態を確認すれば、背中で両手を回すようにして荒縄で拘束された両手首には抵抗の痕が痛々しく残っていた。
私は懐に入れていた短剣で荒縄を切り、背中を支えてアラン様を抱き起こした。
「アラン様! アラン様!? ご無事ですか!?」
必死に声をかけると閉じていた瞼が僅かに震えて開かれた。
「ぐっ……俺は夢でも見ているか? どうやらよほど俺はお前に会いたかったらしいな。 たとえ夢でも会えて嬉しい……」
アラン様はゆっくりと私の頬に手を伸ばすと力無くするりと撫でた。
救出が嬉しいのはわかるがそんな蕩けるような笑顔を向けられても困る。
私は頬にあるアラン様の手を掴むと力強く握り締めた。
「喜ぶのはまだ早いですよ。 しっかりしてください! ほら、脱出するんですから!」
「ダーナ! 巡回が来る! 早くしろ!」
外を警戒するようにゾロさんから警告を受けて、私はアラン様を一度地面に仰向けに転がすと、持ってきた篭から化粧道具を取り出すと、せっせと顔色の悪いアラン様の顔に筆を滑らせた。
くそう、やっぱり元が良いと化粧が映えるなぁ。
睫毛はバサバサだし、唇はツヤツヤ。肌もプルプルだこの野郎。
待て待て、私は公爵令嬢! なんかすっかりがさつになってるけど、これでも立派な淑女なんだよ。
ノアさんの助けを借りて、アラン様の着ている服を剥ぎ取ると、遺体に着せてから後ろ手を縄で縛った。
すかさず持ち込んだアバヤをアラン様に着せると、ゾロさんが自分の背中にアラン様を背負う。
三人で天幕を脱け出すと、私達は調理場へと人目を避けながら先を急いだ。
先頭をひた走るノアさんが障害を排除してくれているため順調だ。
「おい! 急げ!」
「何があった!?」
ざわざわと辺りにいた兵達が一斉に移動を始めた。
「ディオンですわね、きっと」
爆発音は聞こえなかったが十中八九ディオンの陽動と見て間違いないだろう。
「やっとか! 遅いのよ!」
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