62『うちの妹が一番可愛い』ソレイユ視点
ソレイユ・ダスティアはいつも通り騎士の勤めを果たし、いつも通り騎士の詰め所へ向かっていた。
休みの日には必ずと言って良いほどに王都にあるダスティア公爵家に帰り、可愛い妹のリシャーナを構い倒して仕事の疲れを癒し、英気を養う日常にいかに自分が依存していたのかをここ数ヵ月で痛感した。
王命を受けてドラクロアに旅立って行ったリシャーナを泣く泣く送り出したときは、一抹の寂しさを覚えるのみだった。
常に胸元にかけた金の鎖の先には精巧な細工のペンダントトップがついており、開閉ができるロケットを開けるとリシャーナを描いた肖像画が笑いかけてくれる。
やる気が出ないのにやらなければならない事案が山積し、一行に減る様子がない。
ドラクロアに降嫁された王姉様がもたらした情報を元に今回の国で管理されていた宝飾品を私利私欲のために売り払っていた者達が一斉に検挙されていく。
ドラクロアの令息で今回の激務を運んできたフォルファー殿は目を離すと仕事をそっちのけで御婦人がたと談笑を始めようとするため気が抜けない。
只でさえ一斉摘発で神経を磨り減らしていた俺は、いつのまにかフォルファー殿の襟首を掴み職務へと引き摺り戻す御世話係なんて不名誉な役目を押し付けられていた。
色素が薄く光加減で金茶色に見える茶髪を撫であげて仕事に忙殺されていたある日、謎の体調不良が俺を襲った。
始めは食欲不振と倦怠感を感じるだけだった。
医務室で薬を貰い一気に飲み干すが、症状が緩和される事がなく、指先の小さな痺れが走り出した。
日常に少しずつ少しずつ降り積もる喪失感に苛まれながらもぽっかりと空いてしまった心の空間が身体を苛む。
身体を動かしていれば症状が紛れることを知ってからは喪失間から来る苛立ちを近衛隊の日々の鍛練に当てた。
まぁ気が付けば騎士の詰め所は死屍累々地獄絵図と化していたけど。
これしきの鍛練で草臥れるような兵士が果たして目前に迫る戦場で役にたつのだろうか?
真っ先に戦禍にさらされるのはリシャーナのいるドラクロアなのに!
硬く握りしめた剣を鞘に収めると宰相である父上から呼び出しが掛かった。
執務室へ向かうと、黒塗りの机の上にある書類と格闘する父上が顔を上げて迎えてくれた。
なぜかフォルファー殿が隣にいる時点で呼び出しが厄介事のような気がする。
「ソレイユ、すまないが勅命でドラクロアに行って欲しい」
ドラクロア、リシャーナの側に?
「はい! 行って参ります!」
間髪入れずに即答した俺に父上が苦笑いを浮かべているが、知るもんか。
はぁ、リシャーナに会える! 何ヵ月ぶりだろう。 土産はなにがいいだろう?
先月開店したショコラの店だろう?あと行商人が花をそのまま砂糖菓子にした物も流行ってるな。 丸太のようなケーキだろう? あとはぁ……
「と言うわけだ。 お前達が頼りだ任せたぞ? ソレイユ聞いてるか?」
どうやらお土産についてあれこれ考えているうちに話は終わっていたようだ。
「はい! リシャーナの所に行ってきます!」
自信満々に答えると父上は頭を抱えて首を振る。
大丈夫ですか? 父上、過剰労働は寿命を縮めますよ? もう若くないんですから。
「はぁ、聞いてなかったんだな……フォルファー殿迷惑をかける。 この通り妹がからむと途端に無能に成り下がる愚息でな」
「いえ、こちらこそいつも助けていただいておりますから。 上手くいった暁には例の件の御検討を宜しくお願いいたします」
父上、俺がいつもこいつの尻拭いをしているんだがなぁ。
俺が愚息なんじゃないぞ? リシャーナが可愛いだけだ。
「わかっている。 頼んだぞ……」
「「はっ!」」
リシャーナに会える! それだけで浮き立つ心にそれまでの苛立ちがきれいさっぱり霧散した。
そうと決まればすぐに出発しよう! 隊の中から強い順番に人選を行い途中小休憩を挟みながら最短距離で道なき道を走破した。
ドラクロア城に入城する頃には同行した兵の殆どが、立てない状態になっていたが、まさかこれしきの疾駆けで疲弊するとは、軟弱すぎじゃないだろうか?
兵士の再教育は必須だなと父上へ報告をあげることにしつつ、久し振りに現れたリシャーナの姿を見付けて走り寄るなり抱き上げる。
「リシャ? あぁ、本当にリシャだ。 触れる! 夢じゃない。 リシャ~」
癒されるー! はぁ、離れたくないなぁ。
同室内にリシャーナと離れる原因となった第三王子ルーベンス殿下といち貴族のふりをした第二王子カイザー殿下を見付けた。
「ソレイユ兄様、お久し振りです。 御変わり有りませんでしたか? 父様やソルティス兄様はお元気ですか?」
コテンと首を傾げる姿も可愛い。
「変わりはあるよ! リシャ不足で死にかけた!」
今思い返せばあの原因不明の体調不良はリシャーナ不足による禁断症状だったのだと断言できる。
場所を移す間もひたすらリシャーナ浴に勤しんだ。
連れてこられたのは城の奥にあるグラスト閣下の執務室のようで、中には九人程の人物が揃っている。
グラスト閣下、第三王子、第二王子、グラスト閣下の執事ヨウル殿、女たらしフォルファー、ドラクロアの内政を取り仕切るスロウ殿と豪腕のドラン殿。
豪華な顔触ればかりだ。
高位貴族ですら恐縮しかねない面子に囲まれてもリシャーナは物怖じせずにスロウ殿と笑顔で握手までしている。
それでこそ俺のリシャーナだ。
グラスト閣下に今回我々が急ぎドラクロアに来た理由を訪ねられたが、リシャーナの癒しを補充するのに忙しい俺のかわりにフォルファー殿が陛下からの親書を手渡していた。
「書状にあった通りです。 陛下はフレアルージュ王国との同盟を希望されておられます。 その為ルーベンス殿下にはフレアルージュ王国へと国王陛下の代理としてご訪問いただきます。 またマリアンヌ嬢ですが、本人の身柄を王城にて保護します。 つきましてはカイザール様にマリアンヌ嬢の護衛をするようにと命がありました」
ふぅん、あの父上の呼び出しはそんな内容立ったのか。
「国王陛下の代理として恥ずかしくないように精進いたします……」
静かに書状を受け取ったルーベンス殿下にカイザー殿下が不満を漏らした。
「今のフレアルージュ王国は危険です、私が参ります! ルーベンス殿下にはマリアンヌ様の!」
「ならん。 陛下の代理は王子だからこそ効力が有るのだ。 一介の伯爵令息では抑止力にならん。 安心しろ、その為にソレイユ殿とフォルファーが行くのだ」
……はぁ!? 誰が一緒に行くって言った今!
カイザー殿下の言を遮ってグラスト閣下が断言した。
「安心せい。 その為にこの老体が出るのだ。 いざとなれば残り少ない命をとして殿下を御守りする」
「……わかり、ました。 殿下、御一緒できずに申し訳ございません」
王命でやっと会えたリシャーナとまた長期間離れなければならないのか……
「王命じゃなければこのままリシャをダスティア公爵領に連れて帰るのに……」
しまった、どうやら心の声が漏れていたらしい、盛大にびくついたリシャーナは慌てたようにこちらを見上げるとひきつりながらも笑顔を向けてきた。
「一生懸命にお仕事をなさるソレイユ兄様格好いいです!」
くぅ、リシャーナの言葉が身に沁みる。
「リシャ! わかった! こんな王命さっさと済ませて戻ってくる! なに、いざとなればヤリ方はいくらでもあるよ。 リシャの大好きな兄様にご褒美くれるよね? ね?」
さっさとダスティア公爵領から腕利きの暗殺者を集めて目障りな者を一掃すれば良い。
「はぁ、暗殺は駄目ですよ?」
「……」
先に考えを読み念を押されて、諦めた。 リシャーナが駄目だと念を押したことを強行すると後に待つのは絶交と言うなの生き地獄なのだ。
「はぁ、ルーベンス殿下、フォルファー様。 兄が暴走しないように御願いしますね」
「あはははは……善処します」
「いや、無理だろう。 だってソレイユ殿だぞ?」
ぼそりと告げられても、失言は倍にして返すのが礼儀ですかねぇ?
「どうかなさいましたかな? ルーベンス殿下?」
少し殺気を混ぜて声をかけると目に見えて焦りだした。
「ひっ! いえ、なんでもありません!」
「ご愁傷さまです」
それぞれが部屋を出ていくなかでリシャーナを抱き締めたまま見送れば右腕を優しく叩かれて、腕の中にいたリシャーナが見上げてくる。
「ソレイユ兄様、私とクリスティーナ様はどうすれば宜しいでしょうか?」
「本当は放したくないけど、王都のダスティア公爵家に戻ってもらう予定かな。 比較的腕のたつ騎士を五十人連れてきたから三十人はフレアルージュ王国に連れてくけどマリアンヌ嬢の護送に十人、リシャの護送に十人かな。 本当はダスティア公爵領の兵を連れてきたかったんだけど間に合わなかったんだ」
お陰でリシャーナに同行できない自分のかわりに、軟弱者を付けなければならない現実が憎い。
もう少し日数があればダスティア公爵領から人手を確保できたのに。
「わかりましたわ。 ソレイユ兄様の好物を用意して王都から兄様のご活躍と無事の帰国をお待ちしてますね」
リシャーナと離れるのが今の俺には辛すぎる。
「ううぅ、やっぱりダスティア領に……」
「行きません!」
鳩尾目掛けてつきだされた鋭い右肘を左に回り込んで避ける。
「わかったよ。 それじゃぁリシャのキスで我慢しよう。 はい」
キスをしやすいようにリシャーナの顔の近くに自らの頬を寄せるとトントンと指でココにしろと場所を指定した。
「ソレイユ兄様……」
「ほらはやく! きちんとリシャを補給しないと八つ当たりしかねないんだから協力してくれないと」
せっかくリシャーナから癒しを補充したのに、また離れなければならないのだからキスの一つくらい貰えないと自信をもって八つ当たりしかねないと思う。
八つ当たりの言葉に先に部屋を出たはずのフォルファーとルーベンス殿下が戻ってきた。
「リシャ頼む! このとおり!」
「リシャーナ様! お願いいたします!」
「やってあげて下さい。 なんなら皆後ろでも見ていますから」
必死な様子での援護に少しだけ八つ当たりは控えてやろうと思う。
「はぁ、わかりましたわ。 ソレイユ兄様に神々の加護がありますように」
触れるか触れないかの羽毛のようなキスを頬に受けて頬が緩む。
「王都に戻るまで洗わない!」
「いや、洗いましょうね? 臭い兄様なんて嫌ですから」
うぐっ! し、仕方がない。 嫌われるのは最優先で絶対に回避しなければいけない。
ならさっさと用事を済ませて、リシャーナの元へ最速で戻ればいいだけだ。
リシャーナに見送られて、フレアルージュとの国境を越えたあたりでドラクロアから早馬による伝令がグラスト閣下の元に届いた。
『ダスティア公爵令嬢失踪。 犯人は護衛として残った騎士で現在捜索中。 妻と娘がいた筈の自宅を捜索したが、既に空き家となっている』
文を読んだグラスト閣下はさり気なく文を折りたたんで懐に入れてしまった。
一体なにが書いてあったんだろう……聞いてみるか。
「なにかありましたか?」
「……いや、あと数日のうちに王族との接触が可能だろう」
グラスト閣下が握りつぶした伝令の内容を知らずに、フレアルージュ王国の第三王子との交渉を有利に進め、愛しのリシャーナの元へ帰るべく、ルーベンス殿下とフォルファー殿相手に苛立ちを発散しながらフレアルージュ王国の王城を見上げていた。




