61『再会は突然に』
「取り合えずこっちにこい、その髪を整えてやるから、たく思いきったことをしやがって……」
私の髪に短剣を当てながらチリチリと疎らになった髪を切り落として行く。
切り落とした私よりもアラン様の声に悲壮感があるのは認識の差かしらね。
「仕方がないでしょう? 髪はまた伸ばせるけど生きてダスティア公爵家に帰るんだから!」
「はぁ、綺麗な髪だったのに勿体無い。相変わらず前向きだなお前……ほら出来たぞ」
長さがばらばらだった髪を後ろ手に触ると、アラン様は天幕の奥から持ち出した手鏡を渡してくれた。
鏡にはアラン様よりも短い髪のコロコロした丸い顔が写っている。
長い髪でカバーしていた顔の丸さが際立っていて、複雑だけどこれなら女とは思われなくて済みそうだ。
「さて、行くぞ」
長剣を腰に帯剣し短剣を胸元に忍ばせると、切り落とした私の髪を纏めて布袋に入れて私が漁った衣装箱へと隠した。
「行くってどこに?」
嫌な予感しかしませんけど?
「兄王子達のところだ、どうやら不審者が紛れ込んでいるらしいからなぁ、俺は捜索に参加しなければならない。 真っ先に陣内の女たちが調べられるだろう。 次は怪しい動きをする者たちだな、精々見付からないように堂々と前に会ったときのようにふてぶてしくしていろ、得意だろう?」
ふて、ううん。 二三腑に落ちない台詞があったけど、確かにこの天幕がアラン様の物なら、王子の天幕にいるのは本人か側近、不審者だよね。
不満はあるけど、私は現在絶賛逃亡者だもの。いまアラン様の気が変わって、捕まれば警備は厳重になるだろうし、そうなれば逃げ出すのは不可能になってしまう。
アラン様に続いて天幕を出れば陣内は蜂の巣を突いたような騒ぎになっていた。
アラン様の天幕が陣の隅に有ったのに対して、第二、第三王子の天幕はほぼ陣内の中心地に設営されていた。
明らかに場所おかしくない? アラン様の天幕も中央になくちゃ駄目でしょう。
天幕の外には一段高く舞台が組まれており、その上に毛足の長い絨毯が敷かれていていて、がっしりとした筋肉に覆われた体躯の男性とコロコロした体躯の男性が鎮座していた。
男たちはそれぞれが艶かしい肉体美を押し付ける美女を侍らせて、連れてこられた全身を黒いベールで纏い目元だけを晒した女性たちから強制的にベールを剥ぎ取っていた。
「御許しください、この身は旦那様か家族のみにさらすことが出来るものです! どうかお慈悲を!」
泣きながら抵抗する女性たちから王子は視線だけで兵に指示を出しては抵抗する女性達から強引に黒い布を剥ぎ取らせていく。
「次!」
何人目か分からない女性の黒い布を剥ぎ取ると、銀色の髪をした美しい女性が現れた。
身なりは汚れているが、壇上の女性にも劣らない美少女に、第二王子らしいごつい男が声をかけた。
「その娘に今宵の伽を申し付ける。 後で俺の所へ連れてこい!」
王子から発せられた言葉に絶叫した少女の側に親族らしい男が人波を掻き分けて駆け寄った。
「おっ、御許しください! この娘はこの戦争が終わり次第嫁ぐ身です、どうか!」
年若い青年は必死に女性を背後に庇いながらぬかずいた。
「ちっ、テオのやつなにやってんだ!」
少し離れた場所からその光景を見ていた私の横でアラン様は厳しい視線とともに舌打ちする。
どうやら額ずいている青年はテオと言う名前らしい。
第二王子は無抵抗で頭を下げるテオさんを顎で示すと、脇に控えていた兵士が帯剣に手を掛ける。
「遅くなり申し訳ありません、イーサン兄上、 イヴァン兄上」
気が付くと横にいたはずのアラン様が開けた辺りまで進み出て、壇上の王子に声を掛けていた。
「貴様に兄と呼ばれるとは謂れはないわ」
「おい、そこの二人を牢へ入れておけ! イーサン殿下の目障りだ!」
アラン様はテオさんを指して走り出してきた兵に指示を出すと、すぐにイーサン殿下の前から連れ出させた。
「本日は随分と物々しいご様子ですね、なにかございましたか?」
「陛下の所望した女が逃げ出した。 下女に紛れ込んでいる可能性が高いので捜している」
「それはまた……どのような者なのですか?」
「ローズウェルの豚姫だと言う話だが、本物かどうか怪しいものだ、どうせ陛下の気まぐれよ、どちらにしても陛下に献上するよりも兵達の性欲処理の道具にしたほうが役に立つ。 下手に他国の貴族を後宮にいれればいらぬ権力争いの火種を作りかねん。 生かしてさえおけば本物ならばローズウェルに攻めいる際に最前線に縛り付ければ我軍の盾くらいにはなるだろうさ。 それらしい女を見つけたら捕まえておけ、既に逃げ出して獣の餌になっているかも知れんがな?」
さも愉快そうに笑うイーサン王子の告げた言葉に戦慄を覚える。
イーサン王子の言葉にクスクスと笑う女達が気持ち悪い。
「では私は捜索にあたりますがよろしいでしょうか?」
「あぁ、女たちは我らで調べておこう。 お前は無駄飯ぐらいの御飾り王子なんだからこんなときくらい役に立ってみせろ。 目障りだ、さっさと行け」
嫌そうに手でアラン様を払うと、アラン様はその場で頭を下げてこちらへと戻ってきた。
「聞いての通りだ、不審な者をさがせ! よいな!」
アラン様の号令に集まっていた兵たちが散会していく。
背後から聞こえてくる女たちの悲鳴に反射的に耳を塞ぎかけた手をアラン様がつかんで止めると、静かに首を振った。
「気にするな。 あれがきっかけで後宮に入る娘や、縁談を得る娘もいる」
アラン様は次々と指示を出して居もしない不審者の捜索に当たらせた。
二日かけて見つからなかった不審者に捜索を打ち切ることにしたらしく、下女が数名王子様達の餌食になったらしい。
勿論不審者である私はアラン様の隣で事務仕事を山ほど押し付けられているので、懸念していたほど疑われずに済んだ。
どうやらこの軍の事務はアラン様が一手に引き受けているらしく、回ってくる書類を見ては舌打ちを繰り返している、ちょっと……隣で不機嫌オーラ発するのやめてくんない?
私の目の前にはとっても頭痛がしてくるような書類が三枚……なぜ軍事予算に堂々と高額の宝飾品の購入代金が計上されてくるかなぁ、ゾライヤ帝国ではこれが当たり前なの?
仕方がないのでそれをアラン様の執務机へ置けば、中身を確認した途端、羊皮紙の書類をグシャグシャと丸めるとなぜか私の頭を目掛けて投げ付けてきた!
咄嗟に身体を倒して書類を避けると舌打ちされた。
「ちょっと、やめてください!」
「煩い、ちょっと付き合え……」
急に腕を掴まれ天幕の外に連れ出された。
ぐいぐいと引っ張る力はさすが男性で、歩幅が違うせいでほぼ駆け足になりながら連れて来られたのは一般兵達の訓練をするスペースだった。
「走るぞ……」
「はっ? なぜ?」
いきなり走れと言われても私に運動ができるとでも?
「しっかり付いてこいよ? 遅れれば今夜の夕食はないと思え!」
「えっ!? そんな無茶な!」
私を置き去りにして走り出したアラン様を慌てて追いかける。
前世でも今世でも達成したことがないほどの距離を走らされて、とうとう下半身に限界が訪れたのか地面にズザァっと倒れ込んだ。
「もう終いか、情けないな。 明日から毎日書類仕事の合間に他の兵に混じって鍛えてこい」
「はい!? 冗談はよしてくださいよ」
「別に嫌なら断ってもいいんだぞ? 食事が無くなるだけだからなぁ?」
ぐぅ、鬼だ。 鬼がいるぅ! 只でさえ軍の配給は味がないモソモソした黒パンと野菜に、兵たちが森で狩ってきた猪などが少し入ったスープがちょっぴりしか出ないのに。
量が少くもちろんおかわりなしなのに、この上食事を抜かれたらダスティア公爵家に帰る前に餓死するわ!
「やります、やればいいんでしょ!」
その日から事務の合間に強制ブートキャンプへの参加が決定した。
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