51『ヒロインと悪役令嬢』
マリアンヌ様が療養されている部屋は城の一階にあり、窓は有るものの全て緻密な装飾の格子によって嵌め殺しになっているらしい。
罪を犯した可能性の高い貴族や病で気が触れた高貴な身分の方を安全に隔離するために用意されたのがこの部屋だそうな。
部屋から出ることは出来ないが水洗のトイレが併設されているため生活するだけなら問題なく過ごせるように設計がなされた豪華な牢獄。
部屋の扉の前には武器を持った兵が一人おり、私達に気が付くと懐から鍵を出して扉を開けてくれた。
鍵は細工が施され、内側からは開けられない仕組みになっているらしい。
扉を叩くと中からマリアンヌ様のお世話をしてくれていた侍女の返事があり中へ入るとベッド上に起き上がりぼんやりと窓の外を眺めるマリアンヌ様が居た。
私に続いてクリスティーナ様、カイザール様が入室し、ルーベンスが入るなり将来まで考えていた女性の名前を呼ぶ。
「マ、マリアンヌ……?」
恐る恐る掛けられた声にこちらを向いたマリアンヌ様の顔がみるみる青ざめていく。
「いやー! なんで? なんであなたが現れるの! やっとの思いで学院から逃げてきたのに!」
取り乱した様子でルーベンスへ投げつけられた枕は本人に当たることなく、カイザール様の手で絨毯へと落とされた。
「あと少しなのよ、あと少しであの人ところへ行けるの! それなのに、それなのに! どうして邪魔するのよ!? この子は絶対に渡さない! あなたなんかに! あの人の子供は渡さないんだから!」
最愛の女性から与えられたのは愛の言葉ではなく、これまでの人生で彼が言われたことがないだろう罵詈雑言だった。
これまで向けられたことのない敵意を向けられて、絶望に青ざめながら反論することもなく呆然と自分に向けられる悪意に立ち尽くしている。
あまりの語彙の多さに感心しながらも、今にも倒れそうなほど憔悴し始めたルーベンスの様子に私が止めにはいるよりも早く動いたクリスティーナ様はマリアンヌ様に詰め寄ると、その頬に平手打ちを入れた。
バシン! と音が響き、鋭い眼差しでクリスティーナ様を見上げる様に睨み付けるマリアンヌ様。
「いい加減にしなさい! 何があったのかなんてしらないけど、他者に責任を擦り付けて当たり散らすな! 誰の子供か知らないし、どんな事情があるのかも知らない! 知りたくもないわ! でもね、これ以上彼を侮辱するな!」
肩を怒らせて憤然と怒鳴り付けたクリスティーナ様の様子に、呆気に取られたのは私だけではなかったらしい。
学院で彼女を断罪から救いだしてから今まで、これほどまでに怒りを顕にするクリスティーナ様を始めてみた気がする。
何があってもニコニコと穏やかに笑っている事が多いクリスティーナ様が、顔を真っ赤に染めてマリアンヌ様を睨んでいる。
「正直貴女が誰を好こうが、ルーベンス殿下が誰と添い遂げようが一向に構わないのよ! むしろリシャーナ様との接点を作ってくれた貴女には感謝していたくらい。 でもね、誰かか傷付く姿なんて見たくないのよ! 貴女は子供を守りたいと言ったわね? 私は大切な友人を守りたい!」
「クリス……」
「貴女のしたことは決して許されることてはないわ。 貴女はルーベンス殿下を始め、この国に混乱を招いた。 しかも悪意をもって国をかき回せば只では済まないことは分かっていたことでしょう?」
語尾を和らげてクリスティーナ様はゆっくりとマリアンヌ様に微笑みかける。
「一人で抱え込むよりも、私達に話してみない?」
「うっ、くっ、うわぁぁぁぁあーん! ごっ、ごめんなさぁぁぁぁぁい」
張り詰めた糸が切れるように、みるみる顔を歪ませてマリアンヌ様がクリスティーナ様に抱き付くようにして泣き出した。
「大丈夫、もう大丈夫だから」
クリスティーナ様は泣きじゃくるマリアンヌ様の背中に手を回すと優しく撫で擦る。
自分の婚約者を奪っていった女性を恨むどころか、慈悲の心であっさりと陥落させたクリスティーナ様の手腕に舌を巻く。
ルーベンスを宥めた手腕も凄かったが、クリスティーナ様! 貴女は一体何者ですか? 悪役令嬢らしくないのは知っていたけれどもはや聖女でしょ。
クリスティーナ様の腕の中でひたすら泣いて、落ち着きを取り戻したらしいマリアンヌ様がベッドから降りるなり、身体を丸めて絨毯の上へと額を擦り付けるようにして深く頭を下げた。
「これまでのご無礼、申し訳ありませんでした。またこのような過分な待遇をしていただき感謝に堪えません。 私がしたことは弁解のしようもございません。 罰は受けます! ですが、お願いします、この子を父親に会わせてあげたいのです!」
「マリアンヌ様顔を上げて下さい。 ベッドへお座り下さい。 お腹のお子に障ります、お話をお聞きしても宜しいですか?」
「はい、全てお話し致します」
確りと頷いたマリアンヌ様の瞳には決意と覚悟が浮かんでいた。