43『紙の山』
ルーベンス殿下の意向を受けてグラスト閣下に手紙をしたため、野菜売りの護衛さんに届けて貰うように、貧民街から教会へ通ってくる女の子にお願いした。
お礼に銅貨を五枚ほど渡したのでホクホク顔で街へ走って行く。
ルーベンス殿下がやると言ったので気が変わらないうちに、前々から持ち込んでいたサボった分の羊皮紙をルーベンス殿下の前に運び出してきた。
「リシャ? こっ、これはちょっと多くないかな?」
どんどんとテーブルの上に積み重ねられていく羊皮紙の山が二つ目に突入した辺りでひきつりながら声を掛けてきた。
「そうですか? カイも御実家から結構な量の書類が届いてますし、私やクリスにも届いてますわ。ただ毎日したか、まとめてするかの違いだけです」
渋々とテーブルに向かって書類を見始めたルーベンス殿下に書類の説明を始める。
「まず、この山とこの山が学院時代の負の遺産です、おもに街道の整備と河川の治水に関する陳情書です。 目を通して工事の順序を確認してください」
どちらも大切な案件だし、街道の安全性が確保されれば物流は活発化する、治水が遅れれば、大雨が降れば国民の命に関わる大事につながってしまう。
雪解け水が出れば水嵩が増すし、あと半年もすれば雨期もやってくる……
本来なら既に工事を終えているだろう河川の治水はルーベンス殿下がマリアンヌ様といちゃこらしていたお陰で一年遅れてしまっている。
「地図はあるか?」
「これですわ」
テーブルに我が国全土と隣国との国境が記載された大きな羊皮紙を広げる。
何枚もの羊皮紙を縫い合わせて作られた地図に、殿下がムクの実の種子を並べていく。
「既に工事が終わっている所と現在されている場所は?」
「ここと、ここですわね」
こうして並べてみると王都の周辺は比較的に作業が進んでいるが、直轄領はそれほど進んでいない。
下賜された領地はそれぞれの領主に自治を任せているが、直轄領は王子の仕事だ。
あれこれ聞かれながら説明を繰り返し急ピッチで決済の判子を貰っていく。
学院で放置していた分は既に見かねた父様が第二王子殿下に回していたようでルーベンス殿下に判子をもらえば済む物も数件ある。
「教会の再登録申請と寄付金の再交付と土地と家屋の買取についての書類は?」
「こちらです」
書類を片付けながら、そう言えばせっかく露店の場所取りをしたのに、店を出すのをすっかり忘れていたことを思い出す。
「あー、忘れてた! ルーベンス、明日は露店出すからね。 今日中にここまで終わらせてね!」
「はぁ? 露店ってせっかくやる気だして書類頑張ってるのに」
「だって、場所代金分は稼がないと! 明日は売り子してもらうからね」
せっかく良いもの持ってるんだし、その顔を存分に生かす絶好の機会だもの!
「売り子って、俺がか? クリスの方が向いてるだろ」
心底嫌そうに書類へ署名を書き込んでいる。
「確かにクリスは向いてるけど、お客さんは女性! ルーベンスとカイがその顔を活かせるじゃないの」
「一体何をさせる気だよ?」
「えー、普通よ普通。 大丈夫、社交界でやってることと大差ないって!」
バシバシと肩を叩くと嫌そうに払い除けられた。
「いちいち叩くな馬鹿力、ほら見ろ! 書類の署名が歪んだ!」
「少しだけじゃない、それくらいちょいちょいっと直せば問題ありませんわ」
直す真似をして見せると盛大にため息を吐かれた。
「リシャ? あぁ、ここにいたんですね。 クリスが捜していましたよ?」
軽く扉を叩く音に振り返れば、もう一人の売り子さんが部屋の中を覗いていた。
「解ったわ。 ありがとうカイ、そうだ! カイも明日は予定を空けておいてね?」
美形は多い方が売り上げは良いはず!
「あー、すいません。 明日は予定がありまして、外出してきます。 明日は何かあるのですか?」
ちっ、肝心な時に役に立たないんだから。
仕方無い、ルーベンス殿下に頑張ってもらうしかないかぁ。
「うん、ムクの実の準備が出来たから稼いでくるよ!」
「そうですか……ルーベンス、リシャから目を離さないで下さいね?」
「おう、任せろ! だけど、用事が終わったら助っ人に来てくれると助かる。 迷子を捜すのは骨が折れるからな」
私は迷子になるのが確定ですか、そうですか。
「わかりましたわ、ご期待に応えて立派な迷子になって見せましょう!」
「「いや、そんな決意表明いらないから」」
二人揃って否定しなくても良いじゃないの。
納得がいかず腕組みをしていたら背中から抱き付かれた。
のしっとした重みと女の子に特有の柔らかさが背中に当たる。
「リーシャー、夕食が出来ましたから皆で食べましょー?」
相変わらずスキンシップの激しいクリスティーナ様を見上げると、サラサラとした髪からムクの実石鹸に使った香油の移り香がした。
「解ったわクリス。 今晩なぁに?」
「立派なパプキンが手に入ったから、パプキンのスープと黒パン、あと野草と茸の炒め物よ。 温かいうちに食べましょう? 貧民街から来てる子達にも食べさせなきゃ」
私の頭に頬ズリし始めたクリスの頭を撫でる。
「おい、なんかクリスのリシャ依存悪化した気がするんだが」
「奇遇ですね……私もそう感じていた所ですよ」
「あっ、二人もさっさと食べてくださいね。 後片付けが進みませんから!」
クリスティーナ様は私の後ろにいた二人に声を掛けると、私の腕を捕って歩き出した。
明らかについでの様に声を掛けられれば苦笑しか浮かばない。
「さて、さっさと済ませますか」
「子供たちを待たせるのは忍びないですからね」
書類と格闘したせいですっかり丸まった背中を伸ばしつつ、ルーベンスは書類をそろえて瓶に入ったインクを片付けた。