41『小さな成長』
え~、ローズウェル王国の王立学院を離れてはや一月がすぎ、ドラクロアもすっかりと寒くなって来た本日。
クリスティーナ様の拉致後は特に大きなアクシデントにも見舞われず、クリスティーナ様には主に教会でのムクの実の乾燥作業を、私はギルド会館でルーベンスに宿題として日雇いの仕事に行かせては現場の生の声や、問題点などを抜き打ち視察調査してもらってます。
現在までの日雇いの仕事は一日銀貨一枚の鉱山での鉱石運搬と仕分けから始まって、ドラクロアの水源となっているメーヌ大河での漁と得物の干物加工、食糧品を扱う商家の荷運びの仕事が大銅貨一枚と銅貨二十枚。
メーヌ大河の治水工事の人足が銀貨一枚で、町外れで牧場をしている老夫婦の手伝いと、農家をしている老夫婦の手伝いが大銅貨一枚だった。
ちなみに平民の識字率が低いこの国で一番稼ぎが良かったのが、一日銀貨二枚の商業ギルドから依頼が出ていた会計書類の整理の仕事だった。
総てにカイザール様が同行して、調査結果の報告書類をルーベンス殿下の様子も踏まえてあげてもらってます。
最近判明した内容としては、ルーベンスは頭脳労働よりも身体を動かす仕事の方が向いているのかとても生き生きしてます、脳筋か!
予想以上に頑張っているのか、労働先の先輩方や雇い主に可愛がってもらっているようで、色々と現物支給を貰ってくるので助かります。
この分なら学院へ復学する日も近いかも知れません。平民に馴染みすぎて自分が王太子に一番近いことを忘れてる気もしますが。
最近では父様に頼んでいた紙の試供品がグラスト閣下経由で届きました!
いやぁ、やっぱり羊皮紙より良いわぁ。方法は知らないけど白く脱色されてるし!
出来ればもっとペラッペラに薄くして持ち運べるティシュペーパーが欲しいです。
ティシュペーパー、迷子の必需品なのですよ……
それはさておき、早速ルーベンスの近況や調査内容を試供品の紙にしたためて父様に送ることにしました。
名付けて『ルーベンス観察日記!』
今日もお忍び監査の日雇い仕事へ二人を送り出した私とクリスティーナ様は教会の子供達と良く乾燥させたムクの実を細かく砕き、匂い付けに少量の香油を垂らした物を人差し指程の深さがある瓶に詰めて蓋をしめ、仕立て屋で出た切れ端を使ったリボンを瓶に結んでおります。
ムクの実を知ってから少しずつ実を集めては種子を取り除き、果皮を教会の裏で日に当てて乾燥させ、かなりの量を確保出来ています。
数日前にルーベンスがアロの友人だと言う貧民街の痩せ細った子供達を集めて、町中の種子を抜いて廃棄されたムクの実を回収してもらい、お礼に炊き出しと銅貨を渡しながら作業を手伝って貰ったのも大きかったと思います。
この国で子供が硬貨を稼ぐのは正直言ってかなり厳しい。
ギルド会館の利用は十歳以上でなければ登録できないし、平民としての戸籍がない貧民はギルド会館の中に入ることすら困難なのが現状です。
「ただいまぁ! リシャ後は頼む、俺は医者を呼んでくる!」
「お帰りなさーいって、えっ! ちょっとルーベンス、頼むじゃなくて説明してから行って!」
数日前に仕事から帰るなりルーベンスは背負ってきた子供を教会の小部屋に寝かせ、また街へと出ていってしまった。
軽い外傷や打撲による内出血があり顔色が悪い。
「クリス、ごめん手伝って!」
「リシャ? 何かあったの? って、きゃー! どうしたのこの子!?」
「ルーベンスが拾ってきたのよ! ベッドへ運ぶから手伝って!」
熱が出てきたのかカタカタと震えだしたので直ぐにベッドへ運び込み泥だらけの身体を清めて教会にある服に着替えさせた。
日雇いの仕事中にルーベンスが拾ってきた子供はどうやら貧民街で子供達を束ねていたアロの友人だったらしい。
「ティーダ!? リシャ姉、ティーダどうしたの!?」
少年はティーダと言う名前みたい。
不揃いな長さで切られた茶色い髪と全身に大小様々な傷跡が残っているようだ。
「ルーベンスが拾ってきたのよ、今医者を呼んでくるって」
「医者って、ティーダは貧民街の産まれなんだそんな大金用意は……」
医療保険などないこの世界で医療費は全額自己負担、正直高い。
庶民がおいそれとかかれるようなものじゃないから医者にかかれるのは裕福な者がほとんどだ。
「アロは心配しなくても大丈夫よ。 街に馴染みすぎだけどあれでも一応王子だし」
「あっ、忘れてた!」
「だからお医者の心配はしなくても大丈夫よ。 でもティーダの仲間が心配して捜してるかも知れないから何人か連れてきてくれる?」
「わかった、リシャ姉ティーダをお願いします!」
アロは直ぐに数人の少年少女を連れて教会へ戻ってきた。
「「ティーダ!」」
ベッドに横たわるティーダ少年に勢い良く駆け寄ると、少年達の顔色がどんどんと悪くなっていく。
「大丈夫よ、今医者を呼びに行ってるから。何があったのか貴方達知ってる?」
顔を見合わせて一様にアロを見上げた彼等にアロが頷くと比較的年長の少年が口を開いた。
「ティーダは拉致されかけたこいつ等を庇ってやられたんだよ……」
そう言って示された先にはまだ幼い子供が泣きながら三人ほどベッドへ貼りついていた。
「俺達貧民が数人消えたところで誰も気にしたりしない。親も居ない奴等がほとんどだしな、ティーダはそんなやつらを守ってきたんだ。誰も俺達なんかに見向きもしないってのに……」
「うおっ!? なんかちびどもが増えてる!?」
「おかえり、お医者様は?」
「あぁ、連れてきた。とりあえず、お前ら腹減ってないか? 腹減ってる子供を集めてこい。今からみんなで夕飯だ!」
にっこりとルーベンスが笑って見せると、歓声をあげて教会から何人かの子供が飛び出していった。
「リシャ、カイ、クリス。頼みがある」
「何よ? いきなり」
子供達を見送っておもむろに話始めたルーベンスに視線が集まる。
「ドラクロアで日雇いの仕事についてみて、硬貨を稼ぐ大変さは身に沁みた。この一月で俺とカイが稼げた額は初日に買ったムクの実の首飾りを買えるほどもいっていないと思う。実際に子供達と買い出しをしてみてわかったんだが、収入に対して物価が高すぎる気がする」
「んー、物価と言うよりも税が高いのが正解ね。税は領主によって違うから、ドラクロアはかなり良心的よ」
「そうか……、国中の税に関する書類は集まるか? それから収支報告と実情、各教会の実情と国民の生活事情、特に貧民について」
「あら、これまでもそれらの仕事はルーベンスの仕事として学院にいた頃も上がっていた筈だけど?」
学院にいても王族の仕事は変わらない。陛下の補佐は宰相を初めとする臣下だけの仕事じゃない。
緊急性のない事案や責任の軽い事案は経験と実績を積むために極力王子に回され、王子が政策を次代の側近となる者達と協力して書類に纏め、国王に捺印をもらって初めて施行される。
「うっ! す、すまん……諸事情により放置していた」
諸事情によりねぇ、いちゃこらしてただけでしょうに。
「はぁ、やるべきことを放棄していた事実を自覚できただけでも成長しましたわね。結論から言わせていただければ書類を集めることは可能ですわ。始めに言っておきますが日雇いの視察は減らしませんから仕事は増えますわよ。この二ヶ月国王陛下のご配慮で免除されていた分が貯まっております」
「わかっている、それでいい」
「畏まりました。ルーベンス殿下のご指示のままに」
床に片膝をつき立ったままのルーベンスへ頭を下げた。
学院を出てからとんとする機会がなかったけれど、今のルーベンスになら仮合格にしてあげても良いだろう。
仕えるに値する王への道は険しいけれど……
そこまでの覚悟をもって自分で動くと言うのならば、道を踏み外さない限り補佐するまで。
踏み外したら全力で止めれば良いのよ。
きちんとした紙があることですし? 新しいハリセン作ろっと! この調子なら要らないかも知れないけどね。