40『忘れ形見』クアロ・ブロキンス視点
閑話です。
《クアロ・ブロキンス視点》
ローズウェル王国が建国する前、この国がまだグランテ王国と呼ばれていた頃の儂はどこにでもいるスラムのくそがきだった。
ただ生きるために同じ境遇の子供を集め、徒党を組み、ありとあらゆる無茶無謀をして日々命を繋ぐだけ。
大人なんて信じない、貴族なんてくそ喰らえだと貴族の豪華な馬車を襲い金品を強奪して捕縛のために張り込んでいた当時の侯爵家の子息に捕まった。
今思えば当時のローズウェル侯爵家の子息、後にローズウェル王国を建国したドラク・ローズウェル様は飄々として掴み所のない男だったと思う。
罠に嵌まった仲間を助けるために動いた子供にあっさりと人質に取られるような男はなかなかいないだろう。
内乱で荒れる国をドラク様と、ドラク様の友人でグランテ王国のあり方に苦慮していた同志ダスティア公爵の嫡男レオ・ダスティア様と共に、衰退していくグランテ王国を夢中で駆け抜けた。
長い間苦役と重税に苦しめられ、税を払えぬ国民が、奴隷に落とされ悲惨な死を遂げる中で、疲弊した国民をかえりみず、血税を湯水のように使い果たした貴族達は、無謀にも国境を接する大国レイス王国へと軍を進めた。
今は派兵などしている時ではない、国内に目を向けよと、グランテ王国のミルドレッド王女をはじめ、ダスティア公爵やローズウェル侯爵が進言したが、国王を傀儡としている貴族達はダスティア公爵とローズウェル侯爵を拘束し、幽閉してしまった。
案の定レイス王国侵攻失敗し、その責任を反対していたグランテ王国の王女ミルドレッドに押し付けるために、彼女を襲ってきた暗殺者から救い出したのもドラク様だった。
国内に味方を得られなかった私達はフレアルージュ王国へ逃げ、当時フレアルージュ王国を訪れていたレイナス王国の国王シオル・レイナス陛下と面識を得ることが出来た。
レイナス王国と隣国レイス王国は先代国王陛下から良好な関係を築き上げておりシオル陛下のはからいで、レイス国王陛下に拝謁する機会を頂いた。
謝罪と助力を懇願し、なんとかレイス王国とレイナス王国の後援を貰う事に成功しグランテ王国に戻った私達を待っていたのは荒廃だった。
「この国はもう駄目かもしれない……それでも……」
そう告げ涙を浮かべるミルドレッド様を抱きしめたドラク様は国民を集め始めた。
レイス王国侵攻後から更なる重税を命じた王家に民を率いて反旗を翻してからグランテ王国が倒れるまでそれほど時間は掛からなかった。
王家と貴族の数家がほぼ断絶し、王女であるミルドレッド様が戴冠すると思っていたが、ミルドレッド様はグランテ王国の王女は新しい国にとって必要ないと言って即位を拒否した。
反乱の旗頭として一緒に戦った仲間達はドラク様を新国王として擁立しグランテ王国から新国家としてドラク様の家名から取りローズウェル王国へ名前を変えた。
国王となったドラク様はグランテ王国王女ではなく、何もない“只のミルドレッド”を伴侶に迎えられこの国は友好国となったレイナス王国とレイス王国の支援を受けて速やかに復興していった。
あれほどの手厚い支援をレイナス王国から得られたのは、国家擁立し即位式にやってきたかの国の第一王女アンドレア様をレオ・ダスティア公爵がちゃっかりたらしこんで婚姻に取り付けたお陰だろう。
新たな国に対する希望の光が強ければ当然闇も濃くなる。
儂はドラク様が治めきれない闇の部分を統べることでこの国を支えてきた。
それぞれが伴侶を得て子宝に恵まれ、またその子どもたちも立派に成長していく。
影の者として成長した可愛い孫娘が当時の王太子だったセオドア・ローズウェル国王の侍女として王宮に召し上げられた事も本人が喜んでいたためはじめは誇りに感じていた。
早くにこの世を去ってしまった友の面影を色濃く受け継いだセオドア陛下のお子を身籠ったと、手紙が来たが儂は心配だった。
正妃が授かったお子は王子ではあったが産まれてしばらくして、瞳に重い障害を負っていることが判明し、この国を継ぐことは難しいと判断された。
正妃は失意に弱りはて、床から離れることが出来ないと儂が住むドラクロアまで伝わっているのだ。
そんな中で他の者が王の御子を授かったとなれば、要らぬ争いを生む。
可愛い孫娘が授かった命を祝福してやれない事実が憎い。
王宮を出てドラクロアで産み育てることを進めたが、孫娘……タリアは頑としてセオドア陛下の側を離れることはなかった。
側妃として上がったものの、その後儂は二度とタリアと逢うことが叶わなかった。
孫娘は自分の命を懸けて男児を産み落としたらしい。
それから十六年の月日が過ぎて王都で問題を起こした第三王子がドラクロアへ移送されて来ると、隣国のフレアルージュ王国と国境を接するグラストの坊主から知らせが来た。
ドラクロア辺境伯閣下などと大層な肩書きを得たが儂にとってはいつまでたってもヒヨッコだ。
しかも今は宰相の地位を賜っているらしいダスティア公爵の愛娘が曾孫をドラクロアへ引っ張り出してきたらしい。
グラストの坊主の要請もあり、ドラクロアの闇を構成している幹部連中に手を出さぬようにと厳命していたのだが、あろうことか第三王子の婚約者に手を出した愚か者が出た。
直ぐに子飼いの狩人を向かわせて婚約者殿を保護することが出来て安堵する。
愚か者の棲みかにブラック・パピオンの名前を残したお陰か直ぐに迎えがやって来た。
ふくよかな身体で駆け込んできた娘はダスティア公爵の娘だろう。
幸いにも公爵の細君に似たようだ。
そんな令嬢の後ろからやって来た若者を一目見て、彼だとわかった。
青い瞳の青年は若かった頃の儂に良く似ていた。
どうやら儂はまだまだ修行が足りないらしい。
怪訝そうな顔をしている曾孫、今はカイザール・クラリアス伯爵子息と名乗っている彼を見て顔が弛んだようだ。
「失礼ですが、どこかでお逢いしましたでしょうか?」
「ふふふっ、二人きりになれた時にでもまたお話しする機会もありましょうて。そろそろこの通りも人が入る時間ですじゃ。教会へ戻られた方が良かろう。ここは儂らが片付けますでな」
どこか納得がいかないのか、それでも素直に身を寄せている教会へ戻っていく彼の背中を見送った後、彼は夜分遅くに一人でブラック・パピオンへとやって来た。
「良くいらっしゃいましたな。しかしあまり感心できぬの? カイザー・ローズウェル殿下?」
「はぁ、やはりご存じでしたか……」
この国の第二王子にしてわが曾孫殿は隙だらけに見えても、常に腰にある剣を掴めるようにしていた。
「話ではとても美しい黒髪をしていると聞いていましたが?」
「貴方には隠しても無駄ですね。 御察しの通りこの国で黒髪は目立ちますから染めています」
やはり、儂としては孫娘譲りの黒髪を見てみたかったが……
「クアロ殿、この度はクリスティーナ様をお救いいただき感謝致します」
そう言って深々と頭を下げた。
「ほほほっ、気になされませんよう。今後教会には指一本手を出させませんのでな、安心して下され」
可愛い孫の忘れ形見、例えどんな非道な手を使っても守って見せよう。
儂の目が届くうちは……