35『ギルド会館へ』
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「おい、アニエス! ミアのおかずを取り返すんじゃない! ノア、落ちたものを拾って食べるんじゃないっテア、器を押さえて食べないと溢す……あぁ、遅かったか」
子供の声が響く賑やかな室内で今日もルーベンスが子供達の諍いに割ってはいっては仲裁しております。
あの泥投げ合戦からはや一週間。 本当ならグラスト閣下に用意して頂いた家で暮らす予定でしたが、ルーベンスの希望で教会に身を寄せることになりました。
私を追ってきた男達が元々はこの教会に来ていて、教会の破壊活動や子供達に暴行を加えていた話をしたところ、すっかり子供達と打ち解けた殿下がヤル気を出した。
「弱いものに力を振りかざし威圧するなど男の風上にも置けぬ所業! 俺の目があるうちは絶対に許さん! シスター・ミーア、暫くこちらで世話になる。 良いな!」
「えっ、お兄ちゃん達一緒に住むの!?」
「やったっ、魔王ルーベンスを今度こそ倒してくれる!」
喜んで騒ぎ出す子供達に年がいなく兄貴風を吹かせているルーベンス。
無駄に馴染んでる。 王子の品格はどこに消し飛んだ?
どこの誰だかわからない坊っちゃんにいきなりそう宣言されても迷惑でしょうが!
しかも権力を振りかざして、無実の罪でクリスティーナ様を公開リンチにしようとした……まぁ、いっかぁ。
「えっ、ええとわかりました?」
「すみません、滞在費はお支払致しますので」
とりあえず教会は来るものを拒まない救いの団体なので、了承はしてくれましたが困惑しているのか語尾が疑問形です。
「シスター・ミーア、少し宜しいでしょうか?」
そうミーアに声を掛けてカイザール様があれこれ説明してくれました。
流石カイザール様! 助かるわぁ、彼を補助につけて貰ったのは感謝だね。
クリスティーナ様は教会で過ごすようになってから年長の女の子達に習って家事を引き受けてくれています。
おしゃべりを楽しみながら、食事の後片付けをしてくれてます。
「おい、リシャお前もこっちきて手伝え! ちび達がコップ倒したんだよ! テアの服を着替えさせてきてくれ」
うん、修羅場だわ。
「わかりました。テア行きましょうか? あと今日は出掛けますから準備していて下さいね」
「はぁ? なにも聞いてないぞ!」
「だって今言いましたもの。 カイもよろしくね」
「あぁ、わかった」
そうそう、この一週間で大きくかわったこともあります。
まず私を含めて様をつけずに呼ぶようになりました。
クリスティーナ様がクリス、カイザール様がカイ、私がリシャでルーベンスはルーベンスのままです。
もう子供達に浸透してしまったのでルーベンスだけそのままになりました。
シスター・ミーアに共同生活を認めて頂いた際に、いち国民として他の子供と同列に扱っていただけるようにしたためです。
初めは立っているだけで違和感があったルーベンスもすっかり親しみやすくなりました。
実は単に他の少年達と精神年齢が近かったというだけですが。
陰謀もなく素直な子供に囲まれたお陰か、偏見がなりをひそめているので、まぁ上々ですわ。
「クリス、ルーベンスとカイとギルド会館に行ってくるから皆を宜しくね!」
「はーい! リシャも気を付けて!」
さて本日の目的地のドラクロアのギルド会館ですが、教会のあるこの街の中心にあり、まるで合同庁舎のような雰囲気です。
ドラクロアで働いてお金を稼ぐためには、どうしてもギルドに登録をする必要があるのです。
数年前まで冒険者ギルドや商業ギルド、工業ギルドなど別れて運営されていたんですが、一本化がはかられて今ではギルド会館に来れば大抵のことは一枚の金属で出来たギルドガードを提示すれば片付くようになりました。
なんでもギルド間の連携がとりやすいんだとか。
建物に入ると沢山の人で賑わっていました。
二人を従えて受け付けらしい机に座る美女の前に行くと、魔性の微笑みで対応してくれました。
どこの世界も受付は美女のお仕事なんですね。
「いらっしゃいませ。 本日のご用件を御伺いいたします」
「私達のギルドガードを作りたいのですが」
「新規登録ですね。 ではこの書類に署名と、利用を希望される部署の欄に印を付けてください。なお、登録料として一人当たり銀貨一枚と、一つの部署ごとに銅貨十枚いただきます」
手渡されたのは極々小さな羊皮紙で氏名、年齢、出身国を書き込み、利用を希望する部署に印をつけるものでした。
これ偽造やり放題だよね? と思うけれど、ギルドカードには発行したギルド会館と発行日、番号がカードと羊皮紙双方に刻印されるため、偽造は問い合わせればわかるらしい。
一度使われたナンバーで再発行は難しく特に冒険者は依頼を達成し、経験や力量によって上からSランクが白金、Aランクが金、Bランクが銀・Cランクが銅、D・Eランクが鉄で作られ、ギルドカードの素材がランクが上がる度に更新される仕組みになっているらしい。
カードを無くせば、本人だと証明が出来ない限り再度Eランクからやり直しらしい。
同様に大商人は国が功績を認めた場合にギルドカードのほかに信用度を保証するカードが国から授与される。
商売をするものは必ずカードを提示することが義務づけられているため、取得はどうしても必須なのよ。
ギルド会館の一階は主に元冒険者ギルドだった職員達によって運営されています。
街から街へと行商する商人の護衛や街の外での害獣駆除の依頼、素材の採取に危険を伴うような物を専門に扱う冒険者と呼ばれる彼等は、権力に屈せず自らの力量のみで生きている為、幼い子供の憧れの職業だったりする。
荒事が多いため血の気が多い人や、気難しい方も多い。
そして街の産業を結集して統轄管理しているのが、会館の二階に事務所を構える元商業ギルドだった部署だ。
商業ギルド部署は原材料の生産、加工、販売までの関係者に不満が出ることの無いように働きかけたり、商人同士の諍いがあれば必ず調停を行う。
この街で商売を始めるにしても必ず商業ギルド部に所属しなければ、道端での露店商も出来ない。
規則も多いが統率がとれているぶん、安心して商売を行うことが出来るのは大きなアドバンテージだろう。
一応ムクの実を使って商売をするにも登録が必須な商業ギルド部と商業ギルド部から依頼を受けて人材の紹介と仕事の斡旋、派遣を行ってくれる冒険者ギルド部の部署に登録することにしました。
「三名様とも商業と冒険者をご希望ですね? えっと……」
確認して三人分の銀貨三枚と大銅貨一枚、銅貨を十枚渡した。
「あの、これは?」
困惑した様子の受付のお姉さんは手の中の硬貨に戸惑っているようだった。
「登録料です、登録で銀貨一枚、商業と冒険者で合計一人銀貨一枚と銅貨二十枚ですよね? 三人分だから銀貨三枚と銅貨六十枚ですよね?銅貨五十枚で大銅貨ですから」
「えっ!ちょっ、ちょっとお待ちくださいね」
そう言って計算をし始めた。
「算術得意なのか?」
声を掛けられて振り向くとルーベンスが何やら考え込んでいた。
「算術もなにも、これくらい暗算のうちにも入らないわよ」
割引計算が入らない算術なんて楽だろう。パーセントも何割引も、税金分の計算もなくこんなの只の足し算じゃん。
「はい、お待たせいたしました。 大丈夫です、カードが出来るまで少しお時間をいただきますので施設内でお待ちくださいね。 施設のご利用方法はご存知でしょうか?」
「初めてなので教えていただけますか?」
受付のお姉さんの話だと、商業ギルド部は各専門分野ごとに部屋が異なるために自分の希望する部署へ出向く必要があるらしい。
受付のある一階の冒険者ギルド部は基本的に出入りの激しい冒険者達のスペースとなっている。
扉脇の壁には一面に討伐依頼や失せ物探し、短期と長期の求人などが貼ってある。
壁には等間隔で天井から床まで縦に区切る線が書かれており、上部にはそれぞれ、討伐依頼、採取、護衛、長期勤務の求人、日雇い等の短期求人と分けられているため私達は短期求人の貼り付けてある壁の前へ向かうことにした。
とりあえず目的としてはルーベンスのお仕事体験なので、日払いの仕事でっと。
壁に貼ってある日雇いの羊皮紙で書かれた依頼書を選び、壁際に並べられた箱から同じ番号が振られた一枚の木板を取った。
依頼の定員数に合わせて木板が設置されている為、まだ定員数に満ちていないらしい。
「なになに、えっ、リシャ本当にこれ受ける気? どうみても鉱山なんだけど……」
私の持っていた木板の依頼書を確認して、カイザール様がげんなりした声を出している。
内容は採掘した土砂の運搬と選別で日当が銀貨一枚。
「私は受けないよ、お勉強だしルーベンスとカイで行ってきてね」
「せめて、こっちにしない?」
鉱山に行きたくないのかカイザール様が示したのはギルドの臨時職員だった。
「別に良いけど、これ解体作業だよ、大丈夫?」
良くみれば、冒険者達の持ち込んだ素材の解体と農家から買い取った家畜の屠殺で日当が銀貨一枚。
「狩りは貴族の嗜みだし、軍の演習参加は義務だから、現場で獲物を捌くこともあるし大丈夫じゃないか?」
流石に軍の演習には参加したことがないのでわからないなぁ。
「よし、本人に決めさせよう! ルーベンス、洞窟探検と動物締める仕事どっちが良い?」
「いや、それ語弊がありすぎるでしょ」
そうかなぁ、そのままじゃんね。
「なに、洞窟探検に行けるのか!? 一度潜ってみたかったんだ!」
期待に胸を膨らませて洞窟……鉱山にいく気満々のルーベンスに、カイが頭を抱えはじめた。大丈夫?
「よりにもよって肉体労働……リシャ、一つ貸しですからね」
「借りてません。 どうせなら自分で決めたルーベンスに貸しつけてください。ルーベンス、この木板をさっきの受け付けにカイと一緒に登録してきてね!」
「ちょっ、ーー」
「わかった! これを持って行けば良いのだな!」
カイが止める間もなく、二人分の木板を持って受け付けに突進していく美形を見送り、カイに商業ギルド部の事務所へと向かうことを告げ私は二階への階段を登った。