30『凸凹万年新婚夫婦』
「いやはや、先ほどは失礼したね。 妻日照りが続いたせいでどうも禁断症状が出始めていたのでね。 ついヨウルに任せきりになってしまったよ」
自分の腰くらいまでしかないセイラ様の背中に手を回してにこやかに微笑む巨人ことグラスト閣下は先程までの気迫がなく、まるで別人です。
まず聞きたい、禁断症状ってなんですか?!
アルコールや薬物に依存して慢性的な中毒を起こして一定の期間摂取を断つと陥るあの禁断症状のことですか?
セイラ様を改めてみるとニヤリとしてます。
怖、グラスト閣下からは身長差と後ろに立たれているせいか、セイラ様のご様子は伝わっていらっしゃらないご様子です。
相手を禁断症状が起こるまで陥落する手腕は、学院中の野郎共を次々落としていったマリアンヌ様とどちらが凄いでしょうか。
是非とも前世で教えていただきたかったです。
……待てよ、別に今世で教えてもらえばいいのか?
中身の素晴らしいフツメンの旦那様をゲットするその秘技を是非とも御教示頂きたい!
「ん、どうかしたかね?」
「いっ、いえ。 所でどうかなさいましたか?」
ついついセイラ様をガン見していたようで訝しむグラスト閣下に笑顔で訪問の要件をお聞きする。
「先程ヨウルに城下へ降りる旨を伝えられたと聞きましたのでな。 理由を聞きたかったのだよ」
理由ですか、はっきりいってあんまり考えてはいないんですけどね?
行き当たりばったりですよ。 当初の予定では駄犬王子を連れて暫く平民に混じって生活する予定だったのに、人数が倍になってますし。
まぁ、なるようにしかなりませんわ。
「失礼致しますがグラスト閣下はルーベンス殿下がドラクロアへ移送された経緯をどのくらいご存知でしょうか?」
「移送経緯かね。 学院で意中の女性に国が管理する装飾品を無断で下げ渡していた事は承知しているよ」
「はい、仰った通りです。 殿下は金銭感覚に疎くていらっしゃるようなのです。 国を治めるべき王族や貴族は民草には想像もつかない程の大金を動かしていかなければなりません」
前世でも報道番組などで補正予算やら国家予算やら身近に有り得ない莫大な金額が動いていたようだけど、正直そんなもの一般人だった私には正直縁遠かった。
沢山の税金を給料から引き落とされ、残った金銭から慎ましく、贅沢を削りまくって生活するのが当たり前だった。
飛び交う情報の中から如何にしてお値打ち品を探しだして食費を浮かせ、老後の貯金に回しささやかな楽しみの書籍やDVDをレンタル出来るかを考える。
そう、大半が購入ではなくレンタルでした。 懐かしい。
「王族や貴族がなんの躊躇もなく購入している宝飾品や贅を尽くした豪華な食事は一体どれだけの平民によって支えられた物なのでしょうね? 国民は貴族を養うためにいるのでしょうか? 私は学院でそんな傲慢な考え方をする貴族を沢山見てきました」
自分は貴族だからと平気で他者を見下す学院の生徒の姿勢を思い出す。
「次期国王がそんな傲慢な考え方をしているとは思いたくありませんが、自分の貢いだ品物や日々当たり前の様に与えられている全てのものが、どれだけ大変な思いをして働く民から与えられているのか、そして私達貴族はそれを許されるだけの責任を求められている事実を再度確認したいんです」
前の世界で飢饉に喘ぎパンを食べられない国民におやつを食べろと言った王族が居た。
彼らは圧政に耐えかねた国民の手によって滅んだけれど、なんだかんだ愛着のあるこの国を同じ末路にはしたくない。
金銭感覚の狂った者に金を持たせれば破綻するし、国民の生活がわからなければ本当に必要な政策などたてられるはずがないのだから。
「ですのでご迷惑をおかけしますが、皆で暫く平民に混じって暮らしたいと考えています。 ただ、他の三人にバレない様に腕のたつ護衛を何名かお願いしたいのですが」
「ふむ、護衛か」
「はい、一応筆頭の後継ぎ候補様でいらっしゃいますので」
いざとなったらまだ王子はいるけれど、用心にこしたことはないよね。
「わかった、腕のたつ護衛を私服で常に何名かつけよう」
頷きながら言質をくれたグラスト閣下に深々と頭を下げる。
「ありがとうございます、これで存分に行動することが出来ます」
「本当は儂が護衛を勤めたい所だが儂では少々目立つのでな。 リシャーナ嬢よ勇気と無謀を履き違えんようにな。 何事も急な変革は大きな亀裂を生みかねん。 なにかあれば報せてくれ、直ぐに助けに向かうからな」
そう言ったグラスト閣下の言葉は力強く。 信頼感が半端ない。
「そうですよ、将来の娘に何かあっては大変ですからね」
セイラ様、まだ諦めて無かったのですか!?
「将来の娘?」
不味い、意味深なセイラ様の言葉にグラスト閣下が興味を示しだした。
私の理想の旦那様は穏やか草食系フツメンなんです、美形は要りません!
「あー、将来の娘ってなんのお話でしょう? フォルファー様の件でしたら、きっちりすっぱり御断りした筈ですが」
「うふふっ。 まぁまぁ人の好みは変わるものよ? そんなに焦って決めることはないでしょう? 何かのきっかけで恋は燃え上がるものよ! ねぇ?」
「そうだなぁ。 まさか親子ほど年の離れた妻を愛するようになるとは思っても見なかったよ」
「うふふっ」
目の前でいちゃこら始めないで下さい!
「夫婦仲が良くて羨ましい限りです。 それでは閣下、護衛の件よろしくお願いいたします」
「今手配をさせているのでな準備が整い次第連絡しよう。 邪魔したな、ゆっくり休んでくれ。 行こうかハニー?」
「えぇダーリン!」
枯れ専ロリコン万年新婚夫婦を見送って与えられたフカフカのベッドへと倒れ込んだ。
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次回ドラクロア城下へ降ります。




