28『再会は突然に』フォルファー視点
一応BL要員です。あんまり問題はないかなと思いますが苦手な方は自己防衛願います!
叔父上にあたるセオドア陛下に地下牢へ入れられた翌日、私フォルファー・ドラクロアは直ぐに事情聴取のために宰相室へ連行されて知っている情報を洗いざらい吐かされた。
宰相ロベルト・ダスティア閣下の娘を抱き枕がわりにしようとしたせいで追及が厳しく、そのあとの後始末と言う名前の大捕物のために思いっきりこきつかわれることになったがまぁ、それも良いだろう。
今日は母上が領地に帰る為、なんとか見送りに出る時間をもらった。
本当はこのまま馬車に乗り込んでさっさと領地に引っ込んでしまいたいが、現状それも儘ならないだろう。
父上が予想していたよりもはるかにこの国の貴族は腐っていたらしい。
叔父上には悪いが、正直このまま滅びるならそれまでの王朝だったのだろう。
肥大化した国土は国境に近づくにつれて国王の目を離れ、辺境に領地を構える貴族たちのなかには他国に通じて離反を目論む者も水面下でひしめいている。
国政に興味などないが、まぁ、もしかしたら幼い頃に王城で出逢った少女、いや、別れる間際まで少女だと思い込んでいたあの可憐な少年に逢えるかも知れないと思えば、もうしばらくそれを楽しみにして宰相閣下の捕り物劇に協力するのもいいだろう。
まだ寝静まったままの王都の街を抜けて見送りの場として指定された門にたどり着くと、見慣れたピンクの馬車を背に母上と数名の若者がなにやら話しているようだった。
「うふふっ、しっかりしてらっしゃいますのね。 うちの息子のお嫁さんに来る気は無いかしら」
はぁ、また母上が勝手に縁談を進めようとしている。
相手から縁談を断らせるためにどれだけ興味もない女を口説いてきたと思っているんだ。
地位と将来父上から受け継ぐであろう財産、そして容姿にひかれて集まる女達。
当たり障りない笑顔で誤解を招かないように対応する私の周囲は、昔からなんとか取り入ろうと色めき立つ人が絶えなかった。
自分の理想を押し付けてくる彼等は、本心をさらせば直ぐに離れていく為、次第に適当に受け流すようになっていった。
そんな連中に媚を売り固執してなんになるのだ。
「申し訳ありません、私には過ぎたお話ですわ。 それに陛下の勅命もありますのでお断りさせていただきます」
若者のひとり、ふくよかな身体をした女性が母上にキッパリと断りを入れていた。
先日抱き枕がわりにしようとしたリシャーナ嬢。
多くの女性を落としてきた容姿と、美声だと絶賛された声で籠絡しようとしたのにあっさりと振り払い、更には反撃を加えてきたあの令嬢だ。
彼等の背後に近付くと、母上が面白がるように声を掛けてきた。
「あらー、残念でしたわね。 振られてしまいましたわよフォルファー?」
「勝手に私の婚約を決めないでくださいよ? この世には美しい華が多くて決められません。 それに私が身を固めてしまうなど、世の姫君達の損失ですよ」
なんにしてもこれ以上面倒な縁談など組まれたくはない。少しは断る手間を考えてほしい。
いつものように博愛主義者を装ってリシャーナ嬢の手をとった。
「これはお美しいリシャーナ様、またお逢い出来ましたね。 これは運命、神々のお導きでしょうか」
息を吸うように自然に出てくるようになってしまった美辞麗句に内心自嘲しながらご夫人に人気の微笑の仮面を纏って述べるとリシャーナ嬢の顔がひきつった。
「うふふ、フォルファー様の言う神々がどこの馬の骨かは知りませんが残念ながら私、自分の運命を神に委ねたりしませんの」
直ぐに持ち直してにっこり笑いながら、顔を近づけた手を口づける前に引かれてしまった。
「あぁ、これは手厳しい。 リシャーナ様、こちらの可憐な美姫は?」
少しだけ肩をすくめて見せ、私は彼女の隣に佇む女性へと標的を変えることにした。
いつものように白魚のように美しい手の甲へ触れない程度に軽い口付けを落とす。
淡い波打つ金髪の見目麗しい令嬢は紫の瞳を一瞬見開くと何事もなかったように微笑んだ。
「お初にお目にかかります。 私はフォルファー・ドラクロア。 私に貴女の名前を知る権利をいただけませんでしょうか姫」
「始めましてフォルファー様。 私はクリスティーナ・スラープと申します」
クリスティーナ・スラープとは確か一緒に地下牢で一夜を過ごしたあの王子殿下の婚約者だろうか。
「もう、この子ったら。 女性を見るとすぐこれなんだから! ダメでしょう?」
嗜めるようにため息を吐きながら両腕を組み、頬を膨らませた母上。
不味い、これはまたネチネチと長い説教が始まる予備動作だ。
「そんな口説きかたしか出来ないからいつまでたっても孫の顔が見れないんじゃないの。 早く可愛いお嫁さんをもらって孫を抱かせて欲しいものだわ」
孫、孫と言われても。 正直見ず知らずの似たり寄ったりな女性と家庭を築きたいとは思わないし、情報を得るために近付くが、一線を越えたいとは思えない。
自分も相手も不幸にするだけだ。
「何でしたら母上が私の弟か妹でもお作りになればよろしいでしょうに。 私は喜んで継承権を放棄いたします……!?」
割りと本気でもはや言い馴れた台詞を口に出しながら顔を上げた直後、私は目を見開いた。
クリスティーナ嬢から少し離れた場所で気配を消すように佇む男性。
ルーベンス殿下の口許を手で覆うようにして拘束するその人はまだ、青年と呼ぶには幼さが残る人だった。
キリリとした芯の強そうな深い青の瞳と視線が交錯した瞬間、全身を稲妻が走り抜けたような感覚に囚われた。
あぁ、彼だ。 烏の濡れ羽色のようだった漆黒の髪がなぜか茶色に変わっているが、意思の強いその青い瞳は変わらない。
気が付けば彼の前に立っていた。
「カーイ?」
呼び掛けると、まるで不審者でも見るような目付きで睨み付けてくる。
そう言えば初めて会った時もこんな表情をしていた気がする。
「申し訳ありません、どちらかでお逢いしたことがありますでしょうか?」
ルーベンス殿下を盾にするように身構える姿は体毛を逆立てて威嚇する猫のようだった。
まぁ、長い月日が経っている今、忘れられている事実は仕方がないのだろう。
それでも誰も寄せ付けなかった手負いの獣のような彼が誰かの側にいる。
「そうですか、どうやら人違いだったようです。 フォルファー・ドラクロアです貴方は?」
「カイザール・クラリアスです」
警戒心を笑顔で隠しながら対応する事を彼に教えたのは私だ。
初めて会った時の彼のように直球でぶつかってくる純粋さはもうないだろう。
あのまま穢れない瞳の輝きは一緒に時を過ごしていれば失われずに済んだのかも知れないとつい考えてしまう。
『その気持ち悪い笑顔で側に来るな!』
人好きする笑みを貼り付けた私に彼が、カイザール殿が言った言葉を思い出した。
「カイザール殿はドラクロアへ?」
「えぇ、陛下に勅命を頂きましたので」
ドラクロアへ戻ればまた彼の側で……
ならさっさと済ませて合流しなければいけないなぁ。
「そうですか、ドラクロアは緑に囲まれたすばらしい土地ですよ。 王都の雅さには到底かないませんが、私はもうしばらく王都を離れられませんが戻った際には領内をご案内致します!」
ここ数日で一番爽やかに決まった自信がある。
カイザール殿の片手を両手で包み込むように握り締めてついつい力説してしまった。
あの紅葉のようだった小さな手はすっかり大人の物になり、剣を扱う固い手になっていた。
「あー、はい」
困ったような表情を浮かべながらもとりあえず頷いてくれたので、領に戻ればそれを口実にして親睦を深めることも可能だろう。
昔のように『触るなボケ!?』と向こう脛に蹴りが飛んでこないのはそれはそれで物足りないような気がしてしまうのだが。
「気のせいでしょうかクリスティーナ様、あの方私たちを口説いていた時よりも数倍以上に暑苦しいんですが」
振り向けばクリスティーナ嬢の耳元へ唇を寄せて囁くリシャーナ嬢の後ろからニヤリとこちらの様子を傍観していた母上に気が付いてしまった。
「まぁリシャーナ様。 ああいった殿方を熱血漢と言うらしいですわ。 男同士の熱い友情ですわね!」
クリスティーナ様の熱血漢の言葉が、あまりに自分に似合わず驚いてしまった。
どちらかと言うと、放蕩息子や悪意の混ざった物では歩く種馬と言ったものが主流になってしまっている。
どちらも不名誉極まりない二つ名だが自業自得でついた物なので諦めている。
お陰で縁談は激減したからね。
「ええ、そうですわね。 カイザール様、うちの愚息ですが是非とも友として仲良くしてやってくださいませ」
クリスティーナ様の言葉に続き、実は私に友人が少ないことを知っている母上からカイザール様へ援護射撃がはいった。母上ありがとうございます。
「こっ、こちらこそ」
内心はわからないが、カイザール殿がそう許可したからには友として、そう友として仲良くしようじゃないか。
「ルーベンス殿下もドラクロアへの道中お気をつけて」
一応カイザール殿と私の間に挟まれたまま、いまだに拘束されている王子殿下にも声をかけた。
「んぐんぐんぐ!」
なんと言ったのかわからないので放置することにした。
「さぁそれではそろそろ出発しましょうか。フォルファー、あまりやんちゃをしてはダメですよ? 程ほどにしないとまた刺されますからね?」
それだけ告げると母上は馬車の中へと消えていった。
「ではフォルファー殿、私たちもこれにて出発致しますので失礼します」
逃げるように簡素な挨拶を述べると、六頭の馬が繋がれた馬車にルーベンス殿下を押し込んでカイザール殿もさっさと乗り込んでしまった。
彼の背中を名残惜しげに見詰めていると、続いてリシャーナ嬢が乗り込んだ。
「どうやら私たちは同志かも知れませんわ。 御互いに頑張りましょう?」
最後まで残っていたクリスティーナ様の言葉に首を捻る。
同志とは一体何を言っているのか。
「カイザール様と仲良くなれるといいですね?」
彼女の言葉に動揺が走る。 この令嬢、鈍そうに見えるが意外に目端が利くのかもしれない。 確かに彼に好意はあるが、それは友としてだ。
「ただ私の大切な方に手を出したなら有ること無いことカイザール様に吹き込ませて頂きますから」
吹き込まれるような黒歴史を共有するほどこの令嬢とは親しくない。 むしろ先程あったばかりなのだが。
「うふふっ、いまからセイラ様とのお茶会が楽しみですわ」
瞬間的に察してしまった。
母上ならば私の黒歴史など殆ど把握しているに違いない!
「まっ、クリスティーナ様!」
咄嗟にクリスティーナ様を引き止める。
「狙いはなんだ?」
「なにも、同志だと言いましたでしょう。 貴方にとってのカイザール様は私にとってリシャーナ様と言うだけですわ。 簡単でしょう?」
大切にしたい人と言うならばその通りだし、幸福を願わずにはいられない。
「仲良くしてくださいね、フォルファー様?」
「クリスティーナ様そろそろ出ましょう?」
「はーい!」
クリスティーナ嬢を呼ぶリシャーナ嬢に答えるように手を振っている。
にっこりと本日一番の笑顔に笑顔で告げるとしよう。
「ええ、こちらこそ仲良くしてください。道中カイザール殿をお願いいたします」
「勿論ですわ!」
本当の意味で固い握手を交わしてそのままクリスティーナ嬢を馬車に乗せる手助けを行ったあと、ドラクロアへ向かって進み始めた動き出した馬車を見送った。
「カイザール殿、ご無事で……直ぐに追い付きますから」
踵を返して直ぐに城へと戻ろう。
「さっさと国賊を血祭りにあげましょうか……」
意欲を漲らせて今後どう動くべきか計算を始めた。