22『やっぱりこうなったか』カイザー視点
一体全体何がどうしてこうなった。
自室の扉を開けると、そのまま足を引き摺るようにしてベッドへ倒れ込む。
カイザールとしての自分に与えられた部屋は、広すぎず狭すぎずとても落ち着く閉鎖空間だった。
周囲を誰にも囲まれず、悪意も向けられずに一人になれる自分だけの空間は、余計なものが一切ない貴族や王族の居室としては質素すぎるほどの部屋だ。
当然だな、他の貴族達は部屋の内装や家具を一新してしまう者が多いなか入寮してから一切手を付けていない。
誰か訪ねてくる訳でもないし、色恋に血迷い盲目的に相手の趣味に合わせて模様替えなんて無駄遣いも良いところだ。
クリスティーナと名乗った女は確かルーベンスの婚約者だったはずだ。
スラープ伯爵家の長女。 幼いリシャーナが婚約を回避した為に、ルーベンスを押し付けられた憐れな生け贄の娘。
わざとなのか天然なのか話が通じているようで、通じていないなんとも掴み所がない娘だ。
ちょっとした好奇心からリシャーナ嬢に声をかけたらクリスティーナがあっけらかんとした一言に一瞬内容を把握出来なかったのは仕方がなかったんだ。
「なんでしたら、カイザール様にも手伝って頂いてはいかがですか? リシャーナ様だけでは大変ですし」
「はっ!?」
一体全体どこをどうしたら俺が手伝う話になるんだよ。
「おー! クリスティーナ様ナイスアイデア! それ採用、早速陛下の勅命貰ってきます!」
なに!? ふざけんな。 学院に入ってからやっと得られた自由なんだぞ。
「ちょっ、リシャーナ様お待ちください! 私はそんな」
「カイザール様、クリスティーナ様を御守りしててくださいねえぇぇぇ……」
あのふくよかな身体でどうしたらあんな速度で走れるんだ。
全く止める暇が無かった。
不味い、物凄く嫌な予感がする。
「うぁぁ、俺の平和な学院生活が!」
「うふふっ、これから宜しくお願い致しますねカイザール様」
元はと言えばこの女があんな話を振らなければこんな展開にはならなかったのに。
いや、違うな。
学院で生活するようになってから気が緩んでいた自分に非がある。
「はぁ、とりあえず寮までお送り致しますよ」
「ふふふっ、ありがとうございます」
俺が差し出した手に軽く触れるように手を乗せてきたので、この疫病神をさっさと寮まで送り届けることにした。
噂の第三王子の婚約者は先日の騒動ですっかり有名になってしまった。
その令嬢が婚約者以外の男と手を繋いでいれば、要らぬ邪推をする者すら現れかねない。
そしてそうなれば相手の男である自分も表舞台に引きずり出される。
「まぁ、あの令嬢ならそんな噂笑い飛ばしそうだが」
膝から下をベッドの外へ出したまま右腕を目元に乗せた。
「あぁ失敗したなぁ」
まさかあそこで俺を引っ張り出してくるとは想定外だった。
微妙に感じた気配にピクリと身体が反応すると同時に声が聞こえてきた。
「カイザー殿下」
低く響いた声に視線を走らせる。
聞こえるはずのない声が聞こえたのは天井。
「なんだ?」
ベッドから身体を起こすと同時に天井板を外して黒尽くめの男が音もなく部屋へと降り立った。
「国王陛下からカイザー殿下に手紙を、カイザール殿に勅命の親書を持って参りました」
「見よう」
簡潔に告げると男は無駄のない動きで側まで寄ると、二通の羊皮紙で出来た封筒を差し出してきた。
素早く封蝋を破り中身を改める。勅命の親書にはカイザール伯爵令息宛でリシャーナの助手としてルーベンスの指南役を務めるように、そしてルーベンスとドラクロアへ赴くようにとの指令の二通が入っていた。
指南役ならばリシャーナが王へ直訴に走る姿を見送った為にある程度予測していたがなぜドラクロア?
王の姉セイラ様が降嫁した先がたしかドラクロアだ。
他国の国境に面したこの国の防衛の要。
いち地方貴族となったが、かの領を治めているのはかつて武勇を誇った守護神。
年老いたと引退した今でも彼の武功と勢いは衰えることなく、当代の王の治世で他国との戦争がないのはグラスト・ドラクロアによるところも大きい。
ペリッ、ともうひとつの封蝋を開けると国王陛下の不器用な父として息子を心配する内容とドラクロアへのルーベンスの流刑とそうなった詳細。
リシャーナからの名指し指名でカイザールにドラクロアへの同行を強制するしかなくなってしまったらしい。
「本当に予想の斜め上を行ってくれるよ全く。 陛下にお受けいたしますと伝えてくれ」
「御意」
短く告げると影の使いは現れた時と同じように出てきた穴へと消えて行った。
「はあ、まぁリシャーナ嬢が騒動を起こすのも今更か。 今度は一体何をやらかすのか、どうせ巻き込まれるんだ、せいぜいたのしむとするか」
腐った学院で無駄な時間を過ごすよりは振り回されるのが目に見えていてもリシャーナ嬢の観察をしていた方がいくらか有意義だろう。
「いっそのこと、ルーベンスとリシャーナ嬢の観察記録を日記にしてロベルトに送りつけてやろう」
きっと下手な喜劇よりも面白味に溢れる作品が出来上がるだろう。
「城への召還は三日後だったな」
ノロノロとベッドから立ち上がり、木製のクローゼットの扉をあける。
衣類や小物は十分なほどに与えられていたが、クローゼットの中には生活に必要な最低限の衣服のみを収納してある。
着もしない衣類をクローゼットに掛けて、沢山ある服を掻き分けなければ引き出せない収納などめんどくさいだけだ。
私的な空間に他人を入れたくなかった為、この部屋の維持管理は必要ないと入寮の際に寮監に申請しており好き勝手にさせてもらえる。
やったことがない掃除も覚えれば案外楽しい物だし、汚れた衣類は朝に衣類袋へ詰めて集めに来た侍女に渡せば、翌日には綺麗になった衣類が帰寮後に部屋に届けられる。
トランクに詰められたまま放置されていた荷物はそのままに、普段使いの衣類や小物をトランクに詰め込むことにした。