第五十六話『お前達は私のようになるな』カイザー視点
一先ず此度の叛乱に加わった貴族達の捕縛は済んでいるため、あとの処理を任せて手当が終わり次第リシャの手を借りて陛下を追うことにした。
「本当に大丈夫? 無理してない?」
「あぁ大丈夫だ、心配を掛けてすまない」
「すまないと思うなら応急手当じゃなくてきちんと医師の治療を受けてほしいのですが」
プリプリと怒って見せているが俺を支える手は優しくてふわふわしたリシャの柔らかな髪を指で撫でる。
「これは王子と言う地位から逃げて続けてきた自分へのケジメでもあるから……最後まで見届けたいんだ……」
「はぁ、本当にもぅ……終わったら必ず医師の診察を受けてもらいますからねっ!」
リシャの支えを貰いながら塔の階段を休み休み登っていくと、どうやらルーイ王子だけではなく、シャイアン王妃殿下も一緒に監禁されていたらしい。
監禁場所であった塔の最上階の部屋へ踏み入れば、シャイアン王妃殿下が両手を広げてリシャへと迫ってくる。
咄嗟にソレイユ殿が接近を阻止してくれたが何か様子がおかしい。
リシャを前ダスティア公爵夫人の名前で呼び、辻褄が合わない話をするシャイアン王妃殿下の変わり果てた姿には、これまで自分を苦しめてきた王妃の面影は見当たらない。
俺ですらこれだけ衝撃を受けるのだから、側で見てきた者達の動揺が激しい。
初めて会うルーイ第一王子はシャイアン王妃に抱きつかれて困り果てて居るようで、シャイアン王妃が離れた隙にリラと寄り添い嬉しげに、愛おしいと言わんばかりにその身体を抱き締めた。
まぁ、その気持ちわからんでもないがな……
「セオドア殿下からはなれなさい! タリア・ブロギンス! その方はわたくしの伴侶ですわ」
そう言ってルーイ第一王子からリラを引き離そうともがき暴れる。
「無礼者! わたくしに触れて良いのはセオドア殿下だけですわ! 触らないで!」
パチンと力が入っていないシャイアン王妃の右手がセオドア陛下の頬を叩いた。
「セオドア殿下! お助けください! セオドアさまぁぁあ!」
そう泣き叫びながら気絶したシャイアン王妃を陛下自ら抱き上げて王の私室へと運んでいく。
宮廷医師の見立てによるシャイアン王妃の病名は急性薬物中毒とのことだった。
「お前たちもすぐに宮廷医師の診察と治療を受けなさい……少しシャイアンと二人だけにしてほしい……」
「はい」
別室で待機していたリシャと合流し宮廷医師の治療を受ける俺の側では、リシャが心配そうにウロウロとしており、先んじて診察を受けていたらしいルーイ第一王子の付き添いとして、先ほどまでの堂々とした態度がウソのように挙動不審になっているリラが、リシャとは違った意味で落ち着きなくウロウロしている。
「この傷は残りますよ」
処置を終えて用意されたお湯が張られた金盥で手を洗った宮廷医師の言葉に頷く。
「リシャ、すまない傷物になってしまったよ」
振り返ってリシャの顔を見上げれば、キッ!と睨まれて背中をポカポカと叩かれる。
「きっ、傷物がなによ! もともと整いすぎてたんだから貫禄が増すだけでしょ! これ以上怪我したら許さないんだからね!」
うーうーと唸りながら涙ぐむリシャの様子にどうやら失敗してしまった事を悟る。
「すまない、心配を掛けてしまった」
素直に謝れば泣きながら抱きついてきてくれた。
「心配したんだから! 本当に心配したんだからね!」
本格的に泣き出してしまったリシャの頭を撫で付ける。
「ごめんごめん」
「ごめんなさいで済むなら騎士団なんていらないのよ!」
「わかった、わかったから力を弱めてくれ痛いから」
「えっ、ごめっ……」
離れようとしたリシャを捕獲して胸の前に抱き締め膝の上に乗せる。
「おふたりは仲がええんだね」
「そうだな……羨ま……」
「ぬ? どうしただよ?」
「なっ、なんでもねぇよ!」
背後で聞こえてきた訛の強いルーイ王子とリラの声にこれが二人のいつものやり取りなのかもしれない。
「ルーベンス殿下と陛下がいらっしゃいました」
部屋の外で待機していた騎士の声が聞こえ大人しく膝に座ってくれていたリシャが慌てて飛び跳ねるように膝から降りてしまい寂しい。
仕方なく立ち上がりリシャの隣に並び出迎えの準備を済ませるとルーベンスとロベルト宰相を引き連れて陛下が入室してきた。
それに合わせて片付けを済ませた宮廷医師が簡単な挨拶をして退室していった。
「楽にしていい、皆も座りなさい……傷の具合は?」
陛下が椅子に座ったのに合わせてそれぞれが近くにあった椅子に腰を下ろす。
「眼球までは達していない様なので大丈夫です」
軽く医師からされた話を掻い摘んで陛下へ説明する。
どうしたら良いのかわからないと言わんばかりのリラをリシャがちゃっかりルーイ王子の隣に座らせた。
「まず此度の叛乱に際し、全力を尽くして鎮圧してくれたこと感謝する」
本来ならば王が軽々しく頭を垂れるのは好ましくないのだろうが、感謝の意を余計な茶々を入れて引っ掻き回すのは違うだろうと皆黙る。
「この度の叛乱は多くの叛逆者を出してしまった」
「シャイアンを叛逆に加担させてしまうほどに追い詰めてしまった……」
ポソリポソリと弱音を吐いていく陛下の様子がおかしい。
「国のため、民のためと言い聞かせて良い王を目指してきたが……どうやら妻に忘れられるほどに酷い夫だったらしい……」
悔恨の情が押し寄せているのか昔大きく見えた陛下の姿が、とても弱々しく見える。
「お前達を集めたのは他でもない……王位継承の話だ」
「……私は退位しようと思う」
「父上!? 一体何を!?」
陛下の言葉に座っていた椅子をひっくり返さんばかりの勢いでルーベンスが立ち上がった。
「今を思えばお前達にはいらぬ苦労ばかり掛けてしまった」
「ルーイ、赤子の時以来か……立派になったな……」
「はい……」
「王太后陛下よりの便りで近況は聞いてはいたが……どうやら心配はいらないようだ」
優しげに微笑む陛下の視線の先にはこの状況に慣れたのか、はたまた開き直ったのか違和感なくルーイ王子に寄り添うリラがいる。
「ルーイ、此度の叛乱でボロボロになってしまったこの国だが、本来ならばお前が第一位王位継承者だ」
セオドア陛下の言葉にルーイ王子が冷や汗をかいている。
「視力が弱い分、王位を継承すれば苦労するかもしれない……お前は王位を望むか?」
「いりません!」
間髪入れずにルーイ王子が否定する。
「陛下……どうか俺……私は此度の叛乱の際に叛乱軍に殺害されたことにしてはいただけませんか?」
「なぜ?」
「正直に申し上げれば、王位どころか王族の位など一切望んでおりません。 むしろ今回のような争いに関わらずに愛する者と質素に生きていきたいのです」
「そうか……わかった……」
ルーイ王子の言葉に陛下は静かに頷く。
「ルーベンスは前に聞いた考えから変わりはないか?」
「ありません、私は妻と共に兄夫婦を支える臣下となりましょう」
陛下の問いかけにルーベンスも断言した。
正妃から産まれた二人が王位継承権を俺に譲ったことで陛下の視線がこちらへ来た。
「さて、王太子カイザーよ……クラリアス伯爵家の令息もこの度の叛乱に巻き込まれ亡くなったことになる」
元々クラリアス伯爵家の令息カイザール・クラリアスと言う人物はシャイアン王妃の嫌がらせを軽減するために用意された物だ。
ルーベンスが国王に即位した場合、俺が後継ぎのいないクラリアス伯爵家を継ぐようにとその後継ぎの地位を莫大な借金により破綻寸前の現クラリアス伯爵から買い上げていた。
「クラリアス伯爵家を継ぐ者が居なくなり困っていたが……今回の事件で粛清された貴族家の領土も含め再分配しようと考えている」
レブランが居たあの玉座がある広間にいた貴族達は、その罪深さに応じて極刑、爵位没収、領土の没収などの罰が待っている。
結婚前に起きた謀反と合わせるとかなり大きな変更となるだろう。
「ソルティス・ダスティア小公爵により救助された王太后陛下から領土を返還しルーイと隠居したいと話があったため、ルーイにクラリアス伯爵家を継いでもらおうと思うのだがどうだ?」
元々陛下は王太后陛下がお亡くなりになったあと、王太后陛下が治めておられる領地をルーイ王子に渡すつもりでいた事は事前に考えを聞いてはいた。
予定外だったのは、今回のような面倒事に巻き込まれたくないと抗議文を送ってきた王太后陛下だ。
王太后陛下は仕えてくれる者達が自分が死ぬまで生活に困らない年金だけ貰って、王太后としてではなくひとりの老人として孫に囲まれて余生を謳歌したいらしい。
そのためにリラとルーイ王子の結婚を承認してほしいと、婚姻関係に必要な書類を不備なく揃えて、国王陛下が署名捺印すればいい状態で送られてきた。
「王太后陛下の希望を受けて王太后陛下も此度の叛乱でお亡くなりになったと発表されます。 そして現在の王太后陛下の領地は配置換えとなったクラリアス伯爵領となる予定です」
陛下の言葉を引き継いで俺が続ける。
「ルーイ殿下にはクラリアス伯爵となり王太后陛下とクラリアス伯爵領民をお願いしたいのですが……いかがでしょうか?」
「えっ……いや突然そんなことを言われても……」
狼狽えているルーイ王子ではなくキョトンとしているリラに話しの矛先をむける。
「リラはどう思う? ルーイ王子はよき領主になれるだろうか?」
「オラだか? ん~~優しいルーイ様ならいい領主様になんべな」
「リラ……」
リラの断言に感動したのか嬉しそうにルーイ王子の口からリラの名前が出てきた。
「だだ優しすぎて、すぐ騙されるから困ったもんだべ」
うんうんとリラが自分の言葉に納得して見せる。
「リラぁ……」
先程までの嬉しそうな表情が消えて情けない声を出し始めたルーイ王子は、どうやらすっかりリラの尻に敷かれているようだ。
最近のルーベンスはクリスティーナ嬢に転がされているし、俺は俺で妻に頭が上がらない。
まぁそれで良いと思えるようになったのだから……
「お前達は私のようになるな……」
そんな俺たちを見ながら、陛下の口からポソリとでた言葉を胸に刻み込んだ。