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第五十一話『王に相応しいのは』ヴァージル視点


 大陸の果て、四方を海に囲まれた島々からなるヒス国の第八王子ヴァージル・ヒスとして私は生を受けた。

 

 私の祖母は今はなきグランテ王国から亡命した王女だったらしい。


 ヒス国は力ある貴族達が複数の妻を娶る一夫多妻制の国で、祖母は亡命した際にヒス国の島の一つハッピリウス島の島長(しまおさ)、ラムス・ハッピリウスの第四夫人として娶られた。


 娘を今のヒス国王のイオラニ王のハレム……配偶者の一人として差し出しておりそれが私の母親だ。


 第八王子など王位にかすりすらしない。


 既に第一王子や第二王子など優秀な、強力な後ろ盾を有する王子が山程いるのだから。


 突然ヒス国王の命令で直系王族の王子達とその筆頭後援者となる母親の生家が王宮の大会議室に集められた。


「陛下から呼び出しとは一体何事か」


「陛下の気まぐれだろうが、あまり良い予感はしないな……」


 部屋の最奥にある玉座にはまだイオラニ陛下は来ていない。


 第一王子と第二王子が話しているのを聞きながら、第三王子以下は自分で椅子に座れるものは自分で、座っていられない幼い王子に関しては代理で後見人が座っている。 


「国王陛下がいらっしゃいました」


 陛下の側近が告げると皆その場に立ち上がり入り口へ向けて頭を下げる。


 国王陛下の側近が扉を開けると、壮年の男性が入室してくる。


 海の神の祝福を受けた褐色の肌と荒波をもろともしないだろう逞しい体躯は胸元が曝け出されるゆったりとした羽織りの衣装を身にまとう。


 一見無骨にも見える装飾品を身につければ、国王よりも蛮族、または海賊にすら見えそうだなどと口に出したなら、いくら子供とはいえ私は真っ先にこの世から消えて無くなることだろう。 


 自分の小さな手は褐色どころか祖母に似て白色に近い。


 褐色の肌が海の神の寵愛の証だと信じられているこの国で私は完全に異端の子だった。


 兄弟たちと共に身体を鍛えても、筋肉がつきづらく長時間炎天下の元にいるだけで皮膚が赤く爛れることもあった。


 気がつけば第九王子以下の王子に身体の大きさで負けてしまうこともしばしばだった。


 必然的に虐げられる対象になる事も……


 ドサリと音がした事で今の自分が置かれている状況を思い出してまだ皆が頭を下げたままであることに気が付きホッとする。


「おもてを上げて、座れ」


 陛下の号令に皆が着席し終わるのを確認して陛下が口を開いた。


「今日呼び出したのは領土拡大の件についてだ」


 領土拡大はヒス国に取って悲願と言っても過言ではない。


 海の神の恵みによって海産物は多く取れるが、塩害が酷く野菜や穀物などはほぼ大陸からの輸入に頼らざるを得ないのが実情だ。


「ヒス国は島国の集まりだが、やはり大陸に食糧庫となる領土が欲しい、そこで……だ。 お前ら略奪してこい、方法は問わないし他の王子と協力しても構わない。 取得した土地は直轄領にしてやろう」


 その言葉に第三王子以下がどよめいた。


 それもそのはず、世継ぎとスペアの第二王子以下の王子が生きていく為には臣下に下り王の為に働きながら一生過ごすくらいなものだ。


 限りあるこの島国で既に強力な島長達が治めている島々に領土など望めるはずもなく、それぞれの島長の座は島長の嫡子が継承するため、婿入りなども難しい。  


「一番功績を多く残したものにこの王座くれてやる」


 ニヤニヤと人が悪い笑みを浮かべながら背もたれにもたれ掛かり、長い脚を見せびらかすように組む王の姿に嫌気がさす。


 その逞しい体躯と雄々しい顔立ちも相まって民には海神の寵児だの愛し子だのと持て囃されているこの王は、忠臣たちが必死に隠しているが性格と性根の悪さは城で働く者たちにとって周知の事実だ。


 今も臣下や王子達、その後見人である島長達の反応を楽しんでいるのだから困ったものだ。


 側近たちの青ざめたような反応をみればこれが国王の思いつきによる単独行動であることは明白だ。


「陛下!? 我が国は長子継承の伝統が有ります!」

 

 そう椅子から立ち上がって声を荒らげたのは第一王子だ。 


「それがどうした? 長子なんだから第二王子以下の王子たちよりも優位に立てるのは明白だろう?」


「それはそうですが……」


「ハッ! なら何が問題なのだ? それとも何か? お前はこの圧倒的に有利な条件にも関わらず、次期国王となるだけの素質を示すことができない無能なのか?」


 第一王子をあざ笑うように鼻で笑う国王に唇を噛み締めながら第一王子が乱暴に椅子に座る。


 確かにこの第一王子は良く言えば平凡なのだ。


 私の目から見て一番優秀で油断ができない相手は第三王子であるファオーン王子だ。


 国王の寵姫であるビシェット妃の産んだ王子で、権謀術策なんて彼にとって息をするのと同じくらい当たり前だろう。


 今も慌てふためく他の王子たちの様子を落ち着いて観察している……いやもしかしたら国王のこの発言すらファオーン第三王子の手のひらの上か。


 国王陛下はそれだけ告げるとすぐさま要は済んだとばかりに退室して行き、続いてて苛立ちを隠しもしない第一、第二王子があとに続く。


 彼らは直ぐに最も近いゾライヤ帝国の領土を得るために動くだろう、もともと搦め手よりも武勇を誇ることを好む王子達だから……問題があるとすれば未だにニコニコと動かないファオーン第三王子だ。


「ヴァージル殿下、戻られますか?」


 母の生家が送ってよこした従者が声をかけてくる。


 このヒス国の最南の諸島群に住む人種特有の茶色い肌と黄金の瞳を持つ黒髪の少年二人兄弟で、ラムス・ハッピリウス島長がわたしの護衛にする為に買い取った者達だ。


 茶色い肌は海神の加護の深さに比例すると言われているヒス国内においても、彼らの肌の色は焦げ茶色と言っても過言ではない。


 月明かりがあってもなお闇に紛れる彼らは、その強靭さと武勇からヒス国王家に高額で取引される。


 幼少期からヒス国の王族を守るために武術や暗殺術などに精通したシャムス族と呼ばれる彼の種族は一定の年齢に達すると武者修行の為島から出され王族の護衛兼従者となるのだ。 


 しかし実際には生家の支援を貰い我が子を守るために各妃が購入している。


 彼らは怪我をして役目をこなせなくなるか、体力の衰え始める二十代後半位には任期を終えて妻帯し子供を作るために島へと返さねばならない。


 彼らの平均寿命はなぜか大陸人よりも短い。


 十二歳を迎える頃には大人と大差ない程に成長し、四十歳を過ぎれば急速に老化する。


 貴重な若い時代を莫大な退職金と引き換えにして彼らは自らの力をヒス国王家へと提供していた。


 私の元に来たのはシャムス族のパキトとバトラと言う双子だった。


 双太陽神教は双子の神を祀る関係上双子は吉兆とされているが、海神を祀るヒス国では双子は凶事の前触れとされることが多い。


 しかし双子は互いに共鳴するため無理に引き離したり殺してしまえば災いは強くなり海神を怒らせる事になる。


 赤潮や大時化(おおしけ)等で海が荒れ狂うと信じられているのだ。


 そんな事情からこの双子を、同世代のシャムス族の中でも頭一つ抜ける程の実力者であるにも関わらず、他の王族は双子の主として声を上げはしなかった。


 そう、双子を吉兆とする私の祖母以外は……


「そうだね、戻ろうか」 


 パキトとバトラを引き連れて席を立とうとした私ににこやかに近づいてきたファオーン第三王子は今考えても利口だったと言わざるを得ない。


 私を含め自分よりも歳の若い王子とその後見人人をあっという間に自分の下に引き込んだのだから。


 第一王子、第二王子がゾライヤ帝国に正面から挑んでいる裏側でファオーン第三王子は水面下で各国に人を次々と送り込んだ。


「ヴァージル、ローズウェル王国にグランテ王国を再興出来れば君が好きなお祖母様の祖国を取り戻せるんじゃないか?」


 私の持つ色彩に故郷を、グランテ王家の家族を思い出して可愛がってくれる祖母の悲しげな寂しそうな姿を思い出す。

 

「グランテ王家を再建できればお祖母様に喜んでいただけるでしょうか?」


「あぁきっと……」


 こんなやり取りをした数カ月後、私はローズウェル王国の、祖母がヒス国へ亡命した際に最後の最後まで祖母を庇った旧グランテ王派のグラスティア侯爵家へ養子として赴いた。


 グラスティア侯爵は反逆がなければ祖母の伴侶となり王配としてグランテ王国の頂点に君臨していたはずだった。


 正当な後継者であった筈の自分の血族が逆族ローズウェル王国を倒してグランテ王国の王になる事を悲願にしている。


 王位と言う甘美な毒に苛まれた幽鬼のような哀れな老人。


 彼は内側からローズウェル王国に亀裂を作り、グランテ王家を再建する為に……侯爵は進んで私に力を貸してくれた。


 そんなグラスティア侯爵の力を借りて世継ぎと呼ばれる第三王子の側近候補になり王子を無能に育て上げた。

 

 ゾライヤ帝国の後継者争いへの介入も、ゾライヤ帝国とフレアルージュ王国の戦争も、双方の後継ぎにヒス国の花嫁を嫁がせる計画も……


 第四から第七王子が動いていたはずなのに忌々しい事にどうやら失敗したらしい。


 フレアルージュ王国の王位後継者は他の王子が放った刺客によって死に、気が弱く傀儡の王にするのに都合が良いロキシアン王子が帰国した際に、奴が気に入っていたマリアンヌを確保した。


 ロキシアン王子の為だと唆せば面白いほど良く踊る。


 ある日はルーベンスに取り入るようにマリアンヌを誘導し、また違う日にはクリスティーナがマリアンヌを虐めているかのようにルーベンスへと嘘を吹き込む。


 クリスティーナが内緒で世話をしていた野良猫を狩り、マリアンヌの私物入れへ入れた時は大騒ぎだった。


「もし私に何かあればマリアンヌを守ってくれ」


 それを私に頼む時点で間違っているのだと目の前のルーベンスはいつ気が付くのだろうか。 


 公衆の面前でクリスティーナへ婚約破棄を突きつけたルーベンスの間抜けっぷりに笑いを堪えるのに必死だった。


 途中でダスティア公爵令嬢の豚姫にクリスティーナをさらわれたが、これでルーベンスは終わりだ。


 宝物庫から既にグランテ王家の宝物は運び出しが済んでいるし、引き渡されたバトラがヒス国へと運んでいる。


 ルーベンスが国王の命令で辺境へ追い出され、同時に国宝の持ち出しについて発覚してしまったが、必要な装飾品を運び出し終えた時点で、実行犯は既に始末してある。


 あとは金に目がくらんだ宝物庫の管理をしている貴族に全て罪を被せるだけだ。


 その為にやつの娘に匿名で盗品を送りつけておいたのだから。


 あとはマリアンヌを利用しロキシアン王子を脅迫しフレアルージュ王国をヒス国の属国にして国の中枢にファオーン王子の息がかかった王女を輿入れし、ヒス国の王族の血が入った王子か王女を産ませればいい。


 なに残っている正当な王族など他にいないのだから後継者さえ出来ればロキシアン王子もろともマリアンヌなど消せばいいのだから。


 しかしどうやらあの女、こちらの思惑に気が付いたようでパキトとバトラと連絡を取るために数日王立学院から、グラスティア侯爵家へ帰省したすきを狙って最低限度の荷物と共に姿を消した。


「イザーク、なぜマリアンヌを逃した? 私はマリアンヌから目を話すなといったはずだよな?」

  

「すっ、すまない」 


 オロオロと視線を彷徨わせる目の前の図体と剣術しか取り柄がない男を見上げる。


「マリアンヌが体調が悪いといって女子寮に籠もってしまったんだ、女子寮は男子禁制だからついていくことも出来ない……だろう? 仕方なかったんだよ」 


 女の足で、貴族として持ち合わせるべき常識すら持ち合わせていない世間知らずのマリアンヌが、その身一つで生きていけるほど甘くはない。


「まぁ良いでしょう、少し計画は狂いますが、マリアンヌ一人いなくなったところで計画に変更はありません」


 そう……今思えばマリアンヌ失踪からすべてが狂いだした。


 いや……違うな、クリスティーナとルーベンスの婚約破棄にしゃしゃり出てきたダスティア公爵令嬢にクリスティーナを拐われたときからだ。


 目の前にある玉座をひと撫でする。


 ローズウェル王国を滅亡させてグランテ王家を復興する夢が、目の前にある玉座だと言うのになぜこうも苛つくのだろう。


「ヴァージル殿下、いえ……ヴァージル陛下に我ら臣民変わらぬ忠誠を」

 

「変わらぬ忠誠を!」


 目の前にいるこの貴族達は今の状況を本当に理解できていないのだろうか?


 本来の計画であればフレアルージュ王国は既にヒス国の傀儡となっていた筈だし、ゾライヤ帝国も、アルファド・ゾライヤでは無く、頭の弱いイーサン・ゾライヤを帝位につけて、女と酒を餌に飼い慣らしヒス国の傀儡の王にできているはずだったのだ。


 その状況であればこの叛乱もうまく行っただろうが、後ろ盾となっていたファオーン第三王子が追い詰められた第一王子の手によって殺され、フレアルージュ王国とゾライヤ帝国で活動していた王子たちも生死がわからないいま、私達に勝ち目はない。


 他の王子達との連携はパキトとバトラ意外には処刑されたグラスティア侯爵が知っているだけだったが、ゾライヤ帝国攻略をしていた兄王子の指示で国内での王位継承に失敗したゾライヤ帝国のイーサン王子を匿った事で知能は低いが使い勝手の良かったイザークも主犯のひとりとして処刑されてしまった。


 この大処刑が無ければローズウェル王国単体だけであれば……あるいは国取りも可能だったかもしれない。


 目障りなジェフロワ・フリエル公爵を排除した代償としてはあまりにも主戦力を失い過ぎた。


 動き出してしまった歯車はもう止められずに暴走したローズウェル王国内に燻ぶっていたグランテ王家の甘露を忘れられない亡霊達によって強行された。


 まぁ、今更ヒス国に戻ったところで居場所などないし……先の叛乱の最中にグランテ王国をお返ししたかった祖母はなくなってしまった。


 美辞麗句を並べ立てる貴族達の言葉を聞き流しながら傍らに立つパキトを横目で見る。


「パキト……」

 

「はっ!」


「お前はバトラと共に故郷(シャムス島)へ戻っていいんだぞ? わざわざ沈むのが確定している船に乗る必要はない」


「残念ながら私もバトラも故郷だと思っている場所はございませんので、バトラと共にヴァージ様にこの命を捧げた身、ご不要でしたら仰っていただければ直ぐにこの首掻き切りましょう」  


「はぁ……この頑固者め、全くお前らは困った従者だよ」


「えぇ、主従は似ると申しますから主が頑固ですと付き従う我々も似たのでしょう」


 真顔で言ってのけるパキトにここにいないバトラを思い出す。


 バトラが無口な分行動で示し、パキトは主相手であってもこうして減らず口を叩く。


 城へ立て籠っていられるのも時間の問題だろう事は激しくなった鬨の声と城内あちらこちらから聞こえる剣戟の音、そして投石でも受けているのか足元に響く振動と破砕音から伝わって来る。


 それまで我々の時代が来たと騒いでいた貴族達も、城外から聞こえてくる音の変化に気が付いたようで今度は一体どうなっているのだ!私は関係ない!と騒ぎ出す始末だ。


「ふふっ……軽い忠誠だな」


 ざわめきが近づき、扉の外側を守っていた味方の兵士が開いた扉から中へと転がり込んでくる。


 赤と黒を纏った死神を連れて……

 

「……レブラン……」 


「ようこそカイザー殿下」




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