第四十九話『痴れ者が恥を知れ』ルーイ視点
俺の名前はルーイ・ローズウェル、はっきり言ってローズウェルなんて家名は俺にとって災いでしかない。
ダラス・クォーラン侯爵に母親だと言うシャイアン王妃と引き合わされた。
しかしどうやら味方に裏切られたらしく、発狂した末に気絶したようだ。
半ば引きずられるように長々と歩かされて階段を登らされる時には段差がわからずに足取られて転び、舌打ちされながら蹴りを入れられたりしながら最終的には何処かの部屋に王妃と共に入れられた。
「セオドアさま」
俺たちを監禁したあと、シャイアン王妃は意識を取り戻したものの何かがおかしい。
「俺はセオドアさまじゃない! 離してください」
甘えるような舌足らずで男性の名前を呼びながら身体に触れてくる手を叩き落とす。
そんなやり取りをもう何日繰り返しているだろ。
城の外側では誰かが城攻めを敢行しているようで、随分と物々しい雰囲気が孤立したこの部屋にも届くほどだ。
「セオドアさま」
今日も飽きずにそう呼びながら擦りついてくる王妃殿下を振り払うことは辞めた。
何度振り払ってもまた縋り付いて離れないのだから相手をするだけ体力の無駄だ。
ときおり苦しそうに呻く声がするけれど、医師を呼ぶことも出来ず背中らしい所を撫でてやることくらいしかできないのが口惜しい。
先程から城の様子が変わった。
何度も不定期な振動が部屋まで伝わって来るし金属が打つかるような音とあちらこちらから鬨の声がきこえてくるのだ。
「お待ち下さい! こちらのお部屋はヴァージル様より立ち入りを制限されております」
「うるさい、わしはそのヴァージル様より次期宰相の地位をお約束いただいているのだ! 早くこの扉を開けろ!」
見張りを倒したのかくぐもったうめき声がして乱暴に扉が開かれたのか、蝶番が不愉快な音をかなでている。
「おぉ、目覚めているではないか」
見えなくても分かる、この何度聞いても不愉快な声はクォーラン侯爵の声だ。
ドスドスと足音を立てながらこちらへやって来る鼻息が荒いのはここまで長い階段を登ってきたからだろうか。
突然部屋へ入ってきたクォーラン侯爵から逃れようとするようにシャイアン王妃は俺の背後に回り込み衣服の背面側をしっかりと掴みガタガタと恐怖に震えているようだ。
「さぁ我が愛しき方よ、共に参りましょう?」
猫なで声を出しながらクォーラン侯爵が俺の背中からシャイアン王妃を引き摺り出そうとしているのだろう、俺の服はシャイアン王妃に掴まれたままで、そのまま抵抗するようにシャイアン王妃が必死で暴れる。
「きゃぁぁあ、いやぁぁあ!」
「くそっ、そのように取り乱すなど貴女らしくありませんね」
「女性にそのような態度で接するなど紳士ですらありませんね」
シャイアン王妃を庇うように声のする方へ手を伸ばして、シャイアン王妃の身体を引っ張る。
「ちっ、出来損ないの王子が偉そうに!」
それでもシャイアン王妃を引きずり出そうとするクォーラン侯爵の手にシャイアン王妃がなにかしたのかクォーラン侯爵が舌打ちして見せる。
「あー忌々しい、時間がないと言うのに!」
クォーラン侯爵が腹立たしげに告げた次の瞬間腹部に強烈な痛みが走った。
多分蹴りを入れられたのだと思う。
反射的に腹部を庇うように前傾姿勢を取れば、俺の後ろにいたシャイアン王妃がまるで俺を庇うように覆いかぶさった。
「おーおー、美しき親子の情とでも言うべきでしょうか」
目の前の獲物をあざ笑う様にシャイアン王妃の頭が引っ張られるような動きをしたあとに苦痛を噛みしめるような声を上げる。
「さぁ、行きますよ。 全く第二王子めどんな手を使ったのか忌々しい、貴女は私の戦利品なのだからさっさと動きなさい」
戦利品? 何を言っているんだこのオヤジは?
「全く、ヴァージル様の誘いに乗ったばかりにとんだ貧乏くじを引いてしまった」
貧乏くじ? 自分で選んだ結果がこのザマだろう?
「いい加減素直に立たないかこの奴隷が!」
ブチッと俺の中で何かが切れるような音が聞こえた気がする。
「……ふ……」
「なんだ?」
「ふざけんなぁぁあ!」
自分が四つん這いになっているせいで手元にある絨毯を力いっぱい自分の方に引き寄せる。
元々の絨毯の重さに加え、簡易的な椅子と机、そこに三人分の体重が掛かっているのでそう簡単には動かないはずだが、幸い椅子も机も俺の背後にある。
入口付近から動いていないこの男一人くらいなら非力な俺でもなんとかひっぱれる。
「うわっ!」
案の定シャイアン王妃の髪? を引っ張っていたらしく足元を絨毯にさらわれて後ろへひっくり返った。
痛みにシャイアン王妃が悲鳴を上げてブチブチと何かが切れるような音が聞こえたが、多分髪の毛が切れたのだろう。
勢いよくひっくり返ったからか痛みに呻き直ぐには動くことが出来ないであろうクォーラン侯爵が居る筈の場所へ後ろに三歩歩いた場所にあるだろう椅子を手に取って叩きつける。
ただひたすらに振り降ろし続ける。
「ルーイ様ぁぁあ! どございるだぁああ! 返事してくんろぉぉお!」
喧騒に混じって微かに聞こえた声に、ビクリと身体が反応する。
いや、ここに愛しいリラが居るはずがない……彼女は王太后の住む屋敷に居るはずなのだから
幻聴まで聞こえるほどに俺はリラを求めているのだと理解した。
「リ……ラ……?」
振り下ろした椅子が肉にめり込むような感触が、生々しく伝わって来る。
部屋に充満する鉄の……血の匂いと手に残る感触に不意に吐き気がこみ上げる。
「ルーイ様ぁぁあ! どございるだぁああ! 返事してくんろぉぉお!」
聞き間違いじゃない、彼女が、リラが居る!
少しでも明るい方へと進み、手に持っていた椅子を明かるい方へと投げつけると、バリンとガラスの割れる音が聞こえたあと、上空の寒気が部屋へと吹き込んでくる。
「リラぁぁあ!」
人生でこれほど大きな声を出したことがあっただろうか。
普通なら聞こえないかもしれない……それでも……
「ルーイさまぁぁあ、今から助けに行くから、待っててくんろぉぉお!」
俺の女神は聞き分けてくれるんだよな……
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