第四十五話『えっ、もしかしてやらかしました?』
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視線の先にあったのは石壁に立てかけられている一本のデッキブラシだった。
地下の牢屋の床は壁と同様に大小様々な石が敷き詰められており、汚れがひどい場合には水を撒いてブラシでガシガシ擦り洗い、また水で流すのが普通なので、ここに立て掛けてあったのだろう。
カイの側から離れてブラシの柄を手に取れば、力を入れて擦るものなので想像していた以上に硬くしっかりと握りやすい太さだ。
よし、これなら使えそうかな?
「おーいリシャ、デッキブラシなんて持って来て掃除以外の何に使うんだよ、この格子かなり頑丈なのかびくともしないぞ?」
まぁそれはそうでしょうね金属だし、全体的に汚れで黒ずんで見える格子は手垢なのかはたまたなんの汚れなのか考えたく無いけれど、格子の上部にところどころ緑青が確認できる。
ちなみに緑青とは銅が酸化することで発生する青緑色の錆のことで、絵の具の材料にもなったりするあれです。
そう、緑青があるということはこの格子、何を混ぜてあるかにもよるけれど、基本となる金属は銅!
鉄格子では刃が立たないけれど、銅ならなんとかこの状況、打破できるかもしれない。
「父様、スカーフタイを貸してください」
牢屋の中の父様に手を伸ばせば、シュルリと首元から引き抜いて渡してくれる。
格子は天井から床までの一本ものが等間隔で並んでいる、二本も外せばよっぽど腹部がせり出していない限り横向けでなら牢の外側へ出られると思うんだよね。
「何に使うんだい?」
不思議そうに首を傾げる父様達の目の前で、スカーフタイをねじねじとねじり格子を二本巻き込んで環になるようにして固結びにする。
そしてその環の内側に先程持ってきたデッキブラシの柄を通して布を巻き込んで捻っていく。
どんどんと柄を回転させていくと布にたるみが無くなって簡単に回っていた柄が回らなくなった。
「ふんっ!!」
気合いを入れて、一思いに力を加えて回せば強い抵抗を感じたあとでボキンと折れた。
「なっ!?」
抵抗がなくなり手から滑ったデッキブラシが格子にぶつかり布ごと床へ落ちる。
「やった!成功した!」
成功した嬉しさにその場でぴょんぴょん飛び跳ねる。
へー、意外と成功するもんなんだね。
題名は思い出せないけれど、タイムスリップしたヒロインが牢屋から脱出するためにしていた事を真似してみたけれど、上手く行ってよかった。
「リシャ?」
「うひゃい!?」
肩に手が置かれて冷ややかな声でカイに名前を呼ばれて先程とは違った意味で体が跳ねる。
あっ、あれ? 微笑みを浮かべて入るけど、発してる気配が不穏だぞ。
機嫌が悪いカイから助けを求めるように父様に視線を送れば父様が右手で頭を抑えている。
やばい、これはなんかやらかした時の反応だ。
「陛下、ここにいる皆に箝口令をお願いいたします」
「あぁ、皆今見たことは口外を一切禁止する、 とりあえず今は脱出を優先し格子の破壊を許可する」
とりあえず今すぐに怒られることはなさそうで安心しつつ、切断した部分に騎士たちが数人がかりで体重をかけて力ずくで捻じ曲げている。
その間にも私のやり方を真似したルーベンスとフォルファーが他の牢屋の破壊に乗り出しているがさすが男手、格子に布を巻くまでは一緒だけれど、棒を挿してから二人がかりで棒を回してバキンバキンと折っている。
そうこうしているうちに脱出を果たした父様と陛下と同じ牢屋へ入れられていた騎士達が通路側へ出て来たため、私は年甲斐もなくすぐに父様の首に飛びついた。
「父様!」
何日かお風呂に入っていないのか、汗臭いけれどそれがどうした。
父様が生きていてまたこうして抱きしめてくれている……それ以外に何が大切だと言うのだろう。
ボタボタと我慢していた涙が、瞳から溢れて止まらない。
妊娠してからと言うものどうにも感情のコントロールが上手く行かないのが問題なのよね。
「心配掛けて済まなかったな」
そう言って頭を撫でてくれる大きな手に自ら強請るように頭を傾ける。
「本当ですよ、無事で良かったです! 孫を抱かせてあげられなくなるんじゃないかって気が気じゃなかったんですよ?」
そう言えば、父様の後ろからそれまで脱出を果たした騎士達をルーベンス達の応援に向かわせたセオドア陛下がこちらへとやってくる。
「まっ、孫? 今リシャーナ妃は孫を授かったと?」
「はい、陛下」
父様に放してもらいお返事をすれば、事実なのかと確認するようにカイヘ視線を流し、カイが頷くのを確認して嬉しそうな顔をしたあと、直ぐに苦しそうな……辛そうな表情に変化する。
「そうか……」
短い返事だったけれど、今は他にやらなければならない事が山積している。
こうしている間にも次々と開放された使用人たちが歓声を上げている。
「ロベルト、ルーベンス、私はこれから救出した騎士達を連れてソレイユの援護に向かう、リシャを頼んでいいだろうか?」
この後におよんでまだ置いていくつもりなのかと恨めしく思いつつも、口黙った。
「はい殿下、言われずとも妃殿下は私が命に変えてもお守りいたします、愚息をよろしくお願いいたします」
ここまでは我儘を言って付いてきたけれど、身重の私を連れて動けばそれだけ後手に回らざるをえない。
「カイザー殿下、ご武運をお祈りいたします」
そう、行くなと……危ないところに行かないでと引き止めることはもうできない。
ローズウェル王国の王城に帰還を果たした今、カイは……カイザー殿下はこの国の王位継承順位第一位、ローズウェル王国の王太子なのだから。
ニッコリと笑って送り出さなきゃいけないのよ、王となり民を守る彼を支えるのが王太子妃の仕事。
陛下の護衛として数名を残してフォルファーを伴って開放された騎士達を引き連れて地下牢を飛び出していくカイ達を見送る。
ポンポンと頭を優しく叩かれ顔を向ければ父様が微笑んでくれる。
「よく我慢したな、偉い偉い」
そう言いながら、まるで幼子を褒めるように言う父様には私の不安などお見通しだったのだろう。
「案ずるな、これしきの事でやられるような男に愛娘を泣く泣く嫁にやったと思うか?」
「そうですね、父様や兄様達を退けたカイザー殿下ですもの、きっと大丈夫です! さあ父様、騎士以外の使用人達を逃しましょう!」
こんな所でいちいち立ち止まってはいられない。
「それでこそ私の自慢の娘だ」
さあ、陛下や置いていかれたルーベンスと一緒に地上へ向かうわよ!