第三十九話『いや、他にもいますから』ロベルト視点
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国王執務室の外で上がった悲鳴と喧騒に私ロベルト・ダスティアは深く深くため息を吐き出した。
予見できていた事態だとしても、出来れば避けたかった。
ローズウェル王国の宰相なんて面倒な仕事、誰が喜んで引き受けるものか、まぁダスティア公爵家の当主と宰相の業務の兼用それが先代国王陛下から指定された平民出身の亡き妻のアリーサを公爵夫人にするための代償だったのだから悔いなどまったくないがな。
妻との間に可愛い我が子を四人も授かることが出来たからこそ、妻の後を追って双太陽神の身元へ行く事なくこの世に留まっているようなものだからな。
出来る限り長生きして、アリーサへ孫や曾孫の話を沢山持っていくのが残された私の使命だと思う事にしている。
それまでは絶対に死ぬなと、死んだら双太陽神の身元に来ても叩き出すと死ぬ前にアリーサに念を押されたのもあるがな。
ちらりと右斜下に視線を向ければ、執務札に座ったままセオドア陛下が青い顔をして驚いている。
「陛下、謀反みたいですよ」
廊下では応戦しているのだろう、段々と声が近づいてきている。
執務室内部に通じる秘密通路も存在してはいたのだが、元々この城は旧グランテ王家が使用していた城を活用している。
つまり我々が知っていると言うことは、誰でも知っていると考えた方がいい。
利便性よりも秘密通路を利用されて暗殺などの危険性の方が遥かに高かったため、王族の居住範囲で我々が把握できる隠し通路に関しては、既に全て使用不可能になっている。
窓から逃げようにも避難用ロープはあれど、ここは3階、誤って落ちれば即死すらありえる高さだ。
そしてロープがあったところでここ何年もまともな鍛錬をしていない私がロープに捕まってこの身体を支えられるとも思えない。
ふむ、詰んだな……
「いやに落ち着きすぎてないか、ロベルト」
「私は何度も陛下に謀反の可能性について申し上げておりましたから」
そう、フリエル公爵家が謀反で取り潰しの処罰にされたのは記憶に新しい。
むしろ過激派が本格的に動き出した理由は、抑え役のフリエル公爵を失ったからと言っても過言ではない。
ローズウェル王国建国に貢献した功績で侯爵から陞爵したのがフリエル公爵家だ。
「私が生きている内はなんとか過激派を抑えよう、死んだあとは……好きにせい」
今代当主ジェフロワ・フリエル公は老年とは思えない鋭い目をする人物だった。
本来ならば老齢になる前に跡継ぎを教育し、引き継ぎと爵位を譲渡する。
しかし、爵位を譲渡するべき次期公爵とされていた私と同年代のご子息は不慮の事故で何年も前に亡くなっている。
私の長男ソルティスと同じ歳の幼い子供をひとり残して……
過激派に所属し進んで憎まれ役を買って出る自分の父親世代のフリエル公爵の行動は、知らない者には完全に戦争推進領土拡大を主張する過激派に映るだろう。
味方の我々すら不安になるほど自然に、彼等を纏め抑えていたフリエル公爵は、身柄を保護する為に公爵邸へ踏み込んだ時には既に何者かの手で暗殺されていた。
自殺に見せかけてあったが、あの爺が自殺などするわけがない。
あれ程の人物が自らの命を絶つなどあり得ない、むしろ死んでも殺しても生き返るのではないかと思うほどにしぶとい爺だ。
その爺が亡くなったと聞かされてどれほど驚愕したと思っているのか。
王城襲撃と第二王子暗殺事件の主だった加害者たちは判明している罪の重さによって主犯は死刑、または貴族としての地位の剥奪や降格処分等で一掃し、表向きは解決したように見せているが息を潜めて尻尾を出さず虎視眈々と牙を剥く時を見計らっている者も居るだろう。
もちろん今だに身柄を確保できていない男が二人いる。
ひとりはレブラン・グラスティア、そしてアルベリック・フリエル、フリエル公爵の孫息子だ。
とりあえず陛下の机から使えそうな文具類を物色し、衣服の中……特に下着の下へと仕舞い込む。
捕虜となれば没収されるだろう短剣などは予め見つけやすい様にして身に付ける。
悲鳴と怒号の後で開かれた扉から現れた人物と陛下の間に身体を割り込み、所持していた短剣を構えた。
正直言って執務漬けで運動不足も鍛錬不足もいいところ、こんな状況で陛下を守るどころか我が身すら守れるとは思えない。
「これはこれは陛下、ご機嫌麗しゅう」
貴族然と優雅に微笑みながら形だけは臣下の礼をして見せているが、返り血を浴びて血に染まる騎士服に身を包み、長剣から滴る雫が大理石の床に赤い水溜りを作る。
「レブラン……」
「無駄な抵抗はなさらないように」
バラバラと執務室に乗り込んでくる敵兵の数に私は持っていた短剣を見せ付けるようにして投げ捨てる。
「はぁ、諦めましょう陛下」
「ロベルト?」
「さぁ、捕虜二人を特別室へ連れて行け!」
案の定外套に隠した短剣やナイフなどは取り上げられたが、それで安心したのだろう。
下履きの中や下着までは確認されずに拘束される。
後ろ手に縄をかけられて連れて来られたのは以前ルーベンス殿下が拘束されていた貴族用の地下の牢屋とは違う、本当の意味での牢屋だった。
レブランは他にすることがあるのだろう、他の者に私達の投獄を指示したあとどこかへ行ってしまった。
城内になんの匂いなのか、普段あまり嗅いだことがない甘い香りが充満しており、目眩に襲われながらも頭を振り頭痛をやり過ごす。
目を細めて匂いの元を探せば、石壁に据え付けられた松明から香っているようだった。
あまり身体に良いものでは無さそうなので、なりべく匂いの薄い下方の風を吸い込む。
「陛下!? 閣下!? この逆賊ども、ふたりを放せ!」
「お二人に手を出すなど恥を知れ!」
少し離れた牢には既に何名もの人員がいるようで、格子に体当りするような音が聞こえている。
既に何名もの高官や、怪我をした騎士が詰め込まれた地下牢の一室にセオドア陛下と共に放り込まれた。
すぐに騎士達が駆け寄り床に倒れた陛下と私を助け起こす。
「おい! シャイアンは!? シャイアン王妃は無事なのか!」
鉄格子に縋り付きレブランの側に付き従っていた男にセオドア陛下が問いかける。
「ええ、かの方は我々の協力者ですからね」
「きょう……力者?」
「可哀想に自分の伴侶に裏切られ、愛息子にまで裏切られたシャイアン王妃陛下はさぞ現状に嘆き悲しまれておられましたから、我々の提案を快諾してくださいました」
シャイアン王妃は裏切った……か、裏切られたのかよほど衝撃だったのだろう、青ざめた顔で力なく石畳の床へ崩れ落ちた陛下の肩に右手を乗せて首を振る。
「大丈夫ですよ陛下」
「ロベルト……」
慰めの言葉を期待するように上目遣いをされてもなぁ……愛娘の上目遣いならいくらでも応えるが、いい歳したオヤジ相手じゃな……
「叛逆者とは言え彼らはシャイアン王妃陛下のお気持については間違ったことは言っていませんから」
「そこは少しくらい私を擁護してくれてもいいんじゃないか?」
「イヤですね、何でもかんでも味方して持ち上げてくれる太鼓持ちが必要なら他を当たってください」
そう突き放してやればわかりやすく落ち込んで見せる。
それから数日間は処刑などの変化はないようで定期的に運び込まれる顎が痛くなるような硬いパンと水の配給で飢えを凌いだ。
まだ捕虜に食事が出せる余裕があるのだろう、いや……断続的に聞こえてくる争う声からして籠城したレブラン達をうちの息子あたりが攻めているのかもしれない。
いざとなったら人質として矢面に立たせるために生かしておく必要がある、または内戦の責任を取らせる形で見せしめに処刑するために生かしているのか。
どちらにしても体力が落ちては逃げ出す機会が巡ってきた際に空腹で動けないのでは話にならない。
牢屋の隅に座り込みジメジメとまるでキノコでも生えてきそうな様子で自己嫌悪に陥っている陛下が少々鬱陶しいが、とりあえずその口にパンを詰め込む。
「私を殺すつもりかロベルト!」
と憤慨する元気があるので大丈夫だろう。
「ロベルト宰相」
牢屋の外から声をかけられそちらを見れば、不可解なものを見るような目でこちらを見ていた青年と目があった。
今日の配給であるパンを持ってきた若者のひとりだ。
ゾライヤ帝国の更に南、海に浮かぶ諸島群に住む人種特有の茶色い肌と黄金の瞳を持つ黒髪の偉丈夫だ。
ローズウェル王国の騎士達を遥かに凌ぐ逞しく引き締まった身体は、島と島をつなぐ海を縦横無尽に小舟で行き交う事で培われるという。
自らを海神の子と呼ぶ彼らは、双太陽神を信じていないのだ。
「なん……」
「これはこれはローズウェル王国の国王陛下、随分と素晴らしい私室ですな、双太陽神のお導きを歪めた大罪人にはよくお似合いで」
私の返答を遮るようにして牢へ現れたのは純白の大司教服にその酒樽のような身を包み、下卑た笑みを浮かべた男だった。
大きな腹を突き出し長く伸ばした白いひげを撫でながらこちらへやってくる。
双太陽神教会所属である証の双太陽神が彫られた首飾りを身に着けており、黒衣の神官服を纏う屈強な者達が剣を履いて背後に付き従っている。
「ヴゥラド大司教猊下、なぜこちらへ? ヴァージル様は戴冠式の準備を任せた筈ですが?」
「呪われし異教の徒が我が名を呼ぶな!」
そう叫ぶなりなにかが入った袋を金目の青年へと投げつけた。
あまり運動は得意ではないのだろう、ぽすりと小さな音を立てて床へと袋が落ちる。
衝撃で袋の紐が解けたのだろう、サラサラとした白い粉が汚れて黒ずんだ床にこぼれ落ちた。
「ふん! そなたに言われずとも準備は滞りなく進めておるわ! さっさとこの大罪人たちも聖香で浄めねばならぬ」
浄めが何を意味するのか、そして聖香とはシャイアン王妃陛下が好んで取寄せていた香の事だろうか。
「そこで床に這いつくばり、新たな王の……正しき王の誕生を讃えよ」
そう告げて高笑いをあげるヴゥラド大司教の姿を無表情で見つめる青年の様子が不気味だった。
「ちなみにあなた方が讃えよと言う正しき王とは?」
「叛逆者であった初代ローズウェル王国国王ドラク・ローズウェルによって滅ぼされた旧グランテ王国、その尊き血を引くヒス国王の第八王子ヴァージル・ヒス殿下です」
旧グランテ王国、それはローズウェル建国前にこの土地を治めていた王家だ。
グランテ王国国王セレドニオ・グランテの圧政に長年苦しめられていた国民を救いたいと王に進言し暗殺され掛けていたミルドレッド王女の命を救い、仲間を集めてグランテ王国を倒した初代ローズウェル王国国王ドラク・ローズウェルの英雄譚はこの国に住む者ならば小さい頃から聞かされ、勇者ドラクと魔王セレドニオごっことして木の棒で剣術の真似事で遊ぶのだ。
ミルドレッド王女はドラク・ローズウェルとマーシャル皇国へ亡命し、ナターシャ皇妃に保護され、ナターシャ皇妃の仲介でレイナス王国の国王シオル・レイナスとレイス王国のアールベルト・ウィル・レイス国王に同盟を持ち掛け四カ国不可侵条約を条件に協力をとりつけグランテ王国に圧政を強いていた国王セレドニオ・グランテを打倒したのだ。
その後ドラク・ローズウェル国王に即位し、ミルドレッド・グランテと婚姻した。
当時のレオ・ダスティア公爵に惚れ込み嫁入りしたのが今回リシャーナ達が向った大陸で唯一竜と言う生き物が棲む国レイナス王国の竜王シオル・レイナス王の長女アンドレア王女だった。
そう……先程から目の前でいかに双太陽神が偉大か、グランテ王国の血を引く者が正しき王だと主張しているが……
「うちの陛下もしっかりグランテ王国の血筋なんですがね」