二十八話『もうひとりの母親』
カイの背中に背負われながら寝入ってしまっていたらしく、気が付けば待機場所になっているらしい少し開けた野営用の開けた場所に出た。
辺りはすっかり夕日を浴びて、景色が赤色に染まっている。
寝起きのせいかまるで霞が掛かったように頭が働かない。
「リシャーナ様!?」
こちらへ泣きながら走ってくるクラリーサにただいまと告げたいけれど、だるくて身体が思い通りに動かない。
「早く馬車へ案内しろ!」
「こちらです!」
ずっと私を背負ってきて体力なんてとっくに限界を迎えている筈なのに、カイは案内された馬車を一段一段階段を登るとクラリーサの手を借りて私を急いで用意したらしい簡易ベッドへゆっくりと横たわらせた。
「くそっ、すごい熱だ……誰か水を!」
「はい、こちらを!」
馬車の外で待機していたフォルファーから水筒を受け取り、カイが意識が朦朧とした私の口許に押し付けてくる。
喉は渇いているけれど、唇が震えて上手く飲み込めない。
熱かぁ、熱なんて出したのいつ以来だろう。
昔からか弱いと言う単語とは縁がなかったけど流石にまだ冷たい川に落ちたから風邪を引いたかな?
もしくは落ちたときに怪我をしたところからバイ菌でもはいったかな。
「あまり飲ませたくはないが、このまま高熱が続けば母子ともに危ない」
カイの舌打ちを聞きながら、強い寒気に身体を丸める。
温かく柔らかな物が唇に重なり、水と一緒に物凄く苦いなにかが口のなかに入ってきて思わず顔をしかめる。
なんとか飲み込めたけれど、仮に気付けだとしても苦すぎでしょう。
「み……水っ!」
あまりの苦さに水を請求すれば、また唇を重ねられ水を与えられた。
すっかり乾いていた服は冷や汗で湿気り、狭い馬車の中でクラリーサとカイの手で清潔な寝間着へと交換されていく。
「リシャを頼む」
まるで壊れ物でも触るように温かくて大きくて少し硬い手のひらが私の頬へ触れたので、少しだけ力が抜けた。
我が身体ながらままならないや、これは本当に鍛え直さないとカイを守るどころじゃないぞ……
「そんなに眉間に皺をお寄せになっておられずに、今はしっかり御休みください」
「うん、ありがとうクラリーサ」
簡易ベッドの横に付き添ってくれるクラリーサと手を繋ぐ。
私の額に濡れた布巾を用意して水に触れていたからだろう、ひんやりと冷たいクラリーサの手が心地いい。
「あまりこの年寄りを心配させないでくださいまし、ほっ……本当に……ご無事で何よりでした」
ポタリポタリとクラリーサの瞳から涙が零れ落ちる。
おーいおいと号泣するクラリーサには昔からかなわない。
物心つく前の幼い頃に母を亡くした私にとってクラリーサは母親同然なのだ。
「心配かけてごめんなさい」
「本当ですよ、お嬢様はご自分の生家の庭ですらすぐに迷子になってしまわれて、他国で迷子になられては捜しようが御座いません!」
泣きながら説教を始めた乳母の姿に苦笑する。
「はーい、気を付けまーす」
「早く元気になってくださいませ、私はリシャーナ様のお子の世話役に立候補させていただきますから!」
持っていたハンカチで涙を拭い、鼻水を盛大にかむとクラリーサは決意を新たに力説している。
「ふふふっ、きっと男の子ならやんちゃだろうし、女の子ならお転婆だろうからよろしくね」
「あら、母君に似ればそれは間違いありませんね」
そんな会話をして笑い合う。
些細なことだけど、生きて戻れた事が嬉しい。
「さぁ、もう御休みください」
毛布をかけ直されて、素直に目を閉じた。