十九話『目覚めの時』side竜卵
狭く暗い鉄壁の要塞がボクの棲みかだ。
どんなに寝相が悪くても、何かにぶつかってもちょっと衝撃がくる位の安全な個室で微睡みと惰眠を貪る日々。
先に産まれた筈なのに、気が付けば後から産まれた兄弟達はせっかちな性格なのかさっさと『番』を見つけて外の世界へと飛び出していった。
兄のファングは産み落とされてから二日後に卵のまま巣から出奔して番を迎えに行ったらしく、現在は一生涯守り通し番を竜に孵すべく番の卵を溺愛しており実にうざいことこの上ない。
竜語で惚気話を延々と聞かされるこっちの身にもなれってんだ。
只でさえ子供を三頭も設けてもずーっと新婚ホヤホヤな両親にこっちはげんなりしてるんだっつうの。
つい数年前には仲間だと思っていた兄弟が番が産まれたと嬉しそうに飛び出していった。
裏切り者め。
番からロゼと言う名を貰ったらしく毎日番にじゃれついていて羨ま……ゲフンゲフン。
毎日毎日ゴロゴロして過ごす至福の日々……至福だと思い込まなければ番が現れない孤独に押し潰されそうになる。
外の世界は定期的に煩くなるのも鬱陶しい。
今はその煩くなる季節らしく、正直安眠の邪魔だった。
沢山の人間が自分こそがボクの番だと面会にくるがはっきり言って無駄でしかない。
番が産まれれば直ぐにわかるし、早ければ産み月が近づいて気配が強くなれば分かるんだから。
いつになったら現れんだよボクの番……
『俺の番が居ない!』
代わり映えしなかった日、竜語の咆哮がここまで響いてきた。
『煩いなぁ、大切な番の卵から目を放すか寝相が悪くて何処かに転がしたんじゃねぇの?』
安眠の邪魔をされて苛立ち紛れに卵が置かれている部屋の壁にぶち当たる。
『違う、何処だ。どこにいったんだ!?』
どったんばったん地響きを鳴らしながら探し回っているのだろう、しかも周りを確認しないで探し回っているせいで木でも薙ぎ倒したような音がする。
はぁ煩い……身体の位置を直すように卵の殻を転がした。
『……た……』
ぎゅっと目を瞑って寝直そうとしたボクの耳に微かに届いた竜語。
『お……あ……し……』
小さな小さな声は馬鹿ファングにはどどいていないのかもしれない。 しかしこんな小さな声で竜語を話す奴なんかいたか?
ファングの声を無視して小さな声に
耳をすませる。
『彼女を助けて、お願い……貴方の番が危ない』
その言葉にカッ!と目を見開いた。
番が産まれた気配はない。 この世に生まれ落ちれば気配で気がつく筈だから。
『死んでしまう……早く!』
焦燥感を滲ませる声にどこから聞こえてくるのか必死に気配を探ればそれほど距離が離れている訳ではなさそうだ。
声の主は気配からどうやらファングの番の卵らしい。
彼女の近くにいる人の気配は二つあり、意識を集中していく。
禍々しい気配のする方は番じゃない。
ならもう一人のほうか、卵を抱いた気配に意識を集中して……気が付けばボクは壁をぶち破り建物の外へと転がり出ていた。
こんなに速く卵姿で移動した事はない、でも本能が番のもとへとせき立てる。
卵液の中で重心をずらして速度をあげる。
もう一人の気配が番の気配に近づいていく。
『まずい! 近づいてんじゃねぇぞこら!』
番を守るために最高速度でそのまま禍々しい気配に突っ込んだ。
撥ね飛ばされて飛んでいった人間が地面に崩れ落ちたのを確認してもう一人の人間を確認する。
どうやら雌らしい。 こちらに意識を向けたくて卵の中で重心移動した跳び跳ねる。
『あんた大丈夫か?』
呆然とした雌に声を掛ければ目を見開いて、自分の抱えた卵と見比べている。
「あはっ、あはははっ、さすが異世界クオリティー……」
突然笑い出したと思ったらそう言って動かなくなりやがった。
『ちょっ、おい! 大丈夫か!?』
おろおろしていたら目の前の卵から声が聞こえてきた。
『大丈夫よ、貴方のお陰で助かったわありがとう』
抱える程の大きな卵から礼が告げられる。
『良いってことよ』
生前と変わらずどこかおっとりした様子に苦笑する。
どうやら竜に生まれ変わっても性格は変わらないらしい、きっとおっちょこちょいなファングの手綱をにぎってくれるだろう。
『ならよかった、あんたのお陰でボクは番を失わずにすんだ。 もう少しだけこの人間を見ていてもらって良いか? あんたの番を連れてくるから』
『ふふふっ、わかったわ。 お願いね』
暖かくなったとは言え、日が落ちれば気温が下がる。
我ら竜とは違って布を纏わねば自らの身を守れぬほどに人間と言う種族は脆弱で儚い生き物なのだ。
とりあえず雌をこのままにしていたら番の命に関わる。
人間を呼ぶにしてもボクは人間の言葉を理解しても話すことは出来ない。
それにまた卵捜しで右往左往しているバカファングのせいで人間達は混乱している。
ならその混乱の元を鎮めれば良いよな。
既に番を得るほどに成熟した竜相手に手加減など必要ない。
坂をものともせずに転がり上がり近くにファングの姿を見付けて、丁度よさそうな位置に有った岩を踏み台にして飛び出す。
ファングの顔を狙いたがったが流石に飛距離が足りないため、最近弛んだ腹部に殻ごとめり込んだ
『ぐぅおおぅ、なんだ!?』
『なんだじゃねぇよ、うるせぇ。 お前の番を保護したから暴れんのやめやがれ』
更に追撃を足のすねに加えれば、呻きながら地面に崩れ落ちた。
「ファング様が静まった……?」
恐る恐る様子を穿っていたらしい兵士の中に、番が纏っていた気配を感じとり距離を詰める。
「なっ、竜卵か!?」
驚く雄の前で数度跳ねて見せる。
少しだけ距離を離してまた跳ねる。
「もしかして……着いてこいと?」
「危険ですカイザー殿下!」
半信半疑で雄が足を踏み出したが、近くにいた他の雄に停められる。
「リシャがまだ見付からない。 この竜卵が呼んでいるんだ、もしかしたらこの竜卵はリシャの居場所を知っているかもしれない」
「しかしっ……」
「他国の王族に勝手に散策されたくないのなら勝手に着いてこい!」
そう宣言して走り出した雄を先導する。
『ファング、いつまで寝ているつもりだ、愛しい番を迎えに行かないのか?』
『行くに決まってんだろうが、この腹黒!』
『ヤンデレ竜の息子なんだ腹が黒いのなんか今に始まったことかよ』
兵士達と雄、ファングを引き連れて番の所へ戻る。
「リシャ!」
どうやら雌の姿を見付けたらしい雄が雌に駆け寄り抱き締める。
『待っていたわファング』
雌の腕から地面に降りていた竜卵が、傍らに眠る雌の側にファングが寄らないようにコロコロと転がっていった。
ファングは器用に卵を持ち上げると咆哮を上げてその巨大な翼で羽ばたき出した。
竜の羽ばたく風圧は凄まじく小石や砂を巻き上げて、人間達に吹き付ける。
「両殿下をお守りしろ!」
兵士達が砂塵から雌と雄を庇うために人壁になっている。
『番がもどって嬉しいのはわかったから早く巣へ戻れば』
『そうさせてもらう』
大人しく飛んでいったファングに人間達は状況が飲み込めないのか、互いに視線を合わせる。
「呼吸は大丈夫そうだが、怪我している」
ざっと雌の状態を確認して、大切そうに抱き上げた。
「誰か医師の手配を!」
「ハッ!」
次々と指示を飛ばしながら城へ向かう雄の隣を転がる。
「竜卵殿、妻をお助けくださり感謝いたします」
そのまま一緒に城へ向かうと雄はどこかの部屋のベッドへと雌を横たえる。
コロコロと転がって弾みをつけて雌の腹近くへ殻を寄せた。
番の気配を感じながら目を閉じる。
『働きすぎたな……お休みボクの番』
「はぁ、厄介なことになりそうだ……」
雄がなにか呟いたが人間の都合なんてボクには一切関係ない。
番こそがボクの生きる意味なのだから……