十八話『異世界クオリティ』
篝火が焚かれて夜の庭園を照らしているとはいえ、その範囲はごく限られた範囲だけだ。
不審者は人目を避けるように明かりが無い場所を選んで逃走しているようで、他国の庭園をドレスですり抜けていく。
正直言ってもはやどこをどのように走ってきたか記憶はさだかじゃないけれど、最悪迷子になってもカイが見つけ出してくれるだろうと言う謎の信頼感がある。
垣根と垣根の間をすり抜けた際にちょっとドレスを引っ掻けてしまったから後でクラリーサにこっぴどく説教されるだろうけれど、怒り狂ったドラゴンと比べたらどちらが怖いだろうか。
「待ちなさい!」
追跡に不利な姿ではあるものの、不審者は竜卵を抱えているためなかなか速度が上がらないためなんとか引き離されずに済んでいる。
どれくらい走っただろうか、美しく整備された庭園は次第に下り坂になってきており、気を抜けば斜面に足をとれ転倒しかねない。
その間にも背後からはバキバキズズンと木を倒したような音や地響きが断続的に続いていて、ファングが暴れているだろうことが想像できる。
「その卵返しなさーい!」
重心に気を付けながらも目についた石や枝、凶器になりそうなものを次から次へと盗人の背中に投げつける。
下手な鉄砲数打ちゃ当たるもんでそのうちの一つが運良く男の後頭部に直撃した。
「ぐっ……」
呻き声を上げて動きを止め、前傾姿勢で昏倒した男の腕から卵が転がり出ると、斜面を勢いよく転がり始める。
「えっ!? ヤバイ、待ちなさいよ卵!」
「ぐえっ」
重力に逆らうことなく次第に転がり続ける卵を追いかけて必死に走る。
途中ふんずけた男から蛙が潰れたような声が漏れていたけれど、追ってこられては困るので意図的に追撃を入れさせて頂きました。
しかしこんなに走ったのはゾライヤ帝国軍に拉致されて以来かもしれない。
尚も速度を上げて転がり続ける卵は一段低くなった地面に落ちると城の周りを囲むように建設された城壁にめり込むようにしてその動きを止めた。
ドレスが汚れるのも構わずに穴へ降りて、卵の無事を確認する。
勢い良く城壁へぶつかった割に丸い卵は特にひび割れたりしておらず、ほっと胸を撫で下ろした。
「よかった、卵は無事ね……」
あとはこの卵をファングへなんとか返さなければならない。
人間の赤子くらいの重さがある竜卵を両手で穴から押し上げ、わずかな凹凸に足をかけながらなんとか穴から這い上がる。
普通のご令嬢や淑女なら助けを待つところだろうが、卵はここまでまっすぐに転がって来たのだ、危険を置かしてまで犯行に及んだあの卵泥棒が素直に諦めるとは思えない。
それならば出来る限りはやくこの場所を離れるべきだろう。
ドレスのスカートの両端を結んで首に掛けるとカンガルーのポケットのよう袋が出来たためその中へ卵を入れる。
普通のご令嬢やら淑女がこの姿をみたら卒倒するかもしれないなと思いながら自分のじゃじゃ馬具合に自嘲する。
「さぁ卵ちゃんあなたの保護者のところへ帰りましょうか」
走りすぎてガクガクしている足を叱咤してその場をはなれるために歩き出す。
「全く他国に来てまで一体何をしているのかしらね」
ファングがいるだろう方角は土煙が上がっているため分かりやすいがそれを目印に進めば直ぐにあの男と鉢合わせするかもしれない。
壁沿いに斜面を下っていたら目の前を何かが通りすぎた。
「ふざけたことしてくれるじゃねぇか」
どろどろに汚れた黒ずくめの男がこちらへ向けて次々と石を投げつけてくる。
「きゃっ、なにするのよ!」
卵を守るように背中を向ければ投げつけられた石つぶてが腕や足、背中に当たり、痛みが走る。
そのうちの一つが左顳顬に当たると切れてしまったのかヌルリとした液体がポタリと腕の中の卵へ滴り落ちた。
「お前が先にしてきたことだろうがよっ!」
石を投げながら距離を詰めた男が私に向かって泥だらけの拳を振りかぶる。
殴られる! 衝撃に備えて卵を抱え込めば、振り下ろされた拳が触れるよりも先に男が何かに吹き飛ばされていた。
どれだけの速度に撥ね飛ばされたのだろう、わたしよりも遥かに立派な体格をしていた男は十メートル以上離れた場所にある木にぶつかり薙ぎ倒して、その体は宙を舞いべしゃりと地面に落ちた。
「ひぃっ!」
ちょっと待ったあれは生きているんだろうか、いやこの国の竜卵を盗もうとしたのだ、捕まれば極刑は間逃れないかもけど、あまりの事態に腰が抜けてしまった。
何はともあれ助かったのは事実だ、助けてくれたであろう恩人を探して、視界に飛び込んできた物に絶句する。
丸々とした艶やかな殻で覆われた曲線美それが自己主張するように地面からスーパーボールさながらに跳ね回る。
腕の中にある卵とは違うもうひとつの竜卵。
「あはっ、あはははっ、さすが異世界クオリティー……」
額からの出血のせいか竜卵を抱えたまま私の意識は暗転した。
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