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十七話『ファングの卵』

更新が遅くなり申し訳ありません。

 竜祭りが開催されている間、大小様々な社交イベントがレイナス王国の貴族達の主催で開かれている。


 他国からの賓客が多数集まる祭りの期間中、高位貴族達は自らの催しで権力や財力を見せ付けながら自分にとって有用な人脈を広げるべく趣向を凝らす。


 そして自分で豪華な催しを行えるだけの余裕が無いものは少しでも高い貴族の催しに呼ばれようと奮闘していたりする。


 しかし竜祭りの丁度真ん中、亡きシオル陛下の告別式が行われたと伝えられている本日は各々の催しは行われず、貴族や賓客が続々と王城へと足を運んでいた。


「すごい人数」


「そうだな、今日ばかりは王都に滞在中の国内外の貴族や王族がレイナス王家から舞踏会に招待されているからな」


 馬車が回遊できるようになっている広場には既に何台もの馬車が貴人達を送迎するために列をなしており、地位によって乗降場所が異なる。


 私達は一応他国の王族のため正門の目の前に馬車がゆっくりと停車した。


 馬車から先に降りたカイが差し出した手を借りて長いドレスの裾を踏みつけないように裾を軽く持ち上げてゆっくりと馬車のステップを降りると、カイの腕に手を添える。


「それではいってらっしゃいませ」


 ニコニコと笑顔のクラリーサとフォルファーに見送られてゆっくりと整備された石畳を進んでいく。


 舞踏会は人が多くなりすぎると言うことから、個人での従者の同行は原則的に認められていないらしく、代わりに他国からの賓客に対しては近衛騎士が護衛として同行するらしい。


 人の流れに乗って城内へ続く門を警備している騎士へ招待状を差し出す。


「お預かりいたします。 ローズウェル王国のカイザー殿下とリシャーナ妃殿下でございますね、控えの間にご案内致します」


 恭しく対応され、他の貴族達とは違った順路へと案内される。


 たどり着いた控えの間の入り口には警備と思わしき騎士が二人立っており、そのうちの一人が騎士の礼をとった。


「私は本日両殿下の護衛を勤めさせて頂きますグランド・グロースと申します。

 他国からお出でいただきました皆さまには会場の大階段からご紹介と共にご入場していただくことになります」  


 赤みを帯びた茶色い髪を短く揃えた青年騎士は淀みなくその屈強な身体を折り曲げる。


「グランド殿、よろしく頼む」


 カイがしっかりと挨拶を交わしたあとしばらくして案内役の騎士が控え室に迎えに来たためカイのエスコートで大階段のある廊下へとやって来た。


「ローズウェル王国王太子カイザー・ローズウェル殿下と王太子妃リシャーナ・ローズウェル妃殿下」


「呼ばれたな、行こうか」


「はい」


 ローズウェル王国の王太子妃として来ている手前、無様に階段で転ぶわけにはいかない。 


 深呼吸をして気を落ち着け姿勢を正すと余所行きの笑顔を張り付ける。


「ひきつってるぞ顔が」


「わかってるわよ、仕方ないでしょドレスで階段が見えないんだから、文句があるならドレスを貸しましょうか?」


「今さら借りなくても知ってるさ、誰かさんみたいに面倒がって階段の手刷りを滑り降りたりしないけどな」


 そう言えばカイは初めて私の生家であるダスティア公爵家に連れてこられた幼少期、違和感を感じさせる事なくドレスを着こなしていた事を思い出す。


「ふふふっ、そうだったわ。 すごい美少女だったもの」


 楽団によってクラシックの演奏に似た音楽が奏でられているため、二人にしか聞こえないように声を潜めながら軽口をたたき合い、真っ白に磨かれた美しい階段を一歩ずつ優雅に見えるように降りていく。

 

 ホールへ降り立ちドレスの裾を左手で少しだけ持ち上げて右手を胸元に当て軽く腰を落とせば一大ミッションクリアだ。


 カイの腕にまた手を添えて次の入場者の為に場所を開ける。


 よしっ、か・ん・ぺ・き!


「ふふっ、気を抜きすぎだよ、顔が緩んでる」


「そんなことありません」


 あわてて顔を引き締め、隣を歩く見上げるように睨めば、口元を微かに引き上げ正面を向く精悍な横顔が目にはいる。 


 まさか自分がカイの隣に立てることに喜びを感じるようになるとは思っても見なかった。


 細身に見えても彼の身体が鍛えられていることは日々の新婚生活でいやと言うほど実感しているし、カイの為ならば苦手な社交界だって彼の妃として恥ずかしくないように頑張れる。


 カイと共に歩むには背負わなければならない重責や義務、その他もろもろてんこ盛り。


 それでも彼に抱き締められて頭を撫でられ愛されれば頑張ろうと言う気力が沸いてくるのだから我ながらチョロインだなと認めるしかない。


 レイナス王国の国王夫妻は一番最後の入場になるため、私は然り気無くカイの腕に力を入れて、美しく飾り付けられた料理が集まっている方角へ、優雅に、エレガントに誘導していく。


「相変わらず変わらないな」


「美味しいものに罪はないのよ」


 私の目指す先を理解したのかカイのエスコートがそちらへ向かって進みだす。


 真っ白なレースのテーブルクロスを掛けた楕円形の長テーブルには銀食器や華やかな絵皿がたくさん並べられており、ビュッフェ形式で食事をいただける。


「うわ~、美味しそぅ」


 ついつい胸の前で両手を組み合わせ感嘆の声を上げる。


「ファーストダンスが終わるまではお預けだからな」


「わかってるわよそれくらい」  


 他愛ないやり取りをしている間にも賓客の入場は進んでいたようで、重厚なベルベット生地のマントを翻し国王夫妻が私たちの降りてきた階段から入場し王族席がある上座の高くなったスペースへと移動する。


「皆、双太陽神の導きによりこの場で得ることができた出逢いに感謝を捧げる。 今宵はともに竜祭りの宴を満喫して欲しい」


 レイナス王国の初代竜王シオル・レイナス王への讚美とレイナス王国を護る竜に感謝を捧げ夜会の開始が告げられる。


「さてそろそろ私たちも行こうか、踊って頂けますか我が姫」 


 美形なせいかキザったらしく私に手を差し出す姿は、悔しいが様になっている。


「勿論ですわ」


 レイナス王国の国王夫妻が躍り終われば次々と賓客として入場した招待客が踊り出す。 


 流れている曲はゆっくりとした速度の曲で、踊りやすい曲の一つだった。


 カイのリードで、踊り出せば軽やかに足が動き出す。


「またダンスの腕があがったの?」


「どうかな? 気のせいじゃないか?」


 流れるようにステップとターンをきめながら二人で舞踏会を満喫する。


 二曲続けて踊り終わる頃には額にうっすらと汗が浮かんでしまったけれど、カイは涼しい顔で私を見下ろしていた。


「くぬぬぅ……体力差が憎い」


「鍛え方が違うんだ」


 二人で腕を組ながらダンスホールから離れれば、ダンスの心地よい疲れとカイ過ごせるこの時間が幸せで自然と笑みが溢れる。


 しかし移動先を塞ぐように立つ二人の男女の姿を見つけ、急激に頭が冷えていく。


「ごきげんよう、カイザー殿下本日の御召し物も大変凛々しく麗しいですわ。 わたくし胸の高まりが収まりません」


 オフショルダーの身体の線を強調するような深紅のドレスを身に纏ったガブリエラ王女が甘えた声でカイにはなしかけている。


 こんにゃろう……私は無視ですか……そうですか。


 豊満な胸を強調するように両腕で挟みドレスから私にはない深い谷間が見えている。


 つい自分の胸元を確認してしまい神を恨みそうになったのは愛嬌で許されるだろうか。


 けしからん、全くもってけしからん!


 なぜ双太陽神はその質量の半分でもいいから私に双丘をお与えくださらなかったのか。


 ふと視線を上げればガブリエラ王女の半歩後ろに控えていた男性と目があった。

 

 蝋燭の光がプラチナの髪に煌めき、珍しい赤い瞳をした美青年が微笑みを浮かべながら優雅に頭を下げる。


「お初にお目にかかります。 セリオン・ヒースと申します」


「リシャーナ・ローズウェルですわヒース……確か侯爵家の方でしたかしら」 


「はい、ヒース侯爵家の嫡子です」


 ガブリエラ王女のエスコートを任せられているところから見ても高位貴族の者だろう。


「彼はわたくしの婚約者ですの」


 ズズイッと私とセリオン様の間に割り込むように出てきたガブリエラ王女の行動に、思わず一歩下がりかけて踏みとどまる。


「あらそうでしたの、ガブリエラ殿下ごきげんよう」


「うふふっ、美しいカイザー殿下に目を奪われご挨拶が遅れてしまい申し訳ありませんでしたわ」

 

 それって遠回しに私の容姿が普通だと言いたいんですかね。


「いえいえ、おきになさらずに、お痛わしいこと……こんなに近くにいらっしゃるのに見えないなんて大変ですね、一度お医者様に見ていただいた方がよろしいのではありませんか?」  

 

「おほほ、リシャーナ様のお顔は目に優しくていらっしゃるから」


 売り言葉に買い言葉、笑顔の下で青筋をたてながら朗らかに繰り広げられる嫌みの応酬に終止符を打ったのはガブリエラ王女だった。


「カイザー殿下、ぜひわたくしと一曲踊ってくださいませ! さぁさぁ参りましょう!」


「ちょっ……」


 カイの腕に自分の腕を絡ませて止める間もなく、またカイが断る暇もなくホールへと進みだし、自国の王女が出てきたためかホールで踊っていた貴族達がさがってしまった。


 衆人環視の中で断れば友好国であるレイナス王国の王女を軽視したと避難されかねない。


 あまりの早業に唖然として見送った私に、声をかけてきたのはセリオン様だった


「リシャーナ妃殿下、申し訳ありません。 本来ガブリエラ姫はこのような振る舞いをなさるかたではないのですが……」


 こちらも困惑したようすでガブリエラ王女の姿を見送っている。


「気にしておりませんわ、お気遣い頂きましてありがとうございます」


 内心はどうであれこれは外交、お仕事だから仕方ないとわかっている。


 わかっていても、ガブリエラ王女がカイの腕にまとわりつく姿にズキリズキリと胸に棘が刺さったように痛む。


 曲が変わりゆったりとしたスローテンポの曲が流れ始めれば、更に自分の中に醜い感情が広がっていく。


 どうしてよりにもよってこの曲なのだろう。  


 他にも沢山ダンスの曲はあるはずなに、私ですらカイと踊ったことがないのに、パートナーとの密着するように踊るこの曲なの?


 ぐるぐると締め付けられるようなじぶんでも分からない感情の渦に耐えるように無意識にギリリと握り混んだ手のひらに爪が食い込む。


 「ほぅ……美男美女お似合いね」


 「クスクス、ローズウェルの王太子妃殿下に聞こえてしまいますわ」


 いつもなら聞き流せるはずなのに、聞こえよがしにあちらこちらで交わされる囁き声が心に刺さった悪意の棘を逆撫でる。


「セリオン様、わたくし少し夜風に当たって参ります」


「ではお供を……」 


「結構です」


 ついてこようとしたセリオン様をすげなく断り、踵を返して歩きだす。


 みっともなく走ることは出来なくて優雅さを失わないようにしながら早足で向かった先は中庭におりることが出来るバルコニーだった。


 堪えても浮かびそうになる涙にとまどいながら篝火に照らし出された夜の庭園に飛び出せば、靴ごしでも地面と草の柔らかな感触が伝わってくる。


 涙が溢れ落ちないように上を向けば満天の星空が広がっていた。


「落ち着いたら戻らなくちゃね……」


 ポツリと呟いたひとりごとは誰にも聞き咎められることなく闇に溶ける。


 どうもレイナス王国に来てからと言うもの、情緒不安定になっているようで自分の感情をもて余す。


「はぁ……さて戻るかぁ」  


 暫くあてもなくふらふらとして気分を立て直していたらいつの間にかそれなりに深いところまでやって来てしまったらしい。


 後方を振り替えればかろうじて白亜の城が篝火に照らし出されていた。


 いくら方向音痴でも城が見えているのだから真っ直ぐに城を見ながら歩けばかえれるだろう。


 勝手に抜け出してきてしまったことでカイが心配しているかもしれないし、そろそろ戻ろうしたところで、背後でガサリと不審な音を耳が拾った。


「何の音?」


 振り返った視界に捉えたのは闇に紛れるためか黒い衣装に身を包み、目以外を全て同色で隠した人物が生け垣から飛び出してくる姿だった。


 丸い何かを抱えるように持って走る不審者は私の存在など無視するように時折後ろを振り返り余裕の無い様子でまるで何かから逃げるように走っている。


 逃げるように? 何から?


 ハッと気が付いた時、庭園の奥の方から響いてきたのは低く威圧感がこもった獣の咆哮と地鳴りと大地の揺れ。


「あれってもしかして!」


 この国に現在確認されている竜の卵の数は確か二つ。


 ひとつはレイナス王国の歴史的資料と竜の卵を納められた資料館で一般公開されているパートナーとなる人間を選び孵化する卵。


 ならこの不審者が抱えている卵はパートナーの死後ファングが自ら孵すために片時も離さずに大切に温めている卵じゃなかろうか。


 たしかレオル王子は自ら孵す卵には決して近寄ってはなりませんって言っていた。


 それならば殺気のこもった咆哮をあげていたのは卵を盗まれて怒り狂ったファングではなかろうか。


「ひぃぃぃぃ! なんて卵に手をだしてくれてんの!?」


 なぜか分からないがあの卵はなにがなんでも早くファングに返さなければ不味い気がする。


「こらっ! 待ちなさい泥棒ぅぅ!」


 長いドレスの裾を両手で掴み上げ逃げる不審者を追いかけるように走り出した。


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