15『ほっ、方向音痴ってなんのことかしら?』
「おいっ、次の角を曲がるぞ!」
後ろを守るような位置で逃走の道順を教えてくれるルーベンス殿下の指示がはいった。
「次、次ってここ!? ぐぇっ!」
T字になった分岐を右にまがろうとして途端に襟首を掴まれて左へと引っ張られて首が締まった。
「違う! なんでそこを曲がろうとするんだ!」
「こそあど言葉じゃわかんないわよ! ちゃんと左って言ってくれればいいじゃない!」
どうやら前を走ることにしたらしいルーベンス殿下の背中を追いかける。
「べつにあの男に捕まりたいなら好きにしろよ。 俺は先に行くから」
「ちょっと、まって! それは困るのよ」
今にも窓を乗り越えて外に出ていきそうなルーベンス殿下の背身頃を掴んで引きとめた。
「自分で戻れば良いだろうが」
自分で戻れるならとっくに戻ってます。
急に黙りこんだ私の様子になにか思い当たったのだろう殿下は、窓枠に掛けていた足を下ろすと廊下を走り始めた。
「なんだ、お前方向音痴か。 それは俺に置いていかれたらあの男に捕まるしかないわなぁ?」
馬鹿にしたようにニタニタ笑うルーベンス殿下に腹が立つ。
しかし現状はその通りなので反論できないのが辛いわ。
「うっ、うるさいわね。 早く行きましょう!」
足を止めずに視線を逸らす。 それでも隣でクックッと笑うルーベンスを睨み付けた。
「あのロベルトの娘が方向音痴……」
「べっ、べつに方向音痴じゃないわよ! たまたま元にいた場所に戻っちゃうか、全く違う場所にたどり着くだけなんだから!」
「世の中じゃな、それを方向音痴と呼ぶんだよ」
殿下に導かれて屈まなければ潜れない木製の扉を越え、青々と繁った生け垣を抜けるとなぜか騎士の詰め所の前にでた。
「あっ! 父様!」
詰め所の前で隊長らしき青年と大きな羊皮紙を広げていた父様は呼び声に気が付いたのか、必死に駆け込んでくる私を両手を広げて迎え入れた。
「おう、まさか迷わずに殿下を見付けてこれるとはおもってなかったぞ」
父様、私が迷うの前提で送り出したんですね。
「そんなことはどうでもいいんです!」
「こねずみちゃーん」
ぎゃー! 来たぁ!?
焦って父様の後ろに隠れると、ガサガサと掻き分けて現れた男をすぐさま数人の騎士が剣を抜き放ち取り囲んだ。
戦意の無いことを示すように軽く両手を顔の脇にあげるとこちらに向けて手を振ってきた。
ルーベンス殿下の回りにも三人の騎士が走り囲む。
「おっと、熱烈な歓迎だねぇ」
「一体なんの騒ぎだ?」
悠々と現れた国王陛下は騎士に取り囲まれても飄々と悪びれなく手を振る男を確認すると、目を見開いた。
「お久し振りです。国王陛下」
「フォルファーか、随分と立派になったな」
そう言うと陛下は手の動きひとつで男の包囲をといてしまった。
「お元気そうで何よりでございます」
そう言うとその場に片方の膝をつき頭を垂れた。
王に忠誠を誓う騎士のような一幕はまるで一枚の完成した絵画のようです。
美形は何をしても様になる。
「そう堅くなる必要はないだろう、久しいなぁ何年ぶりだ?」
その場で男を立ち上がらせると陛下は嬉しそうに主犯男、フォルファー青年の肩を叩いた。
「あの~、父様。 彼はいったい?」
誰ですか?
「あぁ、王姉セイラ様の御子息だよ」
セイラ様って言えば親子ほど年の離れた前王国軍の大将グラスト・ドラクロア様との大恋愛の末に降嫁された王姉様のはずだ。
と言うことは今回のルーベンス殿下の隔離先の御令息!?
「そうそう、陛下。 母上と父上から伝言を預かって参りました」
「セッ、セイラから伝言?」
「はい。『セオドアぁ~、ドラクロア領内で面白い物見つけたからぁん。 回収しておいたわよん。 きちんと処理しなさいねぇん』だそうです」
あのぅ、口調を真似する必要ありました?
「ところでリシャーナ、なんでフォルファー殿に追われていたんだい?」
そうだった、あまりのフレンドリーさに忘れるところだった!
「父様! 彼が今回の窃盗主犯格のひとりです!」
「「「なにぃ~!」」」
「あ~ぁ、こねずみちゃんバラしちゃったぁ」
「はぁ、とりあえず取り押さえよ」
陛下、なんかすいません。 おつかれさまです。
本日もお付き合い頂きましてありがとう御座いました。