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十二話『竜の卵』

 レオル殿下に案内されたレイナス王国の歴史的資料と竜の卵を納めた資料館は城下町へ続く城門に近い離宮にあった。


 昔は城の奥、死後竜王と呼ばれる事になったシオル・レイナス王のパートナーであったサクラが暮らしていた竜舎を改装しそこに資料館を構えていたようだ。


 一般公開されていたのだが、しかし年代を重ねるにつれてひと目でも竜を見たいと人々が集まるようになり、見学希望は急増、竜舎での資料公開は城の警備の都合上良くないと言うことで城下町近くに移動したらしい。


 と言うのは表向きの理由で、産み落とされてから二日後に王城の城壁を破壊して脱走しファングは城壁だけでなく城に風穴を開けて、当時孤児だった亡き王妃の元へ向かったらしい。


 そうそう城を壊されてはたまらないと引っ越したらしいのだけれど、結局ロゼもレオル殿下の元へ来るのに壊したので、隔離するならどこでも一緒だと、冗談半分にレオル殿下が教えてくれた。


 城門から数百歩しか離れていない石造りの立派な離宮に案内される。


 赤茶けた煉瓦を交互に組み上げて作られた離宮の中は掃除がいきとどいているし、建物の真ん中をぶち抜いた三階建ての構造は日の光を取り入れる為か柱や転落防止の柵はあるけれど部屋は無く、ワンフロア形式に設計されているようだ。


 レオル殿下のエスコートで三階部分から一方通行を順路通りに見ていき一階に安置されている未だ孵らぬ竜の卵をみる予定になっている。


「まずはこちらから簡単にご案内させていただきます」


 吹き抜けのフロアに設置された螺旋階段を登っていき、三階の入り口付近に飾られていたのは主にレイナス王国の歴史を記した書物の模写と、歴代の王家の血統図と肖像画の数々など王家にまつわるお宝が展示してあった。


 レオル殿下は一所懸命に説明してくれるので分かりやすい……後ろを気にしなければ。


「カイザー殿下、こちらから我が国からドラグーン王国へ嫁がれ、その後クラインセルト陛下が急逝し、後継者争いと無茶な戦争で荒れた国を平定したクライス王の幼少期の姿絵ですわ」


 エスコートしているカイの腕に立派な胸部装甲を惜しげもなく押し付けるようにしながら説明するガブリエラ王女に苛立ちを覚えつつ、意地になってレオル殿下を連れてどんどん進む。


 一般公開しても問題にならない品物だけを展示してあるらしいが、それでも貴重な品々が惜しげもなく展示されていた。


 三階をぐるりと回り終えると下階へ続く階段が現れ、二階へと降りる。


 二階も国宝などが展示されているようで興味深い、そして二階の階段に近いフロアから景色が一変した。


 それまで西洋風だった装飾品や各王妃達が婚礼で着たドレス、亡き陛下の正装などが飾ってあった所に突如現れたそれ……


「なんで甲冑があるの? しかも真っ赤」


 あまりに不釣り合いと言うか、唐突に現れた戦国武将が身につけていたような甲冑は光沢ある朱色をしており、遠目からでもたいへん目立つ。


 目から下を隠すように作られた黒色のマスクには二本の大きな犬歯が彫り込まれている。


 兜には歌舞伎の連獅子を思い出させる真紅の長い縦髪がついていた。


「変わった作りでしょう? これはサクラの主だった初代竜王シオル・レイナス陛下の戦鎧いくさよろいなんです」


 甲冑の隣にはこの世界での一般的な全身を金属の鎧で覆うフルメイルが置かれておりその特異性がよく比較できるようになっている。


「シオル陛下は崩御されるまで沢山の偉業や逸話を残された方で私の憧れの方なのです! 同じく竜と誼を結ぶことが出来たのです。 私もいつかかのお方のように立派な国主になりたいと思っています」


 レオル殿下の口から語られる言葉には嘘がなく聞いていて心地良い。


 展示品の中にはシオル殿下の偉業の数々を書き記した書物や、本人直筆らしい日記、サクラと一緒に描かれたと思われる姿絵などが展示されている。


 階段を一階へ降りると、そこは竜の生態についての研究資料や考察、竜が描かれた絵画、竜の彫刻など正に竜づくしだった。


 一階の出口から一番遠い場所にそれはあった。


 一画だけ個室になっており室内の様子がよく見えるようにか、壁には複数の金属の枠を組み合わせた透明度が高いガラスがはめ込まれている。


 部屋の四隅には中の展示品を守るためか四人ほどの警備の騎士が配備されているようだ。


「ここが『竜卵りゅうらんの間』です。 中央にあるのが主を待つ竜の卵です」


 そう促されて『竜卵の間』を覗き込めば、麦藁を敷き詰めた室内の中央にポツンと一つ薄紅色の丸い物が転がされていた。


「想像していたよりも小さいんですね」


 ダチョウの卵と同じくらいのサイズだと思う。


「えぇ、竜の卵は成竜の身体に見合わず、子供でも抱えられる程の重さしかありません。 しかしその殻は大変固く壁にぶつかっても金属の板に穴を開けても無傷なほどです」 


「城壁に穴を開けて主の所まで転がっていくんですよね?」


「その通りです。  卵自体は軽く盗む事は出来ます、実際に何度か盗まれる事もありましたが、孵す事も出来ず自力でこの部屋に戻ってくるので竜祭りでなければ見張りの騎士は一人だけです」


 盗まれた先から自力で帰還する事にも驚きだが、警備の騎士が一人だけというのも驚きしかない。


「と言うよりも本当は警備自体必要ないんですよ、なのでその一人も主に見習い騎士たちが交代で行っています」 


「えっ、なぜ!?」


「フフフっ驚きました? 卵の警備と言うよりも、卵の見張り役なんです。 窃盗された以外で卵の意思で動き出した時に、直ぐに後を追うことができるように速やかに上司へ連絡に走るのがお仕事ですから」


 だから警備の騎士は決して卵の進路を塞がないように細心の注意を払うらしい。


 主の元へすべての障害を物理的になぎ倒し転がる恐怖の竜卵……こわっ!


「早く主が見つかると良いですね」


「出来ればレイナス王国の国民から主が出てくれることを祈っておりますよ。 人の都合で主を定められない以上、例えば竜卵が転がりだして他国の城を襲撃し国際問題から戦争、なんてことにならないよう各国に竜の特性を改めて認知して頂きご理解とご協力を仰がねばなりません」


 わざとらしくため息を吐いてみせるレオル殿下から漂う年齢にそぐわない苦労人オーラが、彼が立派に王族としてこの国を小さな手で懸命に護っている事を物語っている。


「早くこの卵の主が見つかると良いですね?」


「えぇ本当に……」


 ふたりでシミジミとしていたら遅れてガブリエラ王女とカイがやってきた。


「ご覧くださいカイザー殿下! あれが我が国が誇る竜卵ですわ!」


 カイの腕に自らの細腕を纏わりつかせるガブリエラ王女の姿にさきほどまで感じていた苛立ちを通り越してなんだか無性に虚しくなってきた。


「レオル殿下……参りましょうか?」


 隣にいるレオル殿下に声をかける。


 なぜだかこれ以上ガブリエラ王女の側に居たくなかったのだ。


「えっ……宜しいのですか?」


「えぇ、いいんです……」


 本当は今すぐにカイに絡まるガブリエラ王女の腕を払い除けて、カイは私の旦那様なんだと、気安く触るなと言ってしまいたい。


 でも私はカイに……カイザー・ローズウェル殿下に嫁いだのだ。


 ドロドロしたこの感情を表に出すわけにはいかない、寂しくても、辛くても、嫉妬しても、それを他国の王族の前で無様に晒せば私だけではなくローズウェル王国が舐められる。


 思いを全て微笑みに隠して告げて、その場を離れようと踏み出した身体が、背後から腕を捕まれバランスを崩してトサリと背中から抱きしめられた。


「リシャっ!」


 必死な声で私を呼び抱き締められら、貼り付けた笑顔が崩れかける。


 私よりも少し高い体温と抱きしめる逞しい腕に、誰だか分かるほどに私の一部になってしまった。


「すまないが、ここからは我が妃と二人で城下を見物させていただきます」


 ギュッと力強く抱き締められて、緩みかけた涙腺から涙が溢れないように、体の向きを変えて目を閉じてカイの厚い胸板に額をつける。


 レイナス王国と友好な関係を築くためだと、いろいろ我慢していたのに馬鹿みたいじゃない。


「そんなっ、カイザー殿下私と……」


「わかりました! ぜひ我が国を堪能してくださいね、さぁ姉上参りますよ!」


 不満そうなガブリエラ王女の声をぶった切りレオル殿下が良い笑顔で素早く私達の後ろで抗議しかけたガブリエラ王女に近づくなり彼女の手を引いて逆走し始めた。 


「ちょっ……レオル!? 待ちなさい! 私はカイザー殿下の案内を!」


「はいはい行きますよ!」


 次第に遠ざかるガブリエラ王女の声を聞きながら、私達は両国の護衛と共にこの場に残されることになった。  

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― 新着の感想 ―
卵を見張る騎士は、報告の為の一人と追跡の一人の2人いないと不都合が起こりそうな気がする。
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