第八話『ふてくされますよ』
夜会は滞りなく終わり長旅の疲れが取れていなかった私は、早々に滞在先として用意してもらった貴賓室に戻らせてもらった。
暖かな暖色系の色で品よく纏められた室内で、クラリーサに手伝って貰いながら重たいドレスを脱ぎ捨てる。
既に貴賓室に併設された浴室には白い陶磁器浴槽にお湯が張られていたため、素早く入浴を済ませて肌触りの良いネグリジェに着替える。
ネグリジェといっても透けない厚めの生地で出来たゆったりとしたワンピースで、足首まで着丈があるものを纒い寝室へと続く扉を開けると、大人が三人寝ても問題ない広々としたベッドへ走り寄り勢いよく飛び乗った。
「やった! 久しぶりのベッドだ!」
フカフカのマットレスも柔らかな毛布もフカフカのモフモフだ。
ムフフゥ、気持ちいい〜!
「まぁまぁそのような所は王太子妃殿下になられてもちっともお変わりありませんこと」
呆れたと言わんばかりのクラリーサに肩をすくめて見せる。
「仕方ないじゃない? 大きな街や街道では宿も取れたけど、基本的には馬車で野宿だったし、何より宿では抱き潰されてろくな睡眠がとれなかったのよ」
いそいそと毛布をめくり上げてその中に潜り込み欠伸をする。
「それだけ王太子殿下の愛情が深いのですよ、夫婦仲が良いようで良かったではありませんか?」
愛情が深くても限度があると思います!
「と言うわけで私は寝る!」
モゾモゾて寝心地が良いように体勢を調節して頭まで毛布を引き上げた。
「あらあら、殿下のお帰りをお待ちしなくてよろしいんですか?」
「い・い・の!」
きっと今頃ガブリエラ姫と楽しく談笑しているだろうし、こちとら連日のおつとめ(世継ぎ作りも含む)で寝不足でフラフラなのよ。
「クラリーサおやすみ〜!」
「はいはい、リシャーナ様お休みなさいませ、私はそろそろ退室致しますね」
さて久しぶりの一人寝だ! クラリーサも出ていったことだしさっさと寝よう……
しかしなんでかな、疲れているはずなのに、眠いはずなのに目が冴えて寝付けない。
ゴロリゴロリと広々としたベッドの上で寝返りを打っても落ち着かず、シンと静まり返った寝室はどこか空虚でムクリとベッドから身体を起こす。
そういえば結婚してからずっと寝るときはカイと一緒だった。
お互いの執務を済ませて夕食を共にし、その日あった事やこれからのローズウェル王国の未来についてあーでもないこーでもないと語り合いカイに手を引かれ寝室へ向かうのが当たり前になっていた。
だから自分以外誰もいない寝室がこんなに寂しいと感じるのかな……
ベッド脇に設置されたサイドテーブルからストールを被り広すぎるベッドから抜け出す。
ふかふかとしたカーペットを踏みしめてゆっくりと窓際にある猫脚のアンティークなテーブルセットから椅子を引き出し腰を下ろすと、冷たいテーブルに頬を寄せた。
うん、寂しいベッドよりずっと良い……
「早く帰ってきなさいよバカ……」
目をつむりながら囁いた声は室内の闇に溶けて消えた。