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第五話『身体がもたないからね』

 カイが出ていってから直ぐに、どうやらこの弾丸新婚旅行に同行していたらしい王太子妃付きとして私に仕えることになったクラリーサが身支度用に桶に入ったお湯を持ってきてくれた。


 クラリーサはダスティア公爵家で私の乳母をしていた女性だ。


 それこそ授乳からオムツ交換まで面倒を見て貰ったため、私はクラリーサに頭が上がりません。


 クラリーサの二人の子ども達は既に皆成人しており、それぞれダスティア公爵家の長男ソルティス兄様と次男のソレイユ兄様の従者となっている。


 学生時代に自堕落な生活をしていた事がバレたため、私が無茶をしないようにダスティア公爵家から相談役兼お目付け役として王太子妃付きに大抜擢されました。


「さぁさぁリシャーナ様、顔を洗って下さいな」


「クラリーサも来てたんだね」


「えぇ、シャノンは婚礼が迫っておりますから置いて参りました。 歳若い侍女たちには蜜月中の王太子殿下は少々刺激が強すぎますわ」


 ふぅ、と溜め息を吐いたクラリーサの言葉に同意する。


 なんと言うか……纏う色気が甘くて妖艶、夜の帝王? みたいな感じなわけよ。


 何言ってるか自分でも分からないが、とにかく心臓に過度の負担を掛ける色気を垂れ流してます。


 そのため哀れな犠牲者を増やさないために王太子の色気に惑わされないクラリーサが今回の新婚旅行に大抜擢されたようです。

 

「愛する女性を前に婚礼まで手を付けなかった忍耐力と精神力は賞賛に値しますが、反動が大きすぎですわ」


 私の支度を手伝いながらそう話すクラリーサに、苦笑いを浮かべて見せる。


 確かに反動が大きかったわ、身体中が痛いもの。


 小さなノック音が部屋に響き、クラリーサが対応する為側を離れ、来客の対応に向かうと、クラリーサは自分の後ろに私の着替え一式が入った鞄の一つを持って戻ってきたらしいカイを連れていた。


「クラリーサ、リシャの着替えです」


 恭しく鞄を受け取った、クラリーサは私の様子を伺う。


「それでは殿下、妃殿下のお支度を行わせて頂きますので、少し別室でお待ちください」


 ニッコリと微笑みながら、言葉巧みににクラリーサはカイを部屋から追い出した。


 たとえ本物の夫婦になって生まれたままの姿を見られたとしても、身支度で下着を履く姿なんて見られたら恥ずかしかったので、私はほっと息を吐いた。


 カイが持ってきてくれたのは薄い紫色のワンピースだ。

  

 膝丈より少し長いスカートには小花の刺繍が施されており、裾からは白いレースが覗いている。


 ……私この服見たことないんですけど、一体いつの間に用意したんだろうか。


 まぁこの服ならクラリーサの助けがなくてもなんとかなりそうだ。


 それ以前に不意打ちの結婚式といい、この新婚旅行と良い、いつから計画していたんだか。


「ねぇ、クラリーサ……変じゃない?」


「大変お美しいですよ」


 姿見の鏡には心配そうに鏡を見つめる自分の姿が見える。


 着替えを終えて全ての身支度を整え、クラリーサのお墨付きを貰ってから二人で部屋を出ると、廊下にカイが待っていた。


「おっ、早かったね。 もう少し時間が掛かるかと思ってたよ」


「身支度って言ってもドレスを着るわけじゃないしそんなにかからないわよ」


 学院生活では学生寮に入寮していたが、だらけたい一心でダスティア公爵家から侍女は連れて来なかった。


 その為洗濯や掃除は寮の管理をしている使用人に依頼していたし、身支度なんかは自分でこなしていたのだ。


 それはドラクロア辺境伯の領地で孤児院にお世話になった時におおいに役立った、しかもゾライヤ帝国の遠征軍に拉致された時にアラン殿下の世話をしたこともあり、掃除も洗濯も習得している。


 着脱が面倒なドレスを着るならまだしも、ワンピース一枚着るのにクラリーサの手を借りる必要はなくそんなに時間はかからない。


「そのワンピースにして正解だったな、凄く似合ってる」


 好きな人にそう言われて嬉しくない女子が居たらぜひ教えてもらいたい。


「ありがとう」


 恥ずかしさにカイの顔が見れなくてボソリと告げると、カイはスルリと私の左手に自分の手を重ねて指と指を絡ませるように握りしめる。


「う〜ん、やっぱり部屋に戻らないか?」

  

 耳元に唇を寄せて甘く囁いたカイの額に拘束されていない右手で手刀を落とす。


「戻らない! 今日も移動するんでしょ? 早く行かないと!」


 そんな私達の様子を微笑を浮かべながら見守るクラリーサの慈愛の視線にいたたまれなくなり、グイグイとカイを引っ張りながら階下へ降りる。


 一階には既に出立の準備を済ませたフォルファーが、他の騎士達とテーブルに広げた紙面を見ながら話し合いをしていた。


「おはようございます、もうよろしいのですか?」


 困惑気味にフォルファーがカイに問う。


 よろしいって何がっ! いや分かってるけど、わかってるけどさ。


「俺はもっと妻を愛でていたかったんだけどな……」


 そう言って不満げにこちらを見下ろす。


「リシャーナ様、お世継ぎを産むのも立派なお役目です」


 フォルファーの言葉にムゥっと唇を尖らせる。


「分かってるけど……」


 助けを求めてカイに視線を向けると、その青い瞳がこちらを見詰めていた。    

 

 学生時代はローズウェル初代国王と同じ先祖返りの漆黒の髪を茶色に染めていたが、今は本来の髪色を取り戻している。


 その視線の熱さに耐えきれず、誤魔化すように口を開いた。


「あ〜お腹空いたな〜、今日の朝食は何かな〜」


「ふふっ、なんだろうね?」


 そんな私の照れ隠しにカイが話を合わせてくれる。


「はぁ……お世継ぎはいつになるやら」


「心配するな、毎晩仕込めばすぐだ」


「うがぁ〜! カイのバカァ!」


「うふふっ、若いって素晴らしいですわね」


 毎晩なんて身体が持たん! 


 宿に併設された食堂で食事を取り終え、私達はまたレイナス王国へ向けて馬車に乗り込んだ。

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