14『不審者からさっさと逃げるのよ!』
美形男を振り払い扉を開けて飛び出した。
周囲を見回してみたけれど全くと言っていいほどに人気がない。
「どこよここ?」
背後で青年が起き上がりそうな気配がしたのでとりあえず扉を閉めた。
一刻も早くこの場を離れた方が良さそうなので部屋に面した中庭へと駆け込む。
あの会話では父様の言っていた当直の騎士は見付からないだろうなぁ、見付かったとしても生きているかの怪しい所だろう。
この度の一件は思っていたよりも深そうだし、官僚の荒廃具合が半端ない。
ガサガサと生け垣を乗り越えると開けた場所に出た。
一周が百歩位で回れちゃう大きさの泉の中央には阿舎がたてられていてそこまで行けるように真っ赤な橋がかかっていた。
「はぁ、見付けた」
日陰になった阿舎に設置された長椅子で横たわるルーベンス殿下。
逃げ出して追っ手の掛かっている状況下で無防備に居眠り出来るってもしかして大物なのか只危機感が足りないのかどっちだよ。
「こねずみちゃーん、出ておいで?」
中庭の向こう側から聞こえてくる声は確かにあの直下型美声。
はやいなぁ、もう復活したのですかい。
「ちっ! 殿下、起きてください殿下!」
このまませっかく捕獲した王子を諦めるか、もしくは私が捕獲されるかの二択とか嫌すぎる。
「むにゃ、マリアンヌぅ愛してる……」
寝ぼけた王子は揺する私の腕を掴むと押し倒すように体勢を入れ換えるとそのまま顔を寄せてきた。
「おまっ、ふざけんな! えっ、ちょっと離しなさいってば! 起きろバカ王子!」
意を決して王子の顔面に頭突きを加えると、うっ、と呻いたあと床に座り込んだ。
「痛っ、あれ? マリアンヌ?」
額を押さえてキョロキョロとマリアンヌ嬢を捜すように視線をさ迷わせる。
「寝惚けてる場合じゃないんですからしっかりして下さい! 逃げますよ!」
状況が読み込めていないのか惚ける王子の頬を両側から平手で叩く。
「なにをする! 父上にも顔は打たれたこと無いのに」
なんかあったなぁ、そんな感じの名言……じゃなくて。
「自分の好きな女と間違えて襲ってきたのは殿下ですわ。 これは正当防衛です!」
「俺がお前のような猛獣を襲う訳がないだろう!?」
いやね、襲いましたからね。
「こねずみちゃーん」
明らかに近付いてきた声にぞわぞわと背中を這い上がるような悪寒が走る。
はやく逃げないとヤバイ!
「ん、こねずみ?」
こねずみでも親ネズミでも猛獣でもこの際何でも良いのよ。
「とにかく、命が惜しかったら逃げますよ! 死にたいんですか!?」
「はっ!? 死って何のことだ?」
「良いから走る!」
阿舎の反対岸に通じる橋を渡りきる頃、ガサガサと生け垣を乗り越えてきた男を視界に捉えた。
「こねずみちゃーん! みーっけ!」
ぎゃー、見付かった!
「死ぬ気で走れー!」
ルーベンスをなかば引き摺るようにして走り出した。
「おい、がさつ女! どういう事か説明しろ!」
私だってわかんないわよ!
「彼が今回の宝物品窃盗の主犯の一人よ」
「なに!? 本当か!」
そう言って歩調を緩めて後方を見ようとするルーベンスの袖を引っ張って走る。
追跡者がいるこの状態でスピード落とすとか捕まるじゃない! バカじゃないの!? ……すまんバカだったね。
「とにかく、証人は殺されかねないから逃げるのよ!」
「証人ってお前だけだろう!? 俺には関係無いじゃないか」
あーのーねー!
「あれが主犯だって今ルーベンス殿下は私の話を聞きましたよね? ほら立派な証人じゃない」
「そんな馬鹿な、なんでそんな厄介事に巻き込むんだよ、他でやれよ」
事の発端はといえばルーベンス殿下が考えなしにピンクダイヤを持ち出したのが始まりでしょうが!
「ふざけんな。 もうすぐ成人なんだから自分の不始末くらい自分でしなさいっ、よねっ」
ヤバイ、息切れしてきた。
持久戦はこの体型向かないわ。
隣をみれば全く息切れする素振りもない男が恨めしい。
「ほら、さっさと走れ。 追い付かれるぞ」
「うっ、煩いわね! わかってるわよそんなこと!」
ぜぇぜぇ走る私の腕を引っ張るようにしてルーベンスが前を走り始める。
くそぅ、駄犬のくせに生意気だぁ!
それでもやはり地理に詳しい王子がナビゲーションがあるのはありがたい。
「キリキリ走れよ、こんなデブ抱き上げて走るなんてしたくないからな!」
デブだとぅ!
「私は立派なぽっちゃりだぁ!」