136完『美形なんてぇ……やっぱりだいっきらいだー!』
カイザー様の求婚を受け入れてからの日々は目が回るような忙しさだった。
怪我が治るまでは出来るだけお見舞いに足しげく通ったり、ワーカーホリック気味のカイザー様が部屋に持ち込んだ書類を適度に没収して休憩させたりしている。
しまいには書類仕事まで手伝い始め、カイザー様の元になぜか私の執務机やサインする必要がある書類が増え始めた。
その多くが学院の学習システムを変えたことでの事務処理や、面白半分にテスト問題に入れた数独の特許申請やら、娯楽として安価な紙で作った問題集を売り出した利益の配分等の書類、それらがひっきりなしに持ち込まれるようになったのだ。
うん、自業自得なのはわかってる、分かっちゃいるけどやっちまったもんは仕方がないじゃない?
「あっリシャ、ここにサインをして? こっちもね」
「うん……」
ある日いつものようにカイザー様が持ってきた羊皮紙にサインを求められ、内容をろくに確認しないまま、眠い目を擦りながら渡されたインク付きの羽根ペンをサラサラと走らせた。
「ありがとう」
「ふぁーい」
いい笑顔で書類を抱きしめて部屋を出て行くカイザー様に小さな違和感を覚えつつも、なかなか減らない書類の山と格闘していれば、すっかりと違和感は忘れ去った。
シャノン様の養子先となったフリエル公爵家は、当主を捉えるために公爵家へ突入したときには既に当主であるジェフロワ・フリエル公爵は毒を摂取したことで双太陽神の身元に旅立った後だった。
家宅捜索が行われたが、ジェフロワ・フリエル公爵の死は謀反での処刑を逃れるための自死として処理された。
そして連座となるはずの直系の令息は何年も前に亡くなっており、孫息子すら不慮の事故で既にこの世にいない事を隠していたらしい。
当然フリエル公爵家は取り潰しとなり、イザーク・クワトロが捕らえられ、軍閥クワトロ侯爵家とレブラン・グラスティアの生家、軍閥グラスティア侯爵家が没落し、それぞれの当主と直系の子息が国賊として処刑された。
クワトロ侯爵家で拘束されていたライズ・ボマン侯爵令息は折檻された痕があり、衰弱していたものの助け出されたその足で、シャノン様を助けに行くと言って聞かなかったそうだ。
シャノン様は……イーサンに殺された。
と言う事に表向きなっています。
「リシャーナ様! 未来の王妃様がそんな事でどうします!」
今も私の隣でガミガミ言っていますが、折を見てダスティア公爵家の親類としてボマン侯爵家に嫁ぐことが決まっています。
そんなこんなで絶対安静が解除されると、未来の婚約者候補として御披露目もかねて夜会等の社交の場にひっきりなしにカイザー様に連れ出された。
実家のダスティア公爵家から呼び出しを受けて帰ってみれば、ふてくされたソレイユ兄様を復活させてくれと、兄様の同僚に嘆願された。
ソレイユ兄様……しっかりとお仕事しようよ。
なかなか復活しないので私はいつものヨイショをすることにした。
「国のために一生懸命仕事をする兄様格好いい!」
翌日からまた生き生きと仕事に打ち込み始めたソレイユ兄様の様子に、同僚の方々から御礼として沢山の贈り物をいただいた。
王城で別れたアラン様はあの後、イーサンの亡骸と一緒にゾライヤ帝国の皇帝でもあるアルファド陛下から帰国命令があり、学院を去り祖国へと帰っていったらしい。
らしいと言っているのは、残念なことに別れの挨拶をしそこねたせいだ。
まぁアラン様はアルファド皇帝陛下の弟君なので、きっとカイザー様との婚礼では皇帝陛下の名代として参列してくれることだろう。
正式に婚約を発表する日取りが決まったとカイザー様が告げてからは目が回るような忙しさだった。
新しいドレスの採寸や仮縫いなどに追われながら、布団に入れば直ぐに寝付けるほどの疲労が蓄積されているようだ。
気がつけばつい、うとうとと名前を書いた書類に伏せてしまっていたらしく、顔に字が転写されていたようで、部屋を訪ねてきたルーベンスに盛大に笑われた事も有った。
勿論近場に有った書籍を投げつけたことは正当なツッコミだっとた思っている。
クリスティーナ様は差し入れに美味しいお菓子を持ってきてくれるのでありがたく頂いた。
そしてあの日、カイザー様が刺されて生死の境をさまよってから一年後の今日の夜会で私とカイザー様の婚約が正式に発表されると聞いている。
そしてカイザー様が正式にローズウェル王国の王太子として国王陛下に指名されることになっている。
美しい装飾の施された鏡台に映る自分の姿に否応なしに今日を境に次期国王の婚約者と言う立場に立つのだと現実を突き付けられる。
いつもの夜会よりフリルと刺繍とレース編みが過多な純白の衣装……いつの間にこんなドレス作ったっけ?
宝石などが散りばめられたアクセサリーが豪華なのは、婚約発表だから、だよね?
髪飾りとして最後に取り付けられた小さな宝冠……なんで宝冠。
「リシャーナ様、紅茶などいかがでしょうか?」
「ありがとういただきます」
仕度を手伝ってくれた侍女から紅茶を受け取り口に含むと、緊張と猜疑心で強ばった心が僅かに緩んだ。
「美味しい……」
ほっこりしていると、準備を終えたカイザー様が迎えに来たと連絡が入ったので、部屋へと通して貰う。
王太子として十分すぎる覇気を纏い真っ白な軍服を着こなして颯爽と歩く美丈夫は私の姿を見ると、覇気を霧散させて柔らかい笑みを浮かべる。
そのギャップに当てられたあわれな侍女が喜声を発している。
「リシャ、凄く綺麗だ」
「あっ、ありがとうございます」
差し出された手に自分の手を重ねるとカイザー様は当たり前のように手の甲へと口付けた。
王子様“らしい”態度になぜだか悪寒が全身を駆け巡る。
ちょっと待ち、これは誰だ……
「では参りましょうか、皆が待っています」
促されるままに部屋を出て会場まで歩きながら、私をエスコートしているカイザー様を見上げる。
「どうしたリシャ、先程から顔がひきつってますよ」
「隣に変な人がいたらひきつりませんか?」
「変な人だなんて酷いなぁ、きちんと“王子様”でしょう」
「それが気持ち悪いんです!」
「……仕方ないだろう、少し我慢してくれ。 俺だってさっきから背中がむずかゆくて仕方がないんだよ」
王子様の仮面のしたからいつものカイザー様が現れてまるで苦虫を噛み潰したような顔をしてみせた。
「仕方ないですね。 特別ですよ?」
いつものカイザー様に戻ったことで、ほっとした事を悟られないようにわざとらしく言ってやれば、すぐにカイザー様の顔が降ってきて私の唇を奪って直ぐに離れた。
「ちょっと!? 化粧が崩れるって!」
「あはははっ、可愛い顔をするお前が悪い」
「口紅が移っちゃってるし!」
持っていたハンカチでカイザー様の唇を擦り紅を落とす。
会場の王族が入場する扉にたどり着いたが、予想していたよりも緊張していない自分に驚いた。
「さて、そろそろ貴族と言う名前の魑魅魍魎がてぐすね引く会場に入場だよ、心の準備は良いかいお姫様?」
「どんとこい!」
美形は苦手だけど、まぁカイザー様と一緒なら王太子妃もなんとかなるでしょ。
高らかに鳴り響くファンファーレと大きく開かれた扉を睨み付ける。
カイザー様に手を引かれ新たな第一歩を踏み出した。
「王太子カイザー・ローズウェル殿下ならびに王太子妃リシャーナ・ローズウェル殿下のご入場!」
……ちょい待ち! 婚約者だよね? なんでダスティアじゃなくてローズウェル!? 嵌められたのかと隣をみれば涼しい顔の美形がひとり。
婚約の書類にも、婚姻の書類にも両家の当主と本人のサインが必要なはずなのに!?
「いつの間に!?」
「さぁ皆が待っています、行きますよ?」
イタズラが成功した事を喜ぶような人の悪い笑顔を浮かべている。
思い当たるのは数ヶ月前の小さな違和感を覚えたものの、忙しさに忘却の彼方に放り出した不審な書類二通……
「あ~! あの書類!?」
「ふふっ、さぁ出るよ」
私をエスコートするようにしっかりと手を掴み、逃さないと言うように強引に会場へ引き出していく。
「美形なんて……美形なんてぇ……やっぱりだいっきらいだー!」
完
ご愛読いただきましてありがとうございました。本編はこれにて完結させて頂きたいとおもいます。
今後も作者並びに作品をよろしくおねがいいたします。
華やかな婚礼式典……祝福の声が響く中バキッと何かが折れる音がした事を知る人はいなかった……。