129『悪鬼羅刹、降臨』
壁の向こうから微かに双太陽神教の教会の鐘が聞こえてくる。
二人掛かりで壁に通り抜けられるだけの穴を開けることが出来たのは鐘の音が聞こえ始めてしばらくした頃だった。
シャノン様が穴から顔を出して外を確認してから這い出そうとしたが、胸部が小さな穴に詰まりかけている……後ろからグイグイと押しやりなんとか壁の向こうへ出した。
「おい! 誰かこの部屋は確認したのか?」
「いや、まだだ」
「誰か鍵をもってこい!」
背後の扉からガチャガチャと扉を開けようとする声が、複数聞こえて私は穴へと飛び込んだ。
細身のシャノン様が詰まるくらいだ、もう少し穴を大きくすれば良かったかと思いながら気が付けば何の抵抗もなくすんなり壁の向こうへ抜け出せた。
……きぃ! 何だろう凄く壁に馬鹿にされた気がする。
その間も扉を開けようとする声と破壊音が背後の穴から聞こえている。
早くこの場を離れたほうがいい。
どうやら壁の向こう側は外に通じていたようで、朝特有の寒さと朝日の陽気がじわじわ身体を暖めてくれるようだった。
太陽の傾きから見てもまだ教会の鐘が鳴るには早いように感じる。
それなのに鳴らされていると言う事は火事、もしくは何者かが王都を攻めてきたと言う事だ。
まぁ十中八九レブラン達だろうけど。
「リシャ、立てる?」
「うん、なんとか、急いでここから離れましょう」
しっかりと頷いたシャノン様に肩を借りて穴から離れると、どうやら扉を塞いでいたバリケードを突破されてしまったらしい。
「穴だ!」
「きゃ!?」
「ぐぇ!」
突如穴から飛び出してきた男の頭をつい思いっきり上から踏みつけてしまった。
穴、小さく作って良かった、流石にこの穴は成人男性には通り抜けるのは厳しかったらしい。
「いきましょう!」
シャノン様と足早にその場を離れ、シャノンに支えられながら私の身長とあまり丈の変わらない草が蔓延る裏庭らしき場所を突き進む。
穴から脱出した事はバレているので追手がすぐにやって来るだろう。
雑草で隠れていた老朽化で崩れたらしい穴から敷地を守るための煉瓦の外壁をくぐり抜け、ひた走る。
通りへ出れば早朝から鐘が鳴らされ続けるという異常事態に、街中は多くの人で混乱していた。
荷物を担ぎ王都から逃げようと外へ続く門へ向かって走る人、火事場泥棒のように商店へ押し入り商品らしい品物を強奪していく者と混乱を極めている。
「リシャ、あれ!」
示された方角に視線をむけると王城から火の手が上がっているようだった。
「シャノン様、急ぎましょう」
「はい」
シャノン様と踏み出した足は後方から上がる悲鳴に一瞬止まりかけた。
「居たぞ!」
「捕えろ!」
逃げ惑う人々を薙ぎ倒しながらこちらへやって来る男達の先頭に眼を爛々と輝かせたイーサンがいる。
「ヤバイ! シャノン様走って逃げて!」
私の痛めた足では逃げ切れない。
「ふざけないで私一人で逃げるわけ無いでしょ! リシャも一緒に走るのよ!」
シャノン様と人ごみを避けながらひたすら走った。
激痛を訴える足も、鼓動が跳ね上がった心臓の音も、苦し呼吸も我慢してシャノン様と逃げ惑う。
その間も後ろから逃げ惑う人々を薙ぎ払いながら迫る追手は、人波に逆らって前に進めないでいる間にもジワジワと距離を詰めてくる。
駄目だっ、捕まる!
「リシャ!」
諦めかけた瞬間閉じた眼を開けて、自分の名前を呼ぶ声を探す。
「カイ!」
人ごみの向こう側から駆けてくるカイザー様の姿を見付けて、安堵に涙が浮かぶ。
必死に伸ばした右手は、背後から伸ばされた大きな手に髪を掴まれた事で引き戻され、虚しく空を切る。
「あぁぁぁ!」
「リシャっ!?」
イーサンは私を支えていたシャノン様を力任せに払うと、シャノン様が地面へと倒れこんだ。
私のやっと肩より下まで伸びた髪をギリギリと力任せに引き上げた。
レブランといいイーサンといい、乙女の髪を何だと思ってるのか、禿げたらどうしてくれるんじゃ!
「その手を放せ……」
地獄の底から聞こえてきたような低音を発した悪鬼羅刹が降臨した。