127『さぁ逃げましょう!』
「ここは……痛っ」
「んーんーんー!」
打ち付けた頭が痛むのか、右手で頭を抑えながら呻くシャノン様に声を掛けた。
「はっ、リシャ!」
どうやら芋虫宜しく転がった私に気が付いてくれた様で、猿ぐつわと悪趣味な拘束を解いてくれた。
「シャノン様、顔以外に痛いところは!?」
縄で締め付けられていた身体に血液が流れていく開放感を味わいながら、まだ力が入らない手で、シャノン様の怪我の具合を確認する。
「リシャ、大丈夫だから落ち着いて、ごめんなさい……こんな事に巻き込んでしまって、ごめんなさい」
レブランが殴ったシャノン様の頬は、紫色に変色してしまっていて切れた唇から出ていた出血は止まっている。
「確かに驚いたけど、何か事情があったんでしょう? 私よりシャノン様の方が辛そうだもの」
泣きそうに歪んだ痛々しいシャノン様の頬に手を伸ばせば、血の流れが滞っていた手の冷たさが熱を帯びた頬に気持ちいいのか、自分から私の手を受け入れてくれた。
「リシャの手、冷たくて気持ちいい……」
「それなら良かったわ、本当にあの最低変態男は今度あったら生きている事を後悔させてやるんだから! 乙女の顔をこんなにして」
怒りのままに口汚くグチグチと罵れば、少しだけスッキリしてくる。
私は扉の前に居るだろう見張りに聞こえないように声量を抑えるとシャノン様の耳に囁いた。
「シャノン様、ここから脱出しようと思うんですけどちょっと一人では難しそうなので手伝っていただけますか?」
「私に出来ることなら何だってするわ、でも脱出って、見張りはどうしますの?」
不安に私を映すシャノン様の瞳が揺れる。
「ふふふっ、勿論倒します」
部屋の中には私が寝ていたベッドが一つ……
「この作戦シャノン様の演技力が重要ですから気合を入れてくださいね!」
「……凄く嫌な予感しかしないんですけど」
私が立てた作戦を聞いて涙目になるシャノン様をおど……説得して私は武器を持って扉の前に立った。
小声でシャノン様に声をかける。
「さぁ、シャノン様! 思いっきりやって下さい!」
「むっ、無理! ムリムリムリ!」
顔を真っ青と真っ赤にしてフルフルと拒否するシャノン様。
「私に出来ることならなんでもするって言ったじゃないですか」
「うっ!」
「あの言葉は嘘だったんですか?」
「う~……やっ、やればいいんでしょ!?」
「そうですやれば良いんです!」
「いっ、行くわよ……」
私は手に持ったシャノン様のピンヒールの靴をしっかりと握り締めた。
壁に貼り付くようにして耳を澄ませると、予想より壁が薄いのか、見張りらしい男たちの会話が聞こえてくる。
声からして見張りは二人、いける、これだけ会話が聞こえるならいける。
私が合図を出すと、私の後ろで壁に貼り付いていたシャノン様がゴクリと生唾を飲み込んだあと、心を落ち着かせようとするかのように深呼吸を繰り返した。
「……んっ、あっ、はあぁっ……っ」
真っ赤に顔を染めてぎこちないながらも懸命に色っぽい声真似を始めたシャノン様にその調子だと親指を立てて煽る。
壁にくっつけた耳からどうやらシャノン様の声に気が付いたのだろう、動揺が聞き取れる。
「ひ……っ、んっ、いやっ、んんぅっ、……そこは……あぁっん」
羞恥に震えながら必死に演技を続けるシャノン様に私はピンヒールを握り直す。
相手は二人だ、素早く仕留める事が出来なければ一気にこちらの形勢が悪くなる。
失敗は許されない……
「……は……っ、ふあっ……っ」
扉の向こうに全神経を集中させてガタンと閂が動いた音に手のひらに汗か浮かぶ。
「んっ、あっ、あぁっ……っ!」
ギィっと鈍い音がして外開きの扉が開くと二人の男か鼻息荒く室内に乗り込んできた。
「一体何をしているのかなっ……いない!?」
「今よ!」
勢い良く踏み込んだ室内の中ほどまで進んだ男たちが開いたままの扉から外へ出ると、急いで扉を閉める。
室内側から開けようとする扉に全体重を掛けて押さえ、シャノン様が閂を必死に掛けた。
「くそっ! 開けろ!」
内側からバンバンと扉を叩く音がしている。
シャノン様と力を合わせて近くにある家具を移動して扉を塞ぐように立て掛けた。
「ふぅ、第一関門突破ね」
「もっ、もう二度とこんな恥ずかしいことしないからね!」
怒りと羞恥心でいっぱいのシャノン様を慰めて改めて室内を見渡した。
石造りの廊下には、不自然なほど人の気配はない。
「シャノン様、ここはどこですか?」
私の問い掛けに静かに首を振る。
「分からないの、私も馬車に閉じ込められて連れ回されたから……ごめんなさい」
「謝らなくて大丈夫ですよ。 それより脱出しましょう!」
大人しくヒーローの助けを待てないリシャーナであった。