125閑話『私はヒロイン』シャノン視点
リシャーナ誘拐の裏側です。まぁ読まなくてもなんとかなります。
軽い流血沙汰が出て来ますのでご注意ください。
それではどうぞ!
産まれた時から母が下女として働くボマン侯爵家が私の家だった。
ボマン侯爵の奥様はとても優しい気性の女性で使用人にも気安く接してくれ、跡取り息子であるライズ様の遊び相手をさせてくれた。
幼馴染で主家のボマン侯爵家の跡取りであるライズ・ボマン様は、はちみつ色のフワフワしたくせ毛が可愛い天使のような方だ。
私を映す優しいマリンブルーの瞳が大好きで、どこに行くにも付いて歩いた。
木登りをしていたライズ様が枝から落ちるんじゃないかとハラハラしていたある日、いつものように登っていた木の枝は、とうとう成長したライズ様の体重を支えきれずにばっきり折れた。
下にいた私はとっさにライズ様を助けようと動いたらしく、気がつけばベッドの上の住人になっていた。
どうやらライズ様を庇った拍子に足の骨を折ってしまったらしく、数日熱を出して寝込んだらしい。
「……シャノン!」
こってりご両親に叱られたらしいライズ様の姿を見たときに、あぁ……私は乙女ゲームのヒロインになったんだと思い出した。
幸い骨折は後遺症が残らないように綺麗にくっついてくれたため、すぐに日常生活を送れるまで回復できた。
「お前は誰だ!? シャノンを返せ!」
「シャノンですよ?」
「違う!」
どうやら前世の記憶を取り戻した私はライズ様の中で別人認定されてしまったらしい。
次第に成長したライズ様と一緒に過ごす事は減っていった。
彼は侯爵家の跡取りで私はシナリオを知っているためフリエル公爵の私生児だとわかるけれど、現状は只の下女の娘なのだ。
ライズ様と不仲になってしまった今、乙女ゲームのシナリオ通りに庶民の私が学院へ行けるとは思わない。
ゲームでは学院に通う自国の第二王子カイザー様や隣国のゾライヤ帝国の皇子様、またはダスティア公爵家の令息など、イケメン高位貴族と学院生活を通して仲を深め、嫌がらせしてくるカイザー様の婚約者である公爵令嬢や他の攻略対象者の婚約者を証拠を集めて断罪すると言うありきたりなものだ。
ヒロインなんてはっきり言ってあまり興味は無かったから、ライズ様と一緒に学院へ行きたいかと侯爵様から聞かれたものの、お断りした。
私はライズ様のそばに居られるなら、ヒロインなんてならなくて良かった。
ライズ様が学院の学生寮へ入るために侯爵家を出られた数日後、屋敷の掃除をしていた母と私は侯爵様に呼び出された。
侯爵様が来賓のお客様、それも自分より高位の方にしか使われない応接室にやってきた私達が侯爵様の許可を経て入室すると、革張りのソファーに向かい合うように侯爵様とお客様がお見えになっていた。
「フリエル公爵閣下……」
「お母さん?」
すぐに消えてしまう程の小さなつぶやきに隣の母を見上げれば、顔から血液が全て無くなってしまったのではないかと思うほど蒼白い。
「ほう、それが娘か……見目は良いな」
「はい……シャノン、フリエル公爵閣下だ。 御挨拶を」
「はい……シャノンと申します」
名前だけを告げてボマン侯爵様に促され使用人として躾けられた礼をすれば、公爵様の鋭い視線に晒される。
「シャノン、お前をフリエル公爵家で儂の娘として引き取ることになった、荷物は要らないから付いて参れ」
「そんな!? フリエル公爵様! シャノンは私の娘でございます」
悲痛な声を上げてフリエル公爵様の前に伏せた母は悲痛な声で訴えていた。
「いままでよく育てた。 今となれば妊娠がしれた時に堕胎させなくて正解だった。 これまで育てた礼はしよう……あぁ、お前も共に来い。 シャノン付きの侍女にしてやろう」
泣き崩れた母を抱きしめれば有無を言わさず公爵様の乗ってこられた馬車に乗せられ、公爵家へ連行された。
公爵令嬢として教育を施され僅か一月後、公爵様は軍閥グラスティア侯爵家の次男レブランを教育係として引き合わされ、カイザー第二王子かゾライヤ帝国の皇弟を誘惑し、婚姻を結べと言ってきた。
確かにゲームの知識は多少有る、しかしそれはゲームであって現実は違う!
無理だと首を振れば、母を人質に取られ私は必死になっておぼろげになったゲームの記憶を思い出しひたすら羊皮紙に書き出していった。
これはゲームなのよと、現実とは違うんだと自分にむりやり言い聞かせる。
本来のゲーム入学時からかなり遅れて学院へ入学してみれば、なにもかもが原作と違う、なんとかゲーム通りに進めることは出来ないか。
ゲームのヒロインを真似てみたけれど、婚姻を結べとフリエル公爵様から指定された二人は既にダスティア公爵令嬢にメロメロで攻略なんて出来そうにない。
ダスティア公爵令嬢、明るくておっちょこちょいで、壊滅的に方向音痴なリシャと一緒に過ごすうちに、カイザー様とアラン様がリシャを好きになる気持ちがわかるようになっていった。
「随分とダスティア公爵令嬢と仲良くなったようですね?」
「えぇおかけでカイザー様とアラン様にも懇意にしていただいているわ」
レブラン様はフリエル公爵様に言われて私の動向を常に監視している。
「それではどちらと婚姻されるおつもりかな? 閣下はあまり気が長い方ではありませんよ」
「わっ、分かっているわ!」
「それなら良かった、私も無関係な者を巻き込むのは本意ではありませんからね、貴女の母親やライズ・ボマン殿とか……」
にやついたレブランの口から出た言葉に私は気が付けば彼の左頬に右手の平を打ち付けていた。
「関係ない人を巻き込まないで! 私はきちんと交流をはかっているわ!」
怒りのままに怒鳴り付ける。
「ならいいでしょう……ご自分の立場を再認識できたのなら、後日私がアラン殿下を呼び出しておきます。 貴女は既成事実でも作ってフリエル公爵に貢献しなさい」
後日レブランが指定した庭園に赴けば、やってきたアラン様にハッキリと振られてしまった。
最近レブランの周りに増えたゾライヤ帝国訛りのある男の名前を出してみたらアラン様は怖い顔になった。
やはりあの男には何かあるのだろうか。
リシャが来てしまったことで話は中断したけれど、日を置かずしてレブランからフリエル公爵家の屋敷の一つに呼び出しを受けた。
「どうやらこちらの動向を嗅ぎ回っている者がいるようで少々予定を早めなければならなくなりました。 本当は貴女が計画通りアラン殿下を籠絡していれば、ローズウェル国内で暗殺さえしてしまえば簡単にゾライヤ帝国とローズウェル王国との戦争に持っていけたのですけどねぇ?」
「戦争ってどう言うこと!? そんな話聞いてない!」
「えぇ、密告者にわざわざ真相など話すわけがないでしょう? さて貴女にはもう一働きしてもらいましょうか」
「嫌よ!」
「困りましたね……そうだ、良いものをご覧に入れましょうか、あちらの扉を開けてご覧なさい」
薄暗い室内にある扉を開ければ、口に布を噛ませられ、目元を覆うように黒いリボンで縛られ、荒縄で動けないように拘束されたライズ様が床に転がされている。
着ている白いブラウスの背中はズタズタに破れ痛々しく血が滲んでいる。
「ライズ様!」
駆け寄ろうとした私の二の腕を掴み、背中に捻り上げられて激痛が走る。
「おっと、何をするつもりかな?」
「この、人でなし! 無関係の者を巻き込むなんて!」
「心外だね、先に役目を果たさなかった君がそれを言うのかい?」
「達成不可能な無理難題を押し付けておいて好き勝手な事を言わないで!」
「ふーん、彼がどうなっても構わないと? やれ……」
「ふぐぅぅ!」
レブランがライズ様が倒れている部屋にいたイーサンと呼ばれた男が手に持っていた乗馬鞭を大振りに振り下ろし、ライズ様の背中に叩きつけた。
ピシッという音が室内に反響し、ライズ様の痛々しい呻き声が響く。
「やめてぇ! ライズ様!」
「さて、彼もお前の母親もどうするかはお前次第だ」
「何をしろと言うの!」
「リシャーナ・ダスティアをイーサン殿と行って連れてこい」
「リシャを!?」
「あぁ、出来るよね?」
「……」
答えられずにいる私を嘲笑うかのようにイーサンが鞭をライズ様へ振り下ろした。
「やめてぇ! やるわ! やれば良いんでしょ!?」
レブランを睨みつけるしか出来なかった。
「王都の郊外にある墓場から地下通路が学院寮まで続いている、イザークを迎えにやるから上手に出来たら、そうだな……彼を開放しようか」
ちらりとライズ様へ視線を走らせる。
「これ以上傷付けるような事はしないと約束して!」
「あぁ、お前が従順なうちは大事な人質だからね、手当もしてやろう。 イーサン殿お願いします」
「あぁ、さてアランの女の元に案内して貰おうか」
下卑た笑いを浮かべる男は腰に佩いた長剣をわざとらしくカチャリと鳴らしてみせた。
「えぇ……」
イーサンを引き連れて私はまだ目を覚まさないリシャのいる学院寮へ重い足を踏み出した。