120『シャノン様とアラン様……』
「あれ? リシャ、なんでここに?」
「えっ、リシャ?」
聞こえてきた男女の声に顔を上げれば驚いた様子でこちらを見るシャノン様とアラン様……
二人の眼は突然現れた私に驚いた様子でこちらを見つめていた。
アラン様の両手はシャノン様の背後にあるあずまやの柱にシャノン様の身体を覆うようにしておかれていた。
見事な壁ドン状態で寄り添う姿が見え、一瞬身体が動かなかった。
ツキリと痛む胸元に無意識に握り締めた右手を押し付ける。
なぜ二人こんな人気の無い場所に居るのかとか、なぜ壁ドン状態で居るのかとか疑問は沢山ある。
沢山あるけれど……どうやら私が知らなかっただけで、実は人気がない場所で会うほどに二人の距離は縮まっていたのかな?
どうやら自分で思っていた以上に感情が顔に出ていたのか、慌てて二人が身体を離す姿にさえ、わずかに心に痛みが走る。
こちらへ近付いて来ようとしたのか、右手を伸ばしてアラン様が一歩踏み出すと、無意識に身体が逃げてしまった。
これ以上この場に居たくなくて、素早く身体を反転させる。
「おっ、お邪魔しましたぁ~あ!」
「はっ!? ちょっと待て!」
「リシャ! 迷うから戻ってきなさい!」
後ろから聞こえる二人の声を振り切るように、背後を振り替える事もせず闇雲にひたすら木々の隙間を走り抜けた。
次第に雲が増え、私の心を映しているかのように灰色におおわれていく、空からポツポツと降りはじめた小雨が着ている服を濡らしはじめた。
雨宿りのつもりで近付いた灌木の下は、地面がぬかるみ、足をとられた私は灌木の根元に出来た深い穴へと転げ落ちた。
せっかく治った足は、落下した時に痛めてしまったのか、またズキズキと脈打つような痛みを訴えている。
痛む足を庇いながらなんとか穴から脱け出そうとして飛び跳ねたり土壁を登ろうとしてみたが、土壁は雨でぬかるみ脆く崩れてきて自力での脱出は不可能だった。
お気に入りの服も、身体も脱出の試みで崩れてきた泥と雨で汚れ茶色に変色してしまっている。
私はずるずる土壁を背に崩れ落ちると、少し高くなっている地面に座り込み身体を丸めて膝を抱え踞った。
足に走る痛みより、抱き合った二人の姿が脳裏に浮かぶ度に胸に走る痛みが強い。
「ふふふっ、バカみたいだ私……本当にバカ……二人に告白されて舞い上がって……ふっ、うぐっ」
肌に貼り付く汚れた服の冷たさとは対称的に、痛めた足が燃えるように熱い。
涙に霞む両目を膝に押し付けて、声を殺して痛みに耐えている間に気が付けばそのまま寝入ってしまっていたようだ。
「リシャ! リシャ起きろ、リシャ!?」
名前を呼ぶ声に目を覚ますと私の肩に手を置いて身体を揺すりながら、心配そうに顔を覗き込むカイザー様がいた。
「カイザー様?」
小さく名前を呼べば、困ったような顔で抱き締められる。
「あぁ、無事で良かった……足以外に痛いところはないか?」
「カ、カイザー様……うっぐ、うわ~ん」
私は朦朧とする意識の中、カイザー様の胸元に貼り付くと年甲斐もなく大声を上げて泣いた。
そんな私の背中を優しく撫でながらカイザー様は静かに耳元で幼子をあやすように何度も大丈夫だと告げてくる。
寒気と頭痛で身体に力が入らずぐったりとしはじめた私の様子に異変を感じたのか、私の額に自分の額を重ねるとカイザー様が小さく舌打ちした。
「くそっ、凄い熱だ」
カイザー様は私を地上へ押し上げたあと、私が上ることが出来なかった土壁を、張り出した僅かな木の根を足場にして器用に上り、力の入らない私を背中に背負う。
おんぶ越しに伝わるカイザー様の体温が暖かくてすり寄った。
「リシャ、寒いのか? なら好きなだけくっついていろ。 寮まで走るからな」
「……うん」
背負った私を揺らさないようにしながら最短距離と思われる獣道を走り出したカイザー様は休むことなく寮へかけこむと、待ち構えていたクリスティーナ様へ私を預け、そのまま外へと戻っていった。
「リシャ、服脱げますか? 濡れたままだと悪化しますから着替えましょう? 私手伝いますから」
どうやらカイザー様はお湯も頼んでいってくれたらしく、クリスティーナ様の手を借りて泥を落として清潔な衣服に着替えを済ませた。
促されるままに医務室のベッドへ倒れ込み、私は意識を失った。