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美形王子が苦手な破天荒モブ令嬢は自分らしく生きていきたい!《コミカライズ完結!》  作者: 紅葉ももな
『悪役令嬢ってもしかしてこれのこといってます!?』
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117『夜中の訪問者』

 カツン……コツン……


 謎の音に沈んでいた意識が引きずられるようにして目が覚めた。


 部屋は真っ暗でまだ朝になるまで暫くかかるだろう。


 カツン……コツン、コツン。


 小さな何かがぶつかるような音のはどこからしているのか、キョロキョロとベッドの上で室内を見回す。


 コツン、コツン……ビシッビシッビジッ!


 先ほどまでとは明らかに違う速度で音がして、音の発生源がカーテンで隠れた庭園に面した窓だと分かった。


 一体こんな夜更けに人様の安眠妨害を図る無礼者に一言文句を言ってやろうと勢い良くカーテンと窓を開けたら、目の前に明るい火の玉が浮かんでいた。


「ぎゃっ、むぐむぐ!」


「静かにしてください! 大きな声を出したら見つかるでしょう!」


 腕を捕まれて窓の外に引きずり出され、背中を預ける形で拘束された。


 あげかけた悲鳴は唇を塞いだ手に吸い込まれる。

 

 火の玉の正体らしいランプに照らされた顔で、手の主がカイザー様だと気が付いた。


 窓の外に植えられていた大きな木の枝に引き上げられたらしく、太い枝は私達二人が乗ってもびくともしない。


 今まであまり気にしたことがなかったけれど、女子寮の窓に近いところにこんなに立派な木があるのは防犯上如何なものか。


 密会夜這いしてくださいって言ってるようなものじゃない?


「リシャ?」


 黙り込んだまま考え込んでいた私の顔を至近距離で心配そうに覗き込む。


 長い漆黒の睫毛と綺麗な青い瞳にたじたじとなってしまう。


 くぅ、相変わらず無駄に顔面偏差値高いなぁ。


 声は出せないので、口許を押さえている手をペシペシと叩くと、ゆっくりと手が外された。


「ぷはっ、カイザー様こんな夜中にいったいどうしたんですか?」


 仮にも年頃の乙女の部屋に電撃訪問は紳士として如何なものか。


「すまない、本当は日が高いうちに来るはずだったんだけどね」


 体を抱き締めてコテンと肩に額を付けられているのがわかる。


 後ろから私の腹部に腕を回すようにしてしっかりと抱き締められているため、木から落ちることはないと思うけど、首筋に掛かる吐息と背中に感じる体温に心臓が跳ねる。


「あっ、あの~、とりあえず部屋に戻してくれません?」


 足元が宙ぶらりんという不安定な体勢も含めて色々と居心地が悪い。


「もう少しだけ……このままで居させてくれないか?」


 初めて父様が伯爵家の令息カイザール様として、カイザー様をダスティア公爵家に連れてきた頃のボーイソプラノとは違う低い美声が色っぽくて耳元で囁かれるとなんとも言えないゾクゾクとした感覚がして落ち着かない。


「……でも」


「頼む……」


 離したくないとでも言うように更に強く抱き締め懇願するカイザー様の様子がいつもと違う。


 腹部を抱く手が僅かに震えているような気がして、好きにさせる事にした。


「はぁ、少しだけですからね」


 抗おうといれていた力を抜き、カイザー様の身体に凭れる。


 カイザー様は背中を幹に預けているから安定感抜群だった。


 木々の枝の隙間から夜空一面に星が瞬きとても綺麗だ。


 あの満天の星空のどこかに、地球と呼ばれた青い星があるのだろうか。


 無言で抱き締められなからそんなことを思っていたら、私の体を拘束していた手が緩んだ。


「落ち着きました?」


「あぁ、済まない」


 声を掛ければ肩に埋められていた顔が上がった。


 顔は上がったけど、相変わらず抱き締められたままだ。


「しかし本当に突然どうしたんですか。 カイザー様らしくないですよ」


「俺らしくない……ですか? リシャの中の自分が一体どんな人物になっているのか気になりますね」


「なんでもかんでも先回りして、自分の都合が良いように計画たてて巻き込む腹黒王子ですね」


「ふっくくくっ、そんなに腹黒ですか?」


 どうやら腹黒発言が聞いたのか先ほどまでと違った笑いを堪えるような震えが触れあった身体を通して伝わってくる。


「自覚なかったんですか?」


「そうですね、何事も計画を立てて動く癖は百歩譲って認めましょうか」


「ほら自覚あるじゃないですか」


 ペシペシと腹部を押さえたままの腕を叩けば筋張って固い筋肉質な腕の感触に自分との性別の違いを感じさせる。


「今日は未来の舅候補と手強い小舅候補に会ってきたんですよ」


 カイザー様の言葉にチクリと何かが心臓に刺さったような小さな痛みを感じた。


 カイザー様にはまだ婚約者が居ない、つまりこれから婚約者が出来る……


 彼は王太子の筆頭候補だ、婚約者が出来ればこれまでのように気軽に話したり出来なくなる。


 クリスティーナ様、ルーベンス、カイザー様、シャノン様、そしてアラン様……一緒にいるのが当たり前になってしまったけれど、それぞれが地位のある方たちだ。


 この学院から卒業すればアラン様は祖国であるゾライヤ帝国へ帰国されるだろうし、ルーベンスもカイザー様もローズウェル王国の王子、いくら宰相の愛娘で公爵令嬢の地位が会ったとしても、臣下である私がおいそれとお会いできる方じゃない。


 クリスティーナ様はルーベンスと婚姻されるだろうし、シャノン様もきっと良家に嫁いでいかれる……


 この居心地が良い友人関係はいつまでも続くことがないことくらい、わかっていた筈だ。


 いや、わかったと思っていたけれど、実際にカイザー様の婚約の話が出ただけで心にポッカリと大きな穴が空いてしまったように感じてしまう。


「ん? どうかしましたか?」


 すっかり黙り込んでしまった私の顔を後ろからうかがうように覗き込むカイザー様の前髪が顔にかかってくすぐったい。


「……いいえ、星が綺麗だなと思っただけですわ」


 まだ起きてもいない別れを想像しても仕方がない、排気ガスなんてない夜空の星を眺めて傷心に気が付かない振りをして強引に話題を変える。


「そうですね。 覚えていますか? 昔貴女と二人で見た星空も綺麗でしたね」


 ん? カイザー様と二人で星空なんて見た記憶ございませんけど?


 やばい、いつだ? 思い出せないぞ。 


 私の顔が面白かったのかカイザー様が笑いを堪えて振るえているのが伝わってくる。


「ぷっ、覚えてないって顔に書いてありますよ?」


「すいません。 いったいいつですか?」

    

「確か……リシャがルーベンスと婚約の顔合わせに来た少し後だったと思いますよ? ダスティア公爵家の庭園で手を繋いで園内を案内していただいたんですが、なぜか深い穴に一緒に落ちて一晩出られなくなった時ですね」


 ……ちょっと待て、確かに婚約の顔合わせで蛙扱いしたルーベンスに飛び蹴りを食らわせてめんどくさい婚約を回避した後、公爵領に帰るまでの間滞在した王都にある屋敷で、ソレイユ兄様が掘った深い穴に落っこちて登れず、一晩行方不明になったことは認める。


 そして不幸にも意気揚々と庭園を案内していた父様が連れてきたお客様を巻き込んで穴で二人で一晩過ごしたことも認めよう。


 しかし、しかしですよ? 私が案内をさせていただいた麗人は背中の中ほどまである美しい黒髪をハーフアップに結い上げて生花の深紅の薔薇を髪に飾り、綺麗な青い目のまるで愛玩人形が動いているような美少女な一つか二つ歳上のお姉様だったはず!


「忘れるなんてひどいですね貴女は、あんなに綺麗な星空のしたで『リシャがお嫁さんに貰って家族になってあげる』と熱烈な告白をくれたくせに本人はすっかり忘れているんですから」


 ……うん、言ったわ。 


 だってさ、寂しげな表情で自分を好きだと言ってくれるような人は居ないって言ってたんだよ? 


 こんな美人さんを口説かないとか男どもは何をやっているのかと、男どもが嫁に貰わないなら自分が貰っても良いんじゃない? とか思うでしょ。

 

「かっ、カイザー様があの時のお姉様?」


「あぁ、王子姿のままではいつ命を狙われるかわからないからね、城から出るために一時的に女装させられていたんだよ」


 自嘲気味に告げられた言葉に父様が言っていた言葉を思い出した。


『カイザー殿下は幼い筈なのに自分の置かれている地位の危うさに本能的に気が付いているんだろう。 自分を守るために必要以上に早く大人になろうとして自分が守られるべき子供だということを忘れてしまっている。 リシャ、もし彼と会ったら優しくしてやってくれ』


 優しくしてやってくれかぁ……


「そうでしたか、その節はご迷惑をお掛けしました」


 小さくペコリと頭を下げると頭上にチュッとリップ音が降ってきた。


 なっ!? 勢い良く振り向けば真剣な表情をしたカイザー様の熱視線。


「今日、ロベルト宰相とソルティス殿、ソレイユ殿に会ってきた」


 えっ、それって……


「カ、カイザー様?」


「ロベルト宰相は深いため息を吐いたくらいで済んだんだけどね、兄君達は予想以上に強敵だったよ。 久し振りに地面に這いつくばって動けなくなるまでみっちり稽古を付けられたよ」


「うっ、うちの兄様達がすみません」


「いや、こうなることはカイザール時代からの長い付き合いでわかりきってはいたんだけどね。 ダスティア公爵家の地獄の訓練をまだまだ甘く見ていたようだ」


 ふぅ、と吐いた息が首筋をかすめてくすぐったい。


「リシャ……今日、陛下に王太子に指名していただける確約を頂いてきた」


 カイザー様の言葉に耳を疑った。


 カイザー様が王位を望んでいるなんて知らなかった。


 どちらかと言えばルーベンスを支え導いている姿しか見たことがなかった。


「正直王位や権力なんて今まで興味はなかったし、俺の気持ちを伝えるのももっと先だと思っていた。 俺が二の足を踏んでいる間にアラン殿下に先を越されて気がつけば初めて欲しいと望んだ大切な者を奪われてしまうところだった」


 ぎゅっ、と私の身体を抱き締める力が強まって息苦しい。


「王太子妃の権力は強く責任は重い、貴女がそんなものに興味が無いことも、ましてや望むどころか忌避していることも知っている……それでも、それでも俺はお前が欲しい」


「俺の家族になってくれないか?」


 

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