108『怖い! だっ、だれか助けて……』
脱走してきたのは良いものの、どうやら何処かの散策スポットにでも迷い込んでしまったようです。
「はぁ、そんなに肥ったかなぁ……」
自分の柔らかい二の腕をむにっと摘まむ。ついでにお腹もむにっと……うん、たしかに皮下脂肪が厚くなった気がするよ。
「最近運動してなかったもんなぁ、久しぶりに走るかぁ」
回りに人が居ないのを確認して、高い革のヒールを脱いだ。
ヒールでここまで駆けてきたせいか、素足に当たる外気がひんやりと心地良い。
両手に脱いだ靴を片方ずつ持って、ふらついていると小川を見付けて思わず駆け出した。
まだ水浴びの季節には早いけど、靴をぽいぽいと投げ捨てて、恐る恐る小川に片方の足をいれる。
「くう、冷たい! でも気持ちいい」
少し位なら大丈夫だよね、回りに人はいないみたいだし。
両足を水につければ足首位までの水位しか無いようで、小さな魚が足元を掠めていった。
バシャバシャと水を蹴りあげれば光を受けてキラキラと輝いていてとても綺麗だった。
「やぁ!」
「うわっ!」
気合いを入れて右足を振り上げた所に、正面から出てきたのはレブラン・グラスティア侯爵令息だった。
軍閥グラスティア侯爵家の次男でマリアンヌ様の攻略対象者だったやつ。
高い鼻梁に薄い唇、均整の取れた瞳は鋭利で銀色の縁がある眼鏡の冷たい印象も合間って鬼畜眼鏡と一定の人気を誇っていた攻略対象者なだけに例に漏れず美形……私の鬼門ですので、出来れば関わりたくない。
関わりたくはないけれど……
「も、申し訳ありませ……っ!」
驚いた際に尻餅をつくような形で砂利に座り込んでしまったレブラン様に駆け寄り、右手を差し出して……気が付けばなぜか砂利の上に組み敷かれていた。
右手首を頭上で拘束されて、左手をレブラン様の頬目掛けて振れば、素早く捕まれて右手と一緒に拘束さる。
「ダスティア公爵令嬢ともあろう方が随分と無防備なのではありませんか?」
腕の拘束を解こうと抵抗するも、レブラン様の左手一本で拘束されているはずなのに悲しいかなびくともしない。
「放しなさい」
キッ! とレブラン様の綺麗な顔を睨み付ける。
その目には女一人組み敷いているにも関わらず、まるで情欲や好意と言ったものは感じられない薄ら寒い印象だった。
「お断りします。 しかし、これがダスティアの豚姫だったとは女性は随分と変わるようですね。 豚には興味ありませんでしたが……」
片側の口許だけを引き上げて笑みを作るレブラン様の瞳に映る嗜虐の色に、全身の身の毛がよだつ。
「貴女を汚せば一体どれだけの人が激昂するのでしょうね?」
耳元に唇を寄せて囁いたレブラン様の冷たい声に背筋が凍る。
制服のスカートの下に履いているスパッツ見たいな下履きは、川に足をつけるために捲り上げていたせいで露出していた素足を下から這い上がるように撫でられて、ヒッ! と小さな悲鳴をあげる。
ゾクゾクと這い上がるように嫌悪感に瞳が潤む。
「へぇ、そんな顔も出来たんですね? ですが覚えておいた方がいいですよ? その顔は男を煽るだけですよ」
怖い、力で捩じ伏せられて自分の力では抵抗出来ない状況に恐怖が増幅されていく。
蹴り飛ばせないかと力を入れたが、関節を押さえられていて動けないし、頭突きも避けられてしまった。
怖い、怖い、怖い! だっ、だれか助けて……