105『恋愛成就の道案内』
シャノン様に寮まで連れ帰って貰い、手早く自室で制服から深緑色のワンピースに着替える。
シャノン様の与えられた私室は、同格の公爵家のため私の私室から二部屋隣だったので扉近くで待ち伏せすることにしたのだ。
学院の女子寮は生徒が体調不良でないかぎり、私室での食事は基本的に認められない。
軽いお菓子やお茶等は寮の管理をしている方に頼めば問題ないのだが、朝食と夕食は食堂を使うことと、入学前に説明されている。
昔は王族や高位貴族の寮での食事内容が他の生徒と区別され、コース料理が私室に運ばれていたようだが、私室に運ばれた食事に毒物が仕込まれていた事があり、毒見役の従者が犠牲となった事で今の国王陛下がひどく鬱ぎこんでしまい、心配した父様が陛下を食堂へ引きずり出してから、貴賤に関係なく食堂での食事が義務付けられた。
カウンターに並べられた複数の料理の皿から食べたい物を選択するビュッフェスタイルの為、無差別に毒を盛ることは出来ても個人を狙った毒殺は難しくなったのも父様の時代からだ。
そのため私と一緒に寮へ帰ってきたシャノン様はまだ夕食を摂っていないはず。
せっかく見つけた転生仲間のシャノン様にもっと情報を貰い、出来ればたちの悪い美形を押し付け……ゲフン、ゲフン。
シャノン様と意中の殿方が結ばれるように出来うる限り助力するのが、悪役令嬢らしい私に出来る事だと拡大解釈しました。
だってさ? 苛めろっていったってどうしろと? 階段から落とすとか怪我するじゃん!
イヤミを言えって言われてもねぇ……
はっきりいって出来る気がしないんですよね私。
ならば仲人おばちゃんのごとく出会いの場を提供して、まぁまぁ後はお若いお二人で……ってフェードアウトするくらいしか出来ないじゃん。
着替えを済ませてシャノン様の部屋の入り口近くで待つこと暫し、ガチャっと言う鍵が解除される音がして、部屋から廊下側に押して開ける扉から顔を出したシャノン様が、私の姿を見るなり扉をしめようとした。
「ちょっとまったぁぁぁー!?」
閉まりかけた扉を阻むように右足をねじ込む。
「なんなんですの!? ちょっと! 今どき悪徳商人でも扉を閉められないように足をねじ込んだりしませんわよ!」
なおも閉めようと奮闘するシャノン様が内側へ体重を引っ張るたびにグイグイと扉の側面が右足首に食い込みシャノン様の体重分の圧力がかかる。
「痛ったー!」
「ちょっとぉ! 大丈夫ですの!?」
右足に走った鈍い痛みに大袈裟に悲鳴をあげるとシャノン様は焦ったように扉から手を離したのでその隙にシャノン様の手を取って廊下へ引き出した。
「さて! シャノン様夕食に行きましょう?」
「夕食よりも右足ですわ! あんな無茶をするなんて!」
私の足元にしゃがみこむとしきりに右足首を確認してくれた。
「心配してくれるなんてシャノン様優しいんですね?」
「べっ、別に心配なんてしてませんわよ!」
私の言葉に勢い良く立ち上がるとシャノン様はそっぽを向いて廊下を歩き始めた。
シャノン様、耳が真っ赤です。
「ふふふっ、お腹すきましたね! 早く夕食にいきましょう!」
「はぁ!? わ、私は貴女と一緒に行くなんて一言も言ってませんわよ」
ツン! とすまして何事もなかったように振る舞うシャノン様。
「シャノン様!」
「だから何!」
「食堂あっちですよ」
シャノン様の進行方向と反対側を指し示せば、今度こそ顔が真っ赤に染まった。
「わっ、わかっていますわ!」
早足で私の前を通りすぎていったシャノン様の背中を追い掛けながら、料理のいい香りが漂ってくる通路を食堂に向かった……はずだった。
「リシャーナ・ダスティア……」
「はい!」
「貴女食堂はこちらだと自信満々に言ったわよね?」
両手を腰に当てて、仁王立ちで目の前を見詰めるシャノン様。
「こっちだとおもったんですけどねぇ」
私達の眼前には、鬼気迫る勢いで料理を作り、盛り付け、出来上がった料理を運び出す沢山の料理人や給仕の使用人達がいる。
「なんで厨房なのよ!」
「美味しそうな臭いがしてたから間違いないとおもったんだけどなぁ、あははははぁ痛でっ!」
笑って誤魔化そうとしたら頭頂部にシャノン様の拳骨を貰い、痛みにそのまま踞る。 うー、暴力反対!
「はぁ、貴女に道案内をさせてはいけないと言うことが良くわかったわ。 給仕が進む方向に食堂があるはずよ。 ほら行きますわよ!」
シャノン様は私の右手をガシッと掴むと、給仕に続いて廊下を歩き出した。
「すいません。 でも! 恋愛成就の道案内は任せてください!」
「いりません!」
即答だった……解せぬ。
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