103『これが世に言う男姫様抱っこと言うものですね。』
重い、いくら身長や見た目の体重が同じくらいに見えても、流石に少年を担いで移動するのは無謀だったか……
ゾライヤ帝国の遠征軍でゾロさんに鍛えられたから体力はついたと思っていたけれど、前屈みで背負った少年の足は、始めこそ地面から浮いていたが、距離が増すたびにズルズルと地面を引き摺るようになってしまっている。
ふらつく足元を何とか律しながら校舎に辿り着くと聴こえてきた人の声に、助かったと近づいて行く。
「すっ、すい」
「もう、アラン様ったら私のことはシャノンって呼んでくださいっておねがいしてるのにぃ~」
声を掛けようかと廊下の角から出した頭は、廊下で立ち話をしている二人の人影を確認するなり声と一緒に引っ込んだ。
クリスティーナ様のそれには敵わないまでも、露出が少ない筈の制服の上からでも分かる立派なお胸様を惜しげもなくアラン様の腕に押し付けるシャノン様……
ついつい自分のささやかな双丘に視線を落とし内心ため息をついた。
私の相棒はいつ成長期を迎えるのだろう……実の姉様は手に余る位は有るのだ。
まだ本領を発揮してくれないが、素質はあるはずなのだ……いや、ある! 絶対にあるはず!
「リシャ?」
掛けられた声に、ハッ! っと顔をあげるとアラン様とその腕にしがみついたままのシャノン様が目の前にやって来ていた。
隠れた意味無いじゃん。 そして何故かシャノン様の勝ち誇ったような視線の先には私の可愛いチッパイちゃん。
「視界に映ったから来てみれば、その背中の男は誰だ?」
あれ? おかしいな……機嫌悪い? 別にアラン様とシャノン様の逢瀬を邪魔したかった訳ではありませんのよ。
逢瀬ならどうぞ私の見えないところでやってくださいませ。
結果的にそうなってしまったけど、私の事はお気になさらず、どうぞ逢瀬を続けてくださいませ。邪魔者は即刻退散いたしますので。
「べ、別に誰でも良いでしょ? ごめんなさい、お邪魔しましたごゆっくり~」
おほほっと愛想笑いで挨拶をして回れ右をして何事も無かったかのように逃走に踏み切ったが、ガシッと頭掴まれて進めなくなった。
「その男……どうやら気を失っているようだな」
途端に背中にかかっていた重みが消えた。 振り返ればアラン様はシャノン様から自分の腕を引き抜いたようで、私の背中にいた少年を横抱きに抱えている。
これが世に言う男姫様抱っこと言うものですね。
さすが男色家!
「フリエル嬢、私はこれから彼を医務室へ運ばなければならない失礼する……行くぞリシャ」
「あっ、はい」
「お待ちください! アラン様が抱いている方は私の友人なのです。 心配なのでご一緒させてください」
なおも詰め寄るシャノン様の言葉にアラン様は少しの間思案したあと、分かったと返事をしてシャノン様の同行を許可した。
「あの~、フリエル様は少年、彼とはどのような間柄なのでしょうか?」
私の見間違いでなければ、彼はシャノン様に怯えを見せていたように思う。
「……」
「フリエル嬢……」
しばし返答を待ったが、私の問いかけに答える様子が見られないシャノン様をアラン様が呼んだ。
「シャノンって呼んで下さいませアラン様」
「シャノン様と彼とのご関係は?」
私が名前呼びに直して問いかければ、ギッ! っとこちらを睨み付けてきた。なんなのこの人。
「この際ですからはっきり申し上げますわ。 私、当て馬の悪役令嬢と仲良くするつもりは一切ありませんの。 もちろん前作の悪役令嬢とも! 私を名前で呼んで良いのは攻略対象であるアラン様とカイザー様達だけです。 気安く呼ばないで下さいますかしら?」
……悪役令嬢って言った? アラン様が攻略者? それってもしかしてシャノン様は私と同じ転生者って事じゃないですか!?
「おい、一体何を言っ」
「アラン様! あとはお願いします!」
混乱する頭を差し置いて、私の身体が反応した。
「ちょっ! いきなり何をなさるの!? 放してくださらない!?」
「いいから!」
「はぁ!? アラン様! アラン様お助けください!」
「おい! リシャ!」
訝しげに口を開いたアラン様の言葉を遮って、少年を託すと私はシャノン様の腕を取って静かな校舎を走り出す。
「ご心配なく! 女の子同士のおしゃべりをするだけですわ。 付いてきたら絶交です!」
追い縋ろうとしたアラン様は私の絶交と言う言葉にたたらをふんだ。
「放しなさいよこの悪役令嬢! この人攫い~!」
シャノン様の声が静まり返った校舎内にこだました。