102『学力テストリターンズ!』
今日から学院での授業が再開されるわけですが、復学するに際して私とカイザー様、ルーベンス殿下、アラン様の学力テストが行われることになりました。
なんでも学力テストが導入された事で個人の学力に応じて授業がクラス分けされるようになったらしい。
学院で学ぶ事ができる教科は数学、大陸語、歴史、世界情勢、社交術、帝王学、その全てがクラス分けてされている。
クラスは修学レベルに合わせて全部で五段階あり上から順番にS・A・B・C・Dクラスと別れているらしく、それぞれのレベルにあった授業内容となるようです。
クラス分けに貴賤は問わず、特にSクラスは三十名だけ。 実力主義で優秀な生徒は学院を卒業時に、国王陛下が優遇すると明言している為競争率が極めて高いもよう。
既に昨年行われた試験で成績が優秀だった生徒に陛下からご褒美が授与され卒業生の男爵家の生徒が王宮の宰相補佐見習いに大抜擢されたことにより、生徒達の勉強意欲に火がついたようだ。
名前も知らない男爵家の生徒さん、父様の下は大変だろうけど頑張って!
クラスは試験のたびに変動するため、Sクラスに留まるのは容易じゃない。
試験を受けさせて貰って分かったけれど、私の出した試験よりも難しい内容が組み込まれていた。
後から学年別の問題用紙を見せてもらったが、入学したばかりの一学年から学年を追うごとに問題の難易度が上がっているようなので前世のテストに近くなっているような気がする。
最高学年となったカイザー様とアラン殿下は文句なしでSクラス。
二学年の私とルーベンス殿下のクラスはAクラスになりました。 クリスティーナ様とも一緒のクラスです。
そしてもう一方……
「もう! イザーク様ったら! シャノン怒りますよ?」
「まぁ怒っても全く怖くないけどな?」
Aクラスの教室の真ん中でいちゃつくお二方は今話題のフリエル公爵令嬢のシャノン様と補佐役のイザーク様。
そしてそれを取り巻く子息令息数名、うーん、デジャブ? しかもクラスが違う生徒が混じってない?
「リシャ? どうかいたしました?」
「なんでもありません。 クリスそろそろ移動教室の時間ですわ」
「そうですね。 参りましょうか」
授業によって使う講堂が異なるから移動しなければならないし、出来れば遅れたくない。
どうやら他の生徒達もちらほら移動を始めたようなので、私達も廊下に出た。
移動する生徒の人混みの向こうにルーベンス殿下を見つけたが誰かと話をしているようだったので置いていくことにする。
これまでにないほど充実した授業を終えて、クリスティーナ様と帰り支度をしていた所にルーベンス殿下のお声が掛かった。
「クリス、ちょっといいか?」
「ルーベンス殿下どうかなさいました?」
クリスティーナ様はルーベンス殿下の側へ駆け寄り、何やら話をした後ルーベンスと小走りにこちらへ戻ってきた。
「すまないリシャ、クリスを借りたいんだがいいか?」
「どうかなさいましたの?」
「あぁ、フリエル公爵が公爵領から王城に来ているようなんだよ。 陛下からクリスと一緒に城へ呼び出しがあったんだ」
「フリエル公爵閣下がですか?」
普段は余り表舞台においでにならないフリエル公爵が城へとやって来たと言う事に違和感を覚えずにはいられなかった。
「そうなんだ、すまないが一人で寮まで戻れるか? なんならクリスの代わりに誰か……」
いやいやいや、いくら何でも寮くらい一人で帰れますから。
「大丈夫ですわ。 登城の準備などもあるのですから私に構わずに行ってください」
「本当にちゃんと寮まで帰れるんだろうな?」
更に念を押してくるルーベンス殿下。どれだけ信用がないんだ私。
「はぁ、いくら私でも学院内位迷わずに帰れます!」
「ならいいが……迷ったらちゃんと誰かに聞けよ?」
「しつこい! 女性はルーベンス殿下と違って城へ上がるのに、略式ではなく正装のドレスを着なければならないのですから早く行ってください!」
クリスティーナ様の荷物をルーベンス殿下に持たせてグイグイと講堂の外へと追い出した。
「さて、私も寮へ帰りましょうかね」
ルーベンス殿下とクリスティーナ様を見送って教科書を詰め込んだ鞄を片手に、意気揚々と人気の無い普通の廊下を出口に向かって進む……す、進んだよね。
それっぽい角も曲がったし、それっぽい階段も、誰もいないのを確認して手摺を滑り降りたもの。
目指したはずの出口にたどり着けていれば馬車が横付けで停まれるように整えられた車道と噴水があるはずなんだけど……目の前に広がるのは奥が深そうな庭園でした。
「どこよここ?」
もしかしてこの庭園の先に出口があるんだっけ? 行ってみれば分かるかしら……
踏み出した足が舗装されていない地面を踏むと小枝を踏んでパキッと音がした。
「うわっ!?」
「えっ、なに!?」
小枝の音に驚いたのか分からないけれど、すぐ横の生け垣からにょきっと飛び出してきた人影に反射的に身体が跳ねる。
「ちょっと、驚かせないでよ!」
「ごっ、ごめんなさい!」
ドキドキと驚きに心拍数が跳ね上がった胸を押さえて飛び出してきた人物を確認すれば、生け垣を挟んだ反対側からふわふわと柔らかそうな天然のうねりをみせるはちみつ色の髪の少年が立ち上がっていた。
小さな顔面の面積に不釣り合いな大きな眼鏡を着けて、更に長い前髪のせいで顔の大部分が隠れてしまっている。
私と余り身長が変わらない少年の髪の毛には新緑の葉が所々に貼り付いており、今にも鳥の雛が顔を出しそうで、その様子がありありと想像出来るものだから我慢しきれずに吹き出してしまった。
「ぷっ、あはは。 髪の毛に葉っぱがくっついてるよ?」
距離を詰めて少年の頭からひょいひょいと付いている葉っぱを外してあげ、さっと手櫛で解かしてあげる。
「はい出来た! んー、少年? 大丈夫?」
「女神がいる……」
「少年! しっかりして! もしもーし」
私の行動にされるがまま動かなかった少年の相変わらず表情が見えない顔の前でヒラヒラと手を振るようにして覗き込んだ。
ビクリと少年の身体が小さく跳ねたと思ったら、少年は目の前にあった私の手をガシッと両手で捕獲した。
「あっ、あの! ぼくは」
「ライズ様ぁ~どこですかぁ?」
「げっ!?」
「ちょっと、少年!?」
どこからか響く少女の声に、少年は焦ったように私を力ずくで引っ張ると自分の隠れていた茂みへと引きずり込んだ。
身体を小さく折り曲げて両目を強く瞑り懸命に私へしがみつく少年の手から振動が伝わってくる。
大丈夫だよと伝えたくて、震える手を握り返せば、バッ! と涙を貯めた瞳を私に向けてくる。
何か言いたそうな少年に口許に人差し指を当てるようにして静かにしているように動作で伝える。
軽やかに地面を蹴る音と、呼ぶ声は生け垣を挟んだ反対側で一度止まった。
緊張が走る少年を宥めて生け垣のわずかな隙間から相手を覗く。
「もう、ライズ様ったら! ここで待っていてって言ったのになぁ~」
猫なで声を出す少女の声を私はよく知っていた。
「仕方ないライズ様がいないなら、今日はアラン様の攻略しようっと」
気を取り直したように上機嫌で少女が離れていくと、少年が目に見えて崩れ落ちた。
「ちょっと少年。 大丈夫?」
完全に意識を失った少年を見て一つ大きなため息を吐き、私は少女が消えていった方角を見詰めた。
攻略ってどう言うこと? しかも相手はアラン様?
私が知らないところで一体何が起こっているのだろう。
クリスティーナ様が悪役令嬢でマリアンヌ様がヒロインで、ルーベンス殿下やその他貴族の嫡子達が攻略対象だったゲームは既に終わっているはずなのに。
「悩むだけ無駄かな、今は少年を医務室に連れていかなくちゃ」
四苦八苦しながらなんとか少年を背中に乗せると、私は校舎に向かって歩き出した。